8~12話
そこからはシンデレラが魔女の力を暴走させたり、それをサーシャが一言で鎮めたり、ローズが『碇』であると知れたりサーシャが『碇』であるとほぼ確定になったり――いろいろあったが、とりあえずレヴィはシンデレラを魔女として導く役につくことになった。同士が増えるのはいいことだ。長い知り合いが増えるということだから。
シンデレラを釣るのに性転換を持ち出したのは、呪いを通して触れた彼女の思念が、家族としての親愛を飛び越しているように思ったからだったが、予想通りだったようでよかった。サーシャは信じられないという顔をしていたが、シンデレラに対してなのか永続的な性転換ができるということに対してなのかはよくわからなかった。
そして戻った舞踏会の会場で、レヴィは自分の顔が『魔術師』として知られたことに気付いた。まああの状況で伏せることも難しそうだったし、王子に口止めもしなかったのでそういうこともあるかと思う。
しかし、そうなると、サーシャの身が気になった。『魔女の義姉』だけならまだしも、彼女の付加価値が上がりすぎる。人間は付加価値で結婚を決めたりするというし、この時代は『魔術師』や『魔女』が受け入れられている分、力の象徴でもある。
間違いなく、彼女に結婚を申し込む人間が現れる――それも彼女の魅力がどうとかではなく、付加価値によって――と思い至ったので、それを防ぐ方法を考えた結果、婚約をすればいいのではないかと思いついた。
結婚だと有象無象と彼女が結婚するのと同じだが、婚約であればまだ約束の段階だ。だが、魔術師の自分を蹴散らして彼女に求婚する人物は出てこないだろうと思われた。もし出てきたとしたら、それは本当に彼女を求めてのことだろうから、それはそれでいい――はずなのだが、なんだかちょっともやもやしたので、さらに深く考えてみる。
性転換したシンデレラがサーシャと結婚することを考えてみる。きっとシンデレラがべたべたと溺愛する夫婦になるだろう。シンデレラの気持ちを直に感じ取ったので、よかった、という気持ちもあるが、やっぱりなんだかもやもやする。
今は見も知らぬ誰かが、サーシャの魅力に気付いて熱烈にアプローチして、彼女の心を射止めることを考えてみる。これはもうわかりやすくもやもやした。先に彼女を知ったのは自分の方なのに、という気持ちだ。
そうか独占欲だ、とレヴィは気が付いた。シンデレラの思念に影響されたのか、レヴィの中の独占欲が呼び起こされている。
独占欲なんて抱いたのはいつぶりだろうと思う。とりあえずすぐには思い出せないくらい昔なのは確かだった。
シンデレラと自分ではシンデレラの方がサーシャを昔からよく知っているし仕方ないかという気持ちが出てくるが、そうでないと先にこの面白い子を見つけたのは自分なのにと思う。
感情って面白いとレヴィは思った。そう思う気持ちも長く忘れていた。
とりあえずサーシャが有象無象とうっかり結婚しないようにと婚約しようと思う旨を王子に伝えたら、サーシャに何も言ってなかったことを怒られた。なので、この辺りの作法を思い出しながら求婚したら、サーシャが倒れてしまった。びっくりした。
本当に彼女はびっくり箱みたいだなぁと思っていたら、人の囲みから女性が一人飛び出してきた。彼女の姉だった。さっき出会った時も思ったが、雰囲気が似ていない。サーシャは柔らかく人をほっとさせる雰囲気をしているが、彼女は自身が咲く花のように生気に満ちている。これもまた人を惹きつけるだろうと思われた。
「なにぼーっとしてるのよ! サーシャをどこかで休ませるわよ!」
怒られた。女性に怒られるのは久々だった。いや、シンデレラに怒られた(当たられた?)ばかりだったが。
彼女に言われるままに休ませる場所を確保して、サーシャを運ぶ。その間、横から王子にいろいろと小言を言われた。今日の王子は口うるさい。というほど普段関わっているわけでもないが。
