第10話 王子

 よそ行きの服に着替えて、スタン父ちゃんと高そうな馬車で王宮に行く。

 貴族街から王宮は馬車で5分。

 馬車の意味がわからない。

 馬車から降りると近衛隊が案内する。


「ラルフ様こちらへ」


 近衛隊は伯爵以上の家柄の貴族ばかり。

 とても所作が上品である。

 なるほど、貴賓を相手にするから腕っ節だけでは務まらない。

 むしろ偉い人の接待や案内をするのが仕事か……。

 だから近衛隊はそれなり以上の家柄が要求されるわけである。

 よし、近衛隊に入るのはあきらめよう。

 俺には無理だ。品性が足りない。


【あきらめるの早ッ!】


 まだ宮廷魔術師の線があるもん!

 あっちは魔術が使えればいいからもうちょっと雑でもいいはずだ。

 俺はそのままスタン父ちゃんと玉座の間に通される。

 二年ぶり二度目の出頭である。

 俺は父ちゃんとひざまずく。

 すると王様は花が咲きそうな笑顔で俺に声をかけた。


「今日はよくぞ来てくれた。スタンリー卿、それにラルフ・マシュー。会えて嬉しいぞ」


 いきなり好感度全開。

 この人懐っこさと人柄の良さが王様を強くしている。

 実際、賢王と評判だ。お人好しという嫌味もセットで。

 でも、この人だったら命を捨てようとするやつも大勢いるだろう。


【復讐する気あったんですか!?】


 ない。

 内紛で負けた方についたら干されるだろ。普通。

 伯爵家なら一族郎党処刑が妥当じゃないかな。

 王はあの性格だから反対してたけど、反対されて流刑にしたんだろう。

 恩人とは言わないが、復讐する対象じゃねえだろ。

 俺が王様だったら報復怖いから親戚まで含めて皆殺しにするもん。


【に、人間の器が小さい……】


 だからあの王様やばいんだって!

 器の大きさって才能だからね!


「今日呼び出したのは、ラルフに我が息子の小姓になってもらおうと思っての。

私が一番信用する騎士の息子である君にな」


 こ、断れねえ……。

 君を信用してるよって意味だ。

 言い方が卑怯すぎる!


「恐縮至極にございます。全力で務めさせていただく所存です」


「……」


 あれ?

 俺……なんか失敗した?

 俺は怒られない程度に顔を上げて周りを窺う。

 なぜかその場にいた誰もが俺を見ていた。

 なにその顔……。不安になるじゃん。なんなの!


「……スタンリー。か、賢い息子を持ったな。うらやましいぞ」


「はは……子どもの成長は……まことに早いようで……ははは……」


 父ちゃん冷や汗ダラダラ。

 うん? なんか失敗した?


【受け答えがちゃんと出来てたからじゃないですか? 普通の五歳児はできませんよ】


 おう……やっちまった。

 次はバカなガキでいよう。

 俺、バカ。カタツムリをポケットいっぱいに入れて全力疾走。そしてコケる。


【テロリストだーッ!】


 冗談を言うとなんとか心の余裕ができた。

 とりあえず王様たちは今のは聞かなかったことにしたらしい。

 王様が手を上げる。


「ルカよ。入れ」


 王様の声に答えるように子どもが入ってきた。

 銀髪で線の細い美少女系美少年。

 俺も女顔の美少女系なので、二人並ぶと絵面がヤバイ。

 下を向いてちょっとオドオドしている。


「お、お父様」


「こういうときは膝をつくのだ。教えただろう」


「はい」


 あー……手順を忘れちゃったのか。

 付け焼き刃で厳しく教わったけど忘れちゃってテンション下がってるのね。


【ご主人様わかりますか。あれが子どもです。森羅万象のデータベースにもそうありました。えっへん!】


 実はお前もわからないんじゃねえか!

