第7話




「じゃあ、どこでもいいから僕に掴まって」


「つ、掴まる……?」



 レヴィが姿を現したことによる影響の諸々をすべて王子に丸投げして舞踏会を抜け出して、レヴィが口にしたのはそんな言葉だった。予想外の言葉にサーシャは目を瞬かせる。



「先ほどは手に触れていればいいようなことを仰っていたと思うのですが……」


「それは最低限の話。触れてる面積が大きい方が安定するし、支えがないところにいるっていう感覚に人間は混乱することがあるから、僕に掴まってた方が安全」



 ということは、できるだけ多くレヴィに触れるように、彼に掴まる体勢を考えなければならないということで。


 しばし黙考したサーシャは、「では、失礼して」とレヴィの片腕を胸の前で抱え込んだ。



「これでいいでしょうか?」


「うん、君がいいならいいんじゃないかな」



 何か含みがあったような気もしつつ、とりあえず了承されたので、そのままの姿勢でレヴィの次の動作を待つ。


 レヴィはもう片方の手でまず宙に円を描いた。それからその中に記号のような模様のようなものを描くと、円がスーッとサーシャ達の足元へと動き、拡大した。

 何か聞き取れない言葉でレヴィが囁くと、ふわり、と浮遊感がして――気付けば地面から足が離れていた。どんどんと遠くなる地面に、思わずレヴィを掴む手に力がこもる。


 そんなサーシャを見て、レヴィは「他に人がいるときは、やっぱり絨毯に魔法をかけて浮いた方がいいのかな……箒は王子に不評だったし……」などと呟く。その様子を想像して、サーシャはちょっと緊張がほぐれた。


 もうお城の天辺と同じくらいの高さになっている。人生でこんな高さから街を見るのは初めてだった。――とはいえ夜なのでよくは見えないのだが。

 代わりに空が近い。きらきらと瞬く星と、煌々と照る月が、まるで触れられるかのように錯覚するほどだった。



「きれい……」



 思わず呟くと、レヴィはサーシャを見遣って、「星は好き?」と訊いた。


 意図が分からなかったが、時折夜空を眺めるくらいには好きだ。サーシャは頷いた。



「星はね、人と紐づいているんだよ」



 サーシャは目を瞬く。初めて聞く説だった。



「見える星と見えない星があるのを知っている? そのすべてが、人と結びついている。だから星読みは人の運命を読み解ける。僕にはその異能はないけれど、以前それを持つ人に会ったことがある」



 歌うような語り口だった。おそらく彼は基本がそういう口調なのだろう。



「その人によると、魔女や魔術師は、星と紐づかない――運命を読み解けないものらしい。例えるなら、見えない流れ星だと言っていた。ずっと世界を流れ続ける、流れ星。人は人としているだけで誰かと寄り添えるけれど、僕たちはそうじゃない。どこにも留まれない、誰とも寄り添えない。だって人は、とても簡単に流れ落ちてしまうから」



 ……魔女や魔術師の寿命は、無いに等しいと聞いたことがあった。人のように老化で死ぬことはなく、ただ魔力を生成する力が潰えた時が、終わりなのだと。

 ルーチェはそうして亡くなった。傍目からは少しずつ弱っていくようにしか見えなかった。


 この人もそうなのだろう、と夜空を見ながら語るレヴィに思う。

 同じ時を歩めない。契約者を得て時代に留まれても、彼からしたら瞬きの速さで人は生きているのかもしれなかった。



「君の星はどこだろうね。三人の魔女と魔術師と関わった君の星は、いったいどんな色をしているんだろう」


「きっと、ただのちっぽけな星ですよ。もしかしたら見えない星かもしれません」


「そうかもしれない。でもきっと、ただの星じゃないんだろう。――シンデレラが君に、普通ではないほどの愛着を向けているというのなら」



 それは、サーシャも常々疑問に思っていたことだった。

 確かにサーシャは幼少時から、メイディよりもシンデレラをかわいがっていたし、その分懐かれていたと思う。だから、『家族の中で一番サーシャが好き』なくらいならわかる。

 しかしシンデレラのサーシャへの好意はその段階を飛び越えている。異常さを感じるレベルでサーシャのみにべったりなのだ。他の家族が嫌いなわけではもちろんない(サーシャがいないときはふつうに普通の家族をしている)が、そちらとの距離感と、サーシャとの距離感の差が激しすぎる。



「……それは、シンデレラが魔女であることと関係があると、レヴィさまは考えているのですね?」



 問うと、レヴィは苦笑して頷いた。何に対しての苦笑か、出会ったばかりのサーシャには計り知れなかったが――きっと彼が優しいからなのだろうと、何となく思った。



「さあ、君の家に向かおう。家はどの方向かわかるかい?」



 レヴィに促されて、サーシャは月明かりを頼りに己の家を指し示したのだった。



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