サーシャについてはただ気絶しているだけなのはわかっていたので、それほど心配はしてなかったが、目を閉じて何も言わないサーシャの傍にいるのは少し寂しいなと感じた。
最初は彼女の姉がサーシャの様子を見ていたが、あらかたの事情を説明し終えたあと、王子と話をつけてくると言って出て行った。行動派だなぁとレヴィは思った。
とりあえず寝ている淑女の傍に男がいるのは外聞が悪いらしいので、少し離れた椅子で様子を見つつ手慰みに魔術書を読むことにした。何度も読んだものなのでぱらぱらとめくっていると、そのうちにサーシャが気が付いた。
顔色も悪くないし、本人の意識もはっきりしている。ほっとしつつ状況を話すと、サーシャは頬を若干赤らめながら問うてきた。
「レヴィさまはどうして、こ、こ……婚約などと言い出されたのですか? しかもあんな……あんな……」
言葉を紡ぐうちにどんどんサーシャの顔が赤くなる。なんだかかわいいなぁ、とレヴィは思った。
「あの場でも言ったけど、それが一番いいと思ったからだよ。でも婚約って、ちゃんと本人に申し込まないとだろう? だからああしたんだけど……何か間違ってたかな」
何か不手際があっただろうかと思ったが、一応婚約を申し出たことはきちんと理解してもらえていたらしい。
「そ、そうです! 結局何に関して『一番いい』なのか、わからないのですが……」
王子が言っていた通り、やっぱりサーシャにも通じていなかったらしい。ひとまず婚約を申し込むに至った思考を説明する。
サーシャは何かいろいろ言いたげだったけれど、とりあえず納得したようだった。
「つまり、レヴィさまは、私を『結婚させない』ために婚約を申し込まれたのですね」
やはり的確に情報を把握している。雰囲気のわりに、頭の回転が速いのだろうとレヴィは思った。
「まあ、そういうことになるかな。……もちろん、君の意思が一番だ。君が僕以外と結婚したいというなら、僕は諦める」
何事もサーシャの意思あってのことだ。シンデレラの餌にすることは了承を得なかったので、ここではきちんと了承を得ようとレヴィは決めていた。
「そ、その、……まだ結婚したいと思う殿方はいないのですが、シンデレラが正式に魔女になるのを待って婚約を解消して、嫁き遅れになる可能を考えると、それもちょっと……」
何故か頬を赤くしながら、サーシャが口にする。適齢期というのは厳然としてあるので、その心配はもっともだった。
けれどそれについては、レヴィはきちんと考えていた。
「できるだけ早くシンデレラが一人前の魔女になるようにするつもりではあるけど――大丈夫だよ。嫁き遅れになりそうな年齢になる前に、僕がもらうから」
婚約を申し込んだからには、その先だって責任を持つつもりだ。――そしてそこにあるのは責任があるからというだけではない。
魔術師や魔女は読心の力を持つ者も多いので言葉を省きがちになるが、人間には言わないとわからないというのをこの一夜でよく理解していたので、口に出す。
「……僕が君に婚約を申し込んだのは、君を好ましく思ったからでもあるんだよ」
そう、好ましく思っているのだ。シンデレラの思念を感じたことによる影響が多少混ざっていようが関係なく、レヴィがそう思ったから、そうなのだ。
「なんとも思ってない相手に、そこまでしない。シンデレラの餌にはしたけれど、僕にだって機会はあるよね? 正々堂々、君をシンデレラと取り合うつもりだから、そのつもりでいて」
餌にしたからには、シンデレラとぶつかるのは避けられないことだろう。婚約状態ですら耐えられず、きっと死に物狂いで魔女の力の使い方を覚えるだろうシンデレラなら、きっとサーシャの適齢期を逃すこともないだろう。それならば正々堂々と取り合えるはずだ。
そう考えていたレヴィは、サーシャがまたもぱたりと寝台に倒れ伏したのに、首を傾げたのだった。
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