 俺も完全に失念してたわ。

 5歳じゃ挨拶できないのが普通なのな。

 そしてたぶん、今の普通の子が王子様だな。


「さあ自己紹介をしなさい」


「はい、お父様。ルカです。5歳です」


 リアル5歳児に年齢以上の情報があるだろうか。いや、ない。

 あとはポケットにカタツムリ入れて全力疾走するか否かだけだろう。


【やったんですね。そしてコケたんですね……】


 おだまり!


「殿下よろしくお願いいたします」


 俺は片膝をつけたままでなるべくクールに言った。

 もうヤケである。


「ではさっそく今日から務めてくれ。ラルフ、うちの子を頼んだよ」


 王様がそう言うとメイドが俺達を案内する。

 俺は父ちゃんと別れた。父ちゃんは王様となにか話し合いがあるらしい。

 怒られたらごめんね。

 俺たちは子ども部屋に案内される。

 室内かよ。外でかくれんぼでもしてたほうがよくね?


「あの……ラルフくん。なにして遊ぶ」


 王子が下を向いて言った。人見知りするタイプのようだ。

 俺は部屋で遊べそうなものを探す。

 うむ……なんにもない。

 積み木らしきものだけだ。

 これでどうやって時間を潰せというのか。


「殿下、普段はなにをされてるんですか?」


「ら、ラルフくん。で、できれば、殿下じゃなくてルカって呼んでくれないかな……。

ぼく、同い年の人って初めてだから……」


 ごにょごにょとルカが言った。

 な、なんだ! このかわいい生き物は!

 俺とは大違いじゃないか!


【ご主人様はホラー映画の怪物枠ですもんね】


 がっでーむ!


「了解っす。じゃあルカ。普段なにしてる?」


「空を見て……ぼうっとしてる」


 灰色すぎる!

 ……どうしよう。ぼっちだ。エリートぼっちだ。

 俺だって人間得意じゃないのに。

 このままではいかん!


「で、殿下……」


 だけど気の利いた台詞が浮かんでこない。


「殿下はやめてよ。ルカでいいよ」


「了解。じゃあ俺もラルフで」


「うん、ラルフ」


「ルカ、なにして遊ぼうか?」


 俺は考えた。

 熊と戦ったときよりも必死に考えた。

 将棋。ない。

 オセロ。ない。

 トランプ。ない。

 麻雀。あるわけがない。

 TRPG。ない。つうかルールブックがないと細部がわかんない。


【わかりますよ】


 なん……だと……。


【正確にはご主人様の記憶を詳細まで検索して再現できます。

思い出せないことも機械的に検索できるので再現率は高いかと】


 それだー!

 でもサイコロないから次だな!

 よし作ってこよう!

 賢者ちゃん、ボードゲームと野球とかサッカーとかテニスとかのルールと道具もまとめといて。


【了解です!】


 よし、じゃあ今はこの時間を潰す方法を考えねば。


「なにかないかな……」


 漁っていると奥に箱があって中には石が入ってた。


「それ騎士の人が会議するときに使ってるやつ」


 これ蝋石か!

 石灰石でチョークが開発される前に使ってたやつ。

 ここ子ども部屋だと思ったら普通の会議室じゃねえか!

 アホなのか親どもは!

 だんだん腹立ってきたぞ!


「殿下、うちの父上によく言い聞かせておきます。

子どもにはおもちゃが必要だって。本当に」


 まったく男親は!

 俺はブツブツ文句を言いながら板を探す。

 蝋石があるってことは板があるはず。……あった!


「はいこれ。

お絵かきでもしてよう」


「うん、ありがとう」


 俺たちは話しをしながら絵を描いた。

 俺の中では完全に失敗の部類。

 ゲーム買ったから友だちを家に呼んだら糞ゲーだったレベル。

 だけどルカは楽しそうだった。

 どんだけ放置されてきたのよ!


「ルカ、次は楽しみにしてろよ!

面白いもん持ってくるから」


「うん、ラルフありがとう!」


 美少女スマイルビーム!

 く、屈するものか!

 そんな話をしていると父ちゃんがやってくる。

 なにか話をしていたらしい。

 もうね! 帰ったら説教してやる!

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