第12話




 目が覚めたら、見慣れない天蓋が見えた。明らかに自室の物よりも高価できちんと手入れがなされているのが窺える。



(ここは……?)



 思いながら起き上がる、と、少し離れたところから、「ああ、気が付いたんだね」と声がした。

 そちらを見遣ると、椅子に座ったレヴィが、何やら小難しそうな本を閉じたところだった。



「急に倒れるから驚いた。さっきまではお姉さんがついてたんだけど、交代したところだよ。気分はどう?」



 言われて、自分の内に意識を向けてみる。吐き気もないし、気分が悪いということもなかったので、そう伝えると、レヴィは「それはよかった」と微笑んだ。



「あの、ここは……?」


「城の客間だよ。舞踏会で疲れた人とかが休むために開放されているところ。君が気を失ってたのは半刻くらいだから、まだ舞踏会は続いてるよ」



 舞踏会。その言葉で思い出す。自分が気を失う原因となったレヴィの言動を。



「レヴィさま……」


「うん?」


「レヴィさまはどうして、こ、こ……婚約などと言い出されたのですか? しかもあんな……あんな……」



 言葉にならない。衝撃が強すぎた。



「あの場でも言ったけど、それが一番いいと思ったからだよ。でも婚約って、ちゃんと本人に申し込まないとだろう? だからああしたんだけど……何か間違ってたかな」



 間違ってはいない。女の子の夢見る理想の振る舞いだった。彼なりの気遣いだったのもわかった。

 しかし、あの場で、多くの人が注目している場でしなくても。ただでさえ面白おかしく噂されていたのに、さらに面白おかしく話される種をばらまいた感がある。



「そ、そうです! 結局何に関して『一番いい』なのか、わからないのですが……」


「うん、そこは王子にも怒られた。婚約を申し込むにしても、まずそこを説明してからだろって。……ほら、シンデレラを、君と結婚できる性別になれるというのを餌に魔女に勧誘しただろう?」


「……え、ええ。そうでしたね」



 それもできれば忘れていたかった事実である。衝撃が強すぎたので。



「だけど、この舞踏会で僕と関わったことで、君には価値が生まれてしまった。さらにシンデレラが魔女になるなら、君の価値はもっと上がる。……となると有象無象から結婚を申し込まれることもあると思ったんだ。だけど、君が誰かと結婚してしまうと、シンデレラはやる気を無くすかもしれないだろう? 略奪愛に燃える可能性もあるけど、どっちにしろあんまりいい展開ではないと思って」


「……それでどうして、レヴィさまが私に婚約を申し込むことに……?」



 問うと、レヴィは当たり前の論理を説明するように言った。



「僕と婚約していれば、大概の結婚の申し込みは蹴散らせるだろうから。とりあえず『婚約』で牽制しようと思ったんだ。……これで王族が口を出してきたら、さすがに話がややこしくなるんだけど――そこは君のお姉さんがうまくやりそうだったしね」



 サーシャは「どうしてそうなるんですか!」と言いたい気持ちをなんとか飲み込んだ。理屈は理解できてしまったからだ。


 とにかくレヴィはシンデレラを無事に正式な魔女にしたい。そのためにやる気を削ぎたくないので、そうなるかもしれない可能性を潰そうとした結果、サーシャに婚約を申し込むなんてことになったということらしかった。


 と、そこで、レヴィの言葉に聞き流せない部分があったのに気が付いた。



「メイディおねえさまが、王族の方と何か……?」


「君がシンデレラの『碇』だということは僕と君の家族以外は知らないし、知らせるつもりもない。だとしたら、『魔女』の生家の人間ということで価値が出るのは君のお姉さんもだろう? だから、そこを使って王族対応を一手に引き受けるみたいだよ。やり手だね、君のお姉さんは」



 メイディならあり得る、とサーシャは思った。とにもかくにも、あの姉は行動派であり、使えるものは使うのだ。これをきっかけに王族と結婚なんて言い出しても驚かない自信がある。



(……いえ、さすがに驚くわね……)



 ひっそりと心の中で思い直した。貧乏商家から王族の花嫁となるといろんなものを飛び越しすぎている。

 サーシャは少し黙って、情報を整理した。



「つまり、レヴィさまは、私を『結婚させない』ために婚約を申し込まれたのですね」


「まあ、そういうことになるかな。……もちろん、君の意思が一番だ。君が僕以外と結婚したいというなら、僕は諦める」



 なんだか口説かれているようだ――と思ってしまうのは、サーシャが自意識過剰なのだろうか。


 どうしても頬が熱くなるのを止められないながらも、サーシャは必死に平静を装う。



「そ、その、……まだ結婚したいと思う殿方はいないのですが」



 その結婚したい殿方を探しに舞踏会に来たのだ(一応)。今現在いるはずもない。



「シンデレラが正式に魔女になるのを待って婚約を解消して、嫁き遅れになる可能を考えると、それもちょっと……」



 まずもってシンデレラが魔法で男性になったとして、それに対して何らかの結論を出さなければならなさそうなのも問題なのだが、実際問題、婚約解消された後に新たに相手を見つけるとなると、嫁き遅れ確実ではないだろうか。シンデレラが正式に魔女になるまで――恐らくレヴィは魔法を過不足なく扱えることを基準にしているだろうから、そこまでの時間を、無為に婚約して過ごすというのもどうかと思うのだ。一応人並みに結婚に関しては夢があるので。



「できるだけ早くシンデレラが一人前の魔女になるようにするつもりではあるけど――大丈夫だよ。嫁き遅れになりそうな年齢になる前に、僕がもらうから」



 サーシャはまたそれも気遣いからの言葉だろうと思い、またも頬が熱くなるのをなんとか止めようとした。が。



「ああ、そうだった。人間はちゃんと言わないとわからないんだった。……僕が君に婚約を申し込んだのは、君を好ましく思ったからでもあるんだよ。なんとも思ってない相手に、そこまでしない。シンデレラの餌にはしたけれど、僕にだって機会はあるよね? 正々堂々、君をシンデレラと取り合うつもりだから、そのつもりでいて」



 言われたことを理解する――と同時に、サーシャは本日二度目の失神を果たした。後から思い返しても、無理のない反応だったとサーシャは自負している。




 この後、悩んだ末にとりあえず婚約を受ける返事をするのに、言い出せずに紆余曲折あったり、「話が違います! というかずるいですわ!!」と怒るシンデレラがいたりしたのだが、それはまた別の話だ。



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