☆小説を読んでスタンディングオベーションをしたいと思ったのは初めてだ

演劇系SFもの。

にわかSFファンとしてそれなりに多くのSF作品に触れてきましたが、演劇を題材にしたSFは初めてでした。まず痺れたのが、モーションキャプチャーや仮想現実の技術を発展させたガジェット。アイディアとしては出てきそうなものですが、それを一本の物語として描き切ったのが素晴らしいです。作中で登場する設定を読む度に「盲点だった……」と唸らされました。あと人工知能の限界についての描写もあり、全体としてSFネタの使い方が非常にうまいと感じましたね。

加えて、この作品はSFとしてのテーマが興味深い。物語に登場する「アクトノイド」はアクターとヒューマノイドを合体させた造語であり、いわば「人間の容姿を外注した」存在と言えましょう。それは言い換えれば、身体というハードウェアと、性格や心といったソフトウェア、その二つを切り離した考えであり、作中でも語られる「パーソナリティと演技の分離」という観点からの「人間の外側と内側」という哲学的な問いかけとなっているのです。SF作家の伊藤計劃はかつてサイバーパンクについて「テクノロジーが人をどう変えるか、という問いを内包したSF」と定義しましたが、そういう意味であればこの作品は伊藤計劃流のサイバーパンクに当てはまるといえます。テーマが奥深いからこそ作品のメッセージ性が強調され、エンタメ作品でありながらも強烈な読み応えを生み出しているのは、いち読者として素晴らしいと感じました。

また本筋であるドラマも、たぎるような熱量を感じます。序盤は所謂シンデレラストーリーであり掴みは抜群ですが、後半ではこのシンデレラストーリーが逆転するといった構成はお見事。それまでの設定や描写をうまく活用したクライマックスは圧巻で、非常に満足な読後感を得られるエンディングになっていたのが印象的でした。あと劇中劇が純粋に面白いのもポイント。なんかスピンオフとか何かで劇中劇のみを描いてみるのも面白いかもしれませんね。


あえて難点をあげるとすれば、本編において人物名の間違いが多々あったり、第23話が欠番していたりと、読んでいて混乱してしまう箇所がありましたが、物語そのもののインパクトに比べれば些細な要素でしかありません。読者側の解釈でカバーしきれますし、再度推敲すれば直るものですので、大きな問題ではないです。むしろWEB小説らしくて好感が持てるくらいです。


SFとしてのアイディアやテーマの秀逸さ、さらにヒューマンドラマとしてのエンタメ性、この二つの要素が素晴らしく、紛うことなく傑作だと感じました。というかSF作品を書いたことのあるいち執筆者として「やられた……」という感じで、嫉妬を通り越して感服したレベルでした。とても魅力的なお話であり一気読みしてしまう作品ですので、気になる方は是非とも時間を作って読み込んでほしいですね。面白かったです。ごちそうさまでした。


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