第3話



「の、呪い……?」


「じみたもの、だよ。呪おうとして呪ってるんじゃなくて、結果的に呪いっぽくなってる。……今は『人に認識されにくい』だけど、元を辿るとたぶんちょっと違うっぽいね。詳しく探っていい?」


「そ、その前に」


「?」


「あなた、どなたですか?」



 顔立ちはうつくしい、と言っていい。絶世の美少女のち美女になることが確定のシンデレラと張るかもしれないくらいだ。

 人を魅惑する美貌というのか、蠱惑的な笑みが似合う美しさだった。きらびやかなこの空間にはこれ以上なく合っている、そんな存在感がある。


 しかし、その身にまとうのはローブだ。どう考えてもドレスコードが合っていない。つまり、ここにいるべきでない服装なのだ。『呪い(じみたもの)』という衝撃の単語に意識を持っていかれてつっこみそびれたが、なんとか流され切らずに正体を問えたのは、我ながらよくやったとサーシャは思った。



「ああ、自己紹介をしていなかったね。というか僕を知らない人間に話しかけるのが久しぶりすぎた。――僕はレヴィ。この国の王子と契約している魔術師だよ」



 微笑んで告げられた内容は、サーシャを驚かせるには十分だった。というかさっきからサーシャは彼に驚かされっぱなしなのだが。



「王子様と契約している魔術師というと……人嫌いで王子様の要請でもなかなか姿を現さないと噂の……?」


「市井にはそんな噂が流れてるの? まあ大体合ってるけど」



 合ってるんだ……とサーシャは王子の心労を思って目を伏せた。



「とりあえず、正体には納得してもらえた? だったらその呪いっぽいやつ、詳しく探ってもいい?」



 レヴィはサーシャにかかっているという呪いらしきものに興味津々の様子だ。

 正体に納得というか、いかにもという見た目といかにもな言動なのでそうだろうなと思うが、名乗っただけなので詐称している可能性も――などと考えてみるが、『呪いじみたもの』なんてものを知覚できる時点で魔術師に違いないだろう。


 これがまったく心当たりのないことだったら詐欺師かと思うところだが、悲しいかな、サーシャには心当たりがあった。ありまくった。



「その『呪いじみたもの』をかけた人物に心当たりはあるので……呪いが解けるなら探ってもいいですよ」



 言うと、レヴィはおや、と片眉を上げた。



「心当たりがある、と。見たところ君は善良な人間に見えるが、恨みを買っているのかな?」


「善良かどうかは自分ではわかりませんが、平凡に生きてきたつもりです。ただ、平凡でない人が家族に居るので」



 平凡でない家族というのはもちろんシンデレラのことだ。もう顔面からして平凡でないが、それ以上に。



「では、その家族がらみで恨みを?」


「いいえ。です。彼女は――魔女の素養があるので」


「……それはそれは」



 そう、シンデレラは魔女の素養がある。正確に言うと、魔女は生まれつくものなのでシンデレラは既に魔女であるのだが、それを自覚的に行使できる状態にない、らしい。これはシンデレラの母・ルーチェが言っていたことなので、サーシャにはよくわからないのだが。



「この時代に僕以外の魔女がいるとは、不勉強だったな。――大魔女ル・フェイは死んだというし、もう誰もいないと思っていた」


「その魔女は、ル・フェイの娘です」


「おやおや、それはなおさらびっくりだ」



 ちっともびっくりしていなさそうな口調だが、それは彼のデフォルトらしかった。サーシャの言に目を見開いたレヴィは、心持ち食い気味に訊ねてくる。


 ル・フェイはルーチェの魔女としての通り名らしい。ルーチェは魔術師界では有名な魔女だったらしいので、レヴィがル・フェイを大魔女と言ったことに、サーシャは彼が魔術師だというのを信じることにした。



「ル・フェイに子どもがいたなんて初耳だ。娘と言ったね、女の子か。何歳? ル・フェイに似てる?」

「今度十四になります。顔立ちも似ています」


「じゃあ、今は絶世の美少女か。それにしてはそういう話が聞こえてきたことがないんだけど」


「家から出るときは、その子は――シンデレラは、薄汚れた格好をしますから」



 シンデレラは己の美しさを自覚している。家族に迷惑をかけたくないと言って、自分から薄汚れた格好をして、美しさに目をつけられないようにしているのだ。それでも正面から相対すれば美しさの片鱗くらいは感じ取られてしまうのだが。そしてその片鱗だけで人を魅惑してしまうのだが。



「シンデレラ。その名前は、ル・フェイが?」


「はい。異界の童話の主人公の名前をつけたと言っていました」


「『見立て』だね。ル・フェイは『予知』の魔女としても有名だった。何かしら娘の運命に似通うところがあったんだろう」



 『シンデレラ』の物語について、せがんでもルーチェは教えてくれなかった。だから、この世界でない違う世界の物語だということしかサーシャは知らない。だが、レヴィは恐らく知っているのだろう。


 魔術師や魔女と呼ばれる人々は、生まれつき不思議な力を使うことができ、時の流れにも、界にもとらわれないという。――逆に言えば、基本的に時にも界にもとらわれることができないのだと、ルーチェは言っていた。


 そういう魔術師たちが時代、ひいては界に留まるには、碇となる人物が必要なのだと。それは大抵契約という形で繋がりを持った人間が役割を果たす。目の前の魔術師が、この国の王子と契約をして、この時代に留まっているように。


 ルーチェは誰とも契約していなかった。ただ、碇である人物はいた。


 ――それこそが、サーシャの母、ローズだった。



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