第5話




「それで、この呪い、解いてしまっていい?」



 レヴィが首を傾げて問うてくる。サーシャは逆に問い返した。



「レヴィさまはこのまま解いて大丈夫だと思われますか?」


「うーん、どうだろう。無意識下で呪っているわけだから、解いたところでまた呪うだけな気はするよね。まあ、舞踏会が終わればもうちょっとマシになる――効力が戻る?としても」


「じゃあやっぱり、根本的な解決が必要なんですね……」



 ここで言う根本的な解決とは、言わずもがな呪いを解いたうえでシンデレラ本人に自覚させ、呪うこと自体やめてもらうことである。

 だが、問題は。



「本人が無意識下で呪っている場合、本人にそれをコントロールはできるんでしょうか?」


「どうだろう。君の義妹は結構特殊な例だから……普通の魔女が無意識下で呪ってるのとはまた違うし。正式に魔女になったうえで力をコントロールするのが正道だと思うけど、そこはどうなのかな?  本人的に魔女になりたくない感じ?」



 言われて、考えてみる。

 サーシャが物心ついた頃に生まれたシンデレラを、サーシャは本当の妹のように思っていた。だから、彼女が魔女だと聞いてもそうなんだ、くらいだったし、魔女であろうが魔女でなかろうがシンデレラはシンデレラだと思っている。しかしシンデレラはどうだっただろう。



『魔女って、いろんな時代に行ってしまうんでしょう? わたくし、サーシャお姉さまと離れるのはいやだわ』



 かつて、そんなことを言っていたような気もする。子供向けの歴史書を読みながら、魔女だったらこの時代を直に見ることもできるのかしら、みたいなことを言ったときの返答だった。


 それを聞いて、正式に魔女になったら、シンデレラはこの時代から消えてしまうのか、とサーシャは驚いた。なんとなく、シンデレラは魔女であろうがなかろうが、自分の傍にいると思っていたので。子どもなんてそんなものだ。


 ともかく、シンデレラは正式な魔女になりたいとは思っていないような気がする。だから今も、ただの『シンデレラ』でいるのだろう。ふつうに生きて、ふつうに家督を継いで、ふつうにお婿さんをもらって――そういう世界に留まっている。



「たぶん、シンデレラは正式に魔女になりたくないのだと思います。少なくとも、積極的になりたいようなことを言ったことは今までありませんでした」


「と、なると本人の説得が必須かな。なんで魔女になりたくないのかわかる?」


「小さい頃ですけど、魔女の特性を嫌がっていました。時代や、場所や――世界に留まれないことを」


「ふむ。君のことがものすごく好きだという話からすると、ひいては君から離れることを、というところかな?」


「……こ、肯定するのは抵抗感があるんですが……たぶん、そうです」


「誰かと契約するという選択肢を知らないわけじゃないよね?」



 契約についてはルーチェから聞かされていた。

 一般の人々は契約することで契約主にその魔術師を仕えさせる、といった理解をしているらしいけれど、実際のところは魔術師が契約者を時代に留まるために利用しているのだと。



「私がルーチェ――ル・フェイから聞いたくらいですから、シンデレラも聞いているはずです」


「うーん……。まあ魔女のメリットを教えられる前に師匠がいなくなった状態なわけだし、魔女になりたいと思う理由もないのかな……。魔術師は少ないから、同時代に仲間が増えるなら嬉しいんだけど」



 その言葉に、先ほどの『いつでも退屈しているから』という台詞を思い出すサーシャ。

 仲間がいないから退屈なのだろうか、と思う。

 確かこの国の魔術師はルーチェが亡くなった後にやってきたはずだ。ということは、ルーチェと彼はこの時代で直接には会っていない可能性が高い。


 魔術師や魔女はいろいろと特殊みたいなので、同じ目線で話せる人がいないのだろう。だから仲間が増えると嬉しいのかもしれない。



「シンデレラは、できれば正式に魔女になった方がいいんですよね?」


「本人の意思次第ではあるけど、その方がいいとは思うよ。今の状態がどれだけ続くかわからないし……何かの拍子に魔女の力が表出して、見知らぬ場所、見知らぬ時代に行ってしまったら大変だろうから」



 何か心当たりがあるのか、レヴィが少し目を伏せた。

 サーシャは内心慌てて言葉を探す。そうして思いついた言葉にこれだ、と口にする。



「シンデレラに会ってもらえませんか?」


「え?」


「やっぱり魔術師の方でないとわからないこともあると思いますし……私だけでうまくシンデレラを説得できないかもしれませんし」



 きっと快諾してくれるだろう、とのサーシャの予想は、どうも気乗りしなさそうな素振りのレヴィに裏切られた。



「それは……ちょっと……」



 困ったように頬を掻くレヴィ。そこでサーシャは、自分がとんでもなく図々しいお願いをしてしまったことに気付いた。



「申し訳ありません! 魔術師の方に、軽々しくお願いをしてしまうなんて……」



 今にも平伏せんばかりのサーシャに、レヴィもまた慌てたように口を開く。



「そういう意味じゃないんだ。ほら、僕は契約した魔術師だろう? 王子に無断で遠くに離れられないんだ。でも今の王子に近づくのは、ちょっとね。面倒が多くなりそうだから」



 そう言われて、サーシャはほっと息をついた。自分の無礼が原因で渋られたわけではないとわかったからだ。

 それはそれとして、本来は雲の上の身分の魔術師相手に少し気が緩みすぎていた、と自省する。



「今の王子様に近づいたら、間違いなく魔術師さまも囲まれますね……」



 バルコニーから見える会場の様子を見れば、明らかに人が大勢集まっている場所がある。間違いなく今日の主催として姿を現した王子を囲む人の輪だろう。



「そういえば、舞踏会なのに、君、一曲も踊ってないよね?」



 言われて、サーシャはうっと息を呑む。痛いところを突かれた。



「声を……かけられなかったので……」



 せっかくめかしこんで来たのだ。婚活云々は抜きにしても、ちょっとは誰かと踊ってみたい気持ちはあったのに、この状況。

 思わず溜息をつく。と、レヴィが意外なことを言い出した。



「僕でよかったら踊る? 君をリードできるくらいには踊れるはずだけど」


「……え?」


「あ、でもこの格好じゃまずいか。えーと、うん。王子の服を参考にして……だいたいこんな感じかな」



 言って、レヴィは指で何事か宙に描き、そこからきらきらしたものが噴き出てレヴィの体を覆う。と、次の瞬間には、仕立ての良いローブではなく、それこそ王子様が着るような衣装に身を包んだレヴィがいた。



「え? ……え?」



 展開に頭がついていかないサーシャをよそに、レヴィは「それじゃあ行こうか」とサーシャの手を取り、バルコニーから歩きだしてしまった。


 そうして為されるがまま会場に戻ったサーシャは、レヴィの美貌にあれは誰だとざわざわする衆人環視の中で、人生初の舞踏会でのダンスを踊ることになってしまったのだった。



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