第7話 邪神の正体

 俺はどこかわからない空間を漂っていた。

 あの肉は本当に両親だったのだろうか?

 村人たちも本物だったのだろうか?

 それとも極度のストレス化での幻聴。

 どちらにせよ調べるすべはない。

 だったら自分に都合がいい感動的な方を選んだほうがいい。

 両親や村人にはあの世で謝ればいい。

 それはすぐかもしれないのだから。


 俺は考えながらなにもない空間を漂い、そしてずぶりと落ちた。

 深く深く、これが地獄なのだろうか。

 気がつくと俺は赤ん坊の姿で白い部屋にいた。

 俺は……本当に死んだのか?

 RTAレベルの速度で転生終わり?

 おーい、賢者ちゃーん!


【……】


 ところがだ、俺の呼びかけに賢者ちゃんは応えない。いつもだったらうるさいのに。

 俺は焦った。

 賢者ちゃんがいないなんて本当にやばい状態なんじゃね?

 本当に死んだんじゃね?

 焦っていると声が聞こえてくる。


「幼子