そのとき彼は(レヴィSide)
3~4話
魔術師として界を、時代を流れてどれだけの星が巡ったか。それは覚えていないけれど、契約者を持つことにした日の夜空は覚えている。月のない、星の綺麗な夜だった。降るような星空の只中で、「ああ、どこかに留まりたいな」と思ったのだ。
契約者は究極的に言えば誰にでもなれる。なれるというか契約者にさせることはできる。要は魔術師とその人間との間に回路さえ生み出せばいい。
人間には誰しも魔術師や魔女の力と同じような力があって、だけどそれは微々たるものだ。生きるための力として消費されて終わるそれは、だけど事実として在る。なので、それと似た魔術師の力を回路を通じてその人間に流すと、世界が魔術師とその人間をひとつながりに認識して、界からも時代からも流されなくなるという仕組みだ。
一つ時代を流れてから、そこそこ力の強い、身分の高い人間を選んで契約した。とある国の王子だった。身分の低い人間を選ぶと自分にもその人間にも面倒が起こりやすいし、身分の高い人間の方が魔術師のことを知っていることが多い。
幸い、この界のこの時代、直近に魔女がいたらしかった。すれ違いだったのかと思ったが、どうやら死んだらしい。大魔女ル・フェイ。数多の界と時代に、魔術師界で痕跡を残している魔女だった。残念ながらレヴィは会ったことはないが、この先時代を遡って会うことはあるかもしれない。
ただ、まだ居たら面白かったのにな、と思っただけだった。
王子は契約者としては悪くなかった。無理難題を押し付けようともしてこないし、積極的に魔術師の力を使わせようともしてこない。せいぜいが警護の結界を張らせるくらいだ。人間からしたら、絶対の守りがあるだけでも違うのだという。
魔術師と契約をしていること自体が他者には脅威になるのだと言っていた。そもそも自国は平和なのでそこまで魔術師の力を必要としないのだとも。適当に選んだ国と王子だったけれど、悪くない人選だったらしい。
平和で退屈な日々だった。界に留まるとはこういうことなのかと思ったが、たぶんこの時代とこの国が特別平和なんだろう。何も起きない。たまに気まぐれに王子に魔法を見せてやりながら、日々は過ぎていった。
そもそも自分はどうしてどこかに留まりたいと思ったんだろう。
考えてみても答えは出ない。王子とともにいると何かに気付きそうになる瞬間があったが、答えは出ないままだった。
そんなある日、定期的に行われる王家主催の舞踏会で、妙な気配を感じた。魔女の力に似ている。けれど確信が持てない。気になって、王子に断ってからその気配の元を見に行った。
それはごく普通の、どこにでもいそうな娘だった。魔女の力に似たものをまとわりつかせているが、本人が魔女ではない。どこかで魔女に呪われたのかと思ったが、よく見てみて違うと気付く。
これは魔女の力として確立していない。けれど呪いじみた何かだった。
本人は『呪い』の存在を知らないらしい。不思議そうに、不安そうに周囲を見ている。
近づいてみようかな、と思った。なんだか面白いことになりそうな気がする。
彼女の背後に現れると、彼女は驚いた顔で振り向いた。特別に気配を消してはいなかったけれど、それにしても気配に聡い。彼女も心細かったのかもしれなかった。
「やあ、いい夜だね、お嬢さん」
声をかけると、彼女はぱちりと瞬いた。澄んだ目だな、とレヴィは思った。
◇
呪いじみたもののことを話すと、彼女は驚いた顔したけれど、予想外の言葉を放ってきた。
「そ、その前に……あなた、どなたですか?」
なるほど、確かに突然現れた人間に呪いがどうとか言われても困惑しかないだろう。この界と時代に留まるようになって、基本王子としか関わっていなかったので、自己紹介するという観点が抜けていた。
名前と魔術師であるということを明かす。彼女が口にした市井の噂は知らなかったけれど、確かに王子の要請を蹴飛ばすことはたまにあった。それが誇張されていったのだろう。噂というのはそういうものだ。
呪いじみたものを詳しく探ってもいいかと訊くと、彼女は「『呪いじみたもの』をかけた人物に心当たりはある」と言った。少し驚く。呪いじみたものの存在は知らなかったのに、心当たりはあるなんて、どういうことだろう。
違うだろうと思いながら恨みを買っているのかと訊いてみる。彼女はそれには曖昧に答えた。人間、生きていれば理不尽に恨みを買うことがあるとわかっているからだろう。
心当たりは『平凡でない家族』――『魔女の素養がある人物』だと聞いて、さすがに驚く。この時代に自分以外に魔女がいるとはとんと気付かなかった。魔術師界に顔を出したり、大きな魔法を使わなければ気付けないとはいえ、まさかの展開だ。
しかもその人物は大魔女ル・フェイの娘だという。驚きの展開の連続だった。
久々の感覚に、胸が躍るのをレヴィは感じた。『予想外』というのはこんなに面白いものだったのか。
どこにでもいそうな平凡な娘が、びっくり箱のように驚きの事実を次々口に出してくる。遠い昔、まだ魔術師として年若いころの、『楽しい』の気持ちを思い出した。
大魔女ル・フェイが子を為していたこと自体にも驚いた。魔女や魔術師は、寿命が違うものと添い遂げようとすることがあまりない。だが、ル・フェイは大魔女だった。予知の魔女としても有名だったし、自分の死期を知ってこの時代ではふつうの人のように生きたのかもしれなかった。
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