6~7話




 彼女はダンスに慣れていないのか、かなり緊張していたようだった。この国の不思議な決まりで、一般枠で参加しているというのだから当然かもしれなかったが。


 結局ダンス一曲で彼女が疲労困憊の様子になってしまったので、切り上げる。そんなに激しい曲調じゃなかったけどなぁ、などと思いつつ彼女を眺めていると、まあまあ聞きなれた声がかかった。

 そう、契約者である王子だ。



「――レヴィ!!」



 名を呼ぶ声だけでなんだか面倒そうなことになりそうな気がしたが、彼女を置いて消えるわけにはいかない。呪いの件もカタがついていないことだし。


 王子と話している中で、そういえば彼女の名前を聞いていなかったと気付く。彼女は察して、自分から名乗ってくれた。



「フィニエスタ家のサーシャと申します。一般枠から参加させていただいている者です」



 完璧な礼だった。一般枠と言っていたが、もしかしたら彼女は礼儀作法をきちんと学んでいるのかもしれない。


 王子の言葉で、彼女の……サーシャの姉もこの舞踏会に参加していることを知る。その話題の時、何故かサーシャは少し胡乱な目をしていたが。


 とりあえず、王子に傍を離れる了承を取っておく。と同時に回路を強化しておく。物理的距離が回路を途切れさせてしまうこともあるので。


 サーシャの家に行くと言ったら、王子が交際がどうとかとんちんかんなことを言い出した。大丈夫だろうかこの王子。

 なんとか呪いの関係で行くだけだということを納得させると、今度は苦言を呈してきた。いつになく王子がレヴィ相手に喋っている気がする。こんなに会話を成立させたことが未だかつてあっただろうか。


 移動方法を説明するのが必要だと言われたので、サーシャに「君の家には飛んでいこうかと思うんだけど、いい?」と訊ねる。彼女はすんなりと頷いた。


 ふと思いついて、空を飛ぶときの注意事項を伝えるついでに、サーシャに名前で呼んでほしいと言ってみる。彼女は突然の申し出に戸惑っているようだったけれど、それはなんだかとてもいい思い付きのような気がしたので押し通した。


 名は力だ。レヴィは魔術師以外には基本的に契約者にしか名を教えないし呼ばせないが、サーシャには名を教えたし、それなら呼ばれてもいいような気になったのだ。



「レヴィさま……?」



 恐る恐ると言った体でサーシャがレヴィの名を呼ぶ。

 やっぱりなんだかいいな、とレヴィは思った。男に呼ばれるよりも柔らかい声音が気持ちいいのかな、などと思う。


 『さま』がついているのは余計だったが、これ以上を求めるとサーシャは恐縮してしまうような気がした。いつか『さま』が消えたらいいなぁ、と思い、『いつか』を夢想するのが久しぶりなことに気付く。サーシャと関わってからそんなことばかりだ。面白い。



  ◇



 さすがに王子と話すと耳目が集まる。面倒そうな気配が濃くなってきたので、その場の処理を丸投げにして外に出た。


 どこでもいいから自分に掴まるように言うと、サーシャは少し触れているだけでいいと思っていたらしく、戸惑った風だったので、詳しく説明する。

 それで納得したらしいサーシャが腕に抱きついてきて、レヴィはぱちりと瞬いた。


 やわらかい。どこがとは言わないがやわらかいものが確かに当たっている。

 これは問題ないだろうか?と考えるが、時代や界によって破廉恥とされる行いが変わるので判断が難しい。空を飛ぶには問題なかったので、問題ないということにする。


 陣を描き、呪文を呟く。いきなり空を飛ぶこともできるのだが、王子に視覚的効果がないと心の準備ができないと苦情を言われたことを思い出したのでやっておいた。この方が安定することだし。


 空を飛ぶ。最初は少し腕を掴む手に力がこもったサーシャだったが、城の天辺近くまで来る頃には、空に見惚れるほどの余裕が出てきていたようだった。



「きれい……」



 サーシャの目に星が映って、きらきらとしている。綺麗だな、とレヴィは思った。


 以前、星見に言われたことを思い出したので少し語ってみる。サーシャは興味深そうに聞いていて、その間星から自分に視線が向くのが、なんとなくいいなと思った。


 魔術師や魔女の総数は知らないが、人間がかかわるのが稀なことは確かだ。それなのにサーシャは自分を含めて三人の魔女と魔術師と関わっている。きっと普通の星ではないだろう。


 シンデレラがサーシャを『ものすごく好き』であることは、呪いを通して実感したため、特にひっかかっていた。普通の人間と人間の間でも、あれくらいの執着が発生することはあるだろう。

 だが、シンデレラは魔女だ。魔女の好意と執着が示すことに、レヴィは心当たりがあった。確証はなかったが――それを聞いたら、サーシャはどんな反応をするだろうか。シンデレラの好意にどんな思いを抱くだろうか。それだけが少し気がかりで、レヴィはごまかすように微笑んだ。



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