第2話
なんとか準備も済み、迎えの馬車に乗って王宮に向かう。一般からの招待客は王宮から迎えまで来るという至れり尽くせりっぷりに居心地が悪くなるサーシャとは逆に、メイディは王宮の馬車を満喫していた。正確に言うと「この揺れの少なさ……新開発のばねを使っているのかしら? すべての馬車に導入しているとしたら開発者はウハウハね」「この背もたれの布だけで我が家の一年分以上の食費になるわね」「これは硝子? 普通に硝子をはめ込んでいるとしたら、魔法を使って強化しているとか……王子様の魔術師はこんな仕事もやらされるのかしら?」などと品定めをしていた。
「メイディ姉さまは緊張してなさそうですね」
「武者震いはしているわね。一般市民にとっては最大級の狩場よ。母さまが上流階級のマナーをご存じでよかったわ。一般からの招待客向けのマナー講座だけじゃ不安で」
「最低限を教えてくれるだけでしたからね……」
支度金や迎えの馬車だけでなく、参加にあたって必要になるマナーを教える講座まであったのには、噂で聞いていても驚いた。そこまでして一般から王家主催の舞踏会に呼ぶようになった理由が、サーシャは若干気になり始めた。
しかしマナー講座は複数人を一人の講師が教える形式だったため、通りいっぺんのことしか教えてもらえなかったし突っ込んだ質問などもできなかった。そこで手を挙げたのがローズだった。
全盛期のフィニエスタ家は王宮からのお呼びもかかるような商家だったので、そのフィニエスタ家と関わりのあったローズもマナーを覚えたのだと言っていた。
「ルーチェが私を上流階級の集まりに一緒に連れて行きたいってごねて大変だったのよ」という裏話まで聞けた。それは嫌でも覚えざるを得ない。確かにちょくちょく、シンデレラとサーシャ達を置いて、大人たちが出かける日があったような。
「シンデレラと母さまは大丈夫でしょうか……」
置いてきた母と義妹を思う。ローズはにこやかに見送りをしてくれたが、シンデレラは結局部屋から出てこなかった。
「ああ見えて母さまはしっかりしているし、シンデレラもあなたがいなければただの美少女だから外に出さえしなければ大丈夫でしょう」
メイディはサーシャの心配をさくっと切り捨てた。
しかしサーシャが心配していたのは、少し違う意味でだった。
「いえ、シンデレラが追いかけてきたりしないか心配で」
「……サーシャも大概心配性ね? さすがにそれはない……と思うけれど……」
だんだん歯切れの悪くなるメイディ。やりかねない、と思っているのが伝わってきて、サーシャはますます不安になった。
「でも、舞踏会には招待状がなくては入れないのよ? 私たちのような一般客は、人数も厳密に決まっているのだし。シンデレラだって追いかけてきても無駄だとわかっていることはしないでしょう。頭のよい子なのだから」
「そう……そう、ですよね」
とりなすように続けられたメイディの言葉にとりあえず納得したものの、どことなく不安を払拭できないサーシャだった。
◇ ◇ ◇
「…………」
絶句。
舞踏会の会場に着いたサーシャは、そんな反応しかできなかった。
それくらい別世界が広がっていたのだ。きらびやかすぎて目がチカチカする。
きらきらと輝く会場で、大輪の花が笑いさざめいている――そんな比喩が思い浮かぶほど、そこにいる人々は華があった。己の地味顔が大変かなしくなるほどに。
メイディは会場に入った瞬間、「じゃ、あとはお互い好きにやりましょうね!」と言って人の多いところに優雅に突入して行った。会場に圧倒される様子はみじんもなかった。狩る気満々で頼もしい。
メイディほど意欲はないが、この舞踏会が絶好の婚活チャンスなのは事実なので、サーシャも一応まともに参加しようと――思ってはいたのだが。
なんと、まったく声をかけられない。
地味顔は地味顔なりにがんばって装ってきたし、お義理で声をかけてくれる男性の一人や二人には出会えるだろうと思っていたというか、ローズがそういうものだと言っていたのだが、見事なまでにぼっち状態になってしまった。
(……と、いうか……目すら合わないんだけれど、どういうことなの……?)
目に入れたくもないほどの壊滅的な顔というわけではもちろんないし、というかそれならそれで『見てはいけないものを見た』反応になるはずだ。
そうでなく、誰も彼もがサーシャを視界に入れない。入れても気付かない――そんなふうに感じる。
シンデレラと一緒にいるときにはよくこういうことがある。何故なら人はシンデレラの美しさに意識をもっていかれて、共にいる地味顔のサーシャには意識を回す余裕がなくなるからだ。
しかし、ここにシンデレラはおらず、シンデレラに比類するような人物と連れ立っているわけでもない――そもそも一人でいるわけなので、そういう理由ではない。
遠目に見えるメイディは普通に人と会話しているしちらちらと彼女を見る男の人の姿も確認できるので、一般客だから無視されているという線もなさそうだ。まあ王家主催の舞踏会でそんなことが起こるとは思っていないが。
とすると、『サーシャだけ』が見えていないふりをされている――もしくは本当に見えていない、という信じがたいことになるが――。
そこまで考えたところで、突然背後に気配を感じた。
驚いて振り返ると、いつの間にそこにいたのだろう、仕立ての良い漆黒のローブを着た人物が、にこりとサーシャに微笑みかけた。
つい、微笑み返すサーシャ。条件反射というやつだ。
「やあ、いい夜だね、お嬢さん」
どこか歌うような口調で声をかけられる。
先ほどまで考えていた仮説が霧散しかけていたサーシャは、けれど次にかけられた言葉に固まった。
「ところで君、『人に認識されにくい』呪いじみたのかかってるけど、心当たりはある?」
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