第4話




 レヴィの提案で、ゆっくり話ができる場所に移動することになった。

 いくつかあるバルコニーの一つに出る。舞踏会の音楽やざわめきが遠のき、葉擦れの音と夜の少し冷たい空気がサーシャを迎えた。



「それで、君にかかってる呪いじみたやつについてだけど。呪い手――もう呪いって言っちゃっていい?――はその、義妹のシンデレラらしいけど、なんで?」


「なんで、と言われても……。シンデレラならやりかねないし、無意識下でそうする可能性もあるってだけなんですけれど……」


「そこなんだよね。『呪おう』と思って呪ってるんじゃない。魔女だけど魔女の力は自分で使えない、だっけ? ル・フェイがそうしたんだよね?」


「はい。幼いときは魔女の力を制御できないから、という理由で。その幼いころに彼女が亡くなってしまったので、そのままになっているはずです。今もシンデレラは魔女の力を使わないので……たぶん、そうなんだと思います」


「術者本人が死んでからも長く続く魔法はあんまりないけど、ル・フェイは大魔女だしな……。あとは本人の意識が、残っていた魔法を継続させている可能性もあるか。だからこそ、無意識から呪いっぽいものを生み出すだけの何があるのか気になるんだけど」



 レヴィのその疑問はもっともだ。そしてサーシャはそれに答えられる。しかし、気は進まない。

 が、思い切って口にすることにした。



「……その、あの、自分で言うのはちょっと恥ずかしいんですが」


「? うん、何?」


「シンデレラは私のことが、ものすごく好きなんです……」


「…………ものすごく」


「ものすごく」


「無意識に呪ってしまうくらい?」


「それがありえると思えるくらい」



 しばらく考えるような沈黙が下りる。居心地の悪い気持ちになりながらレヴィの反応を待っていると、レヴィは「なるほど」と一つ頷いた。



「好きすぎて独占したい、というやつかな。そこをはっきりさせるためにも、詳しく探りたいんだけど、いいかな?」



 とりあえず、「地味顔なのに何自意識過剰になってるんだこいつ」みたいには思われなかったらしい。ほっと胸を撫で下ろしながら、サーシャは今度こそレヴィの申し出を承諾した。


 「手を取っても?」と問われたので、差し出す。レヴィはその手に掬い上げるように触れて、目を閉じた。


 ポゥ、と淡い光が触れ合っている箇所から漏れ出る。サーシャ自身に変調はない。

 その状態のまま、ダンス一曲分ほどの時間を経て、レヴィは目を開けた。



「なるほど。……なるほど、なるほど。訂正しよう。君にかかっている呪いじみたものは『独り身の呪い』と表すのが的確みたいだ」



 突然そんなことを言われたサーシャはぱちりと目を瞬いた。



「ひ、独り身?」


「そう、独り身。『結婚できない』『誰とも添い遂げられない』と言い換えてもいい。――独占欲を変に拗らせたみたいな呪いだね」



 さすがにサーシャもそこまでは予想していなかった。つまりシンデレラは、サーシャに嫁に行ってほしくなかったということなのだろうけれど、まさか呪いになるほどとは。



「え、ええと……では、この舞踏会で万が一にも誰かに見初められないように、『人に認識されにくい』呪いになっていたんでしょうか?」



 ちょっと衝撃を受けながらも、伝えられた事実から推測したことを口にすると、レヴィは頷いた。



「そういうことだろうね。普段からそういう効果はあったんだろうけど、異常に思うほどではなかったはずだ。でもこの舞踏会は場だろう? だから、一部だけ効果が強く出たんだろう。シンデレラと何か、予兆になるような会話をしなかったかい?」



 言われて、舞踏会に行く前の会話を思い返す。



 ――だってサーシャ姉さまはこんなにこんなに素敵なんだもの。わたくし以外の人がその魅力に気付いてしまったら、無理やりものにしようとする人だって現れるに違いないもの――



 後半はともかく、シンデレラが頑なにあると信じているサーシャの魅力とやらを誰かに気付かれることを危惧していたのは確かだ。『自分以外が魅力に気付かないように』が『自分以外がサーシャに気付かないように』になってしまった、という理解でいいのだろうか、とまで考えて、ふとサーシャは気付いた。



「そういえば、レヴィさまはどうして私に気付いたのですか? というか、どうして舞踏会にいらっしゃったのですか? 服装からして、元々参加される予定だったわけではないと思うのですけれど……」



 いくら魔術師だからといって、舞踏会のドレスコードがローブなわけはないだろう。それに、人前に出てこない魔術師が舞踏会に参加するとなれば、噂にならないはずがない。しかし、それらしいことはサーシャはまったく聞いた覚えがなかった。



「変な感じがするなって思って、舞踏会の会場を『視』てたら、君を見つけたんだ。で、面白そうだから、声をかけた。それだけだよ」


「面白そう、ですか?」


「僕はいつでも退屈だから、面白そうなものには目がないんだ」



 そう言ってレヴィは笑った。どこか寂しそうな笑顔だとサーシャは思った。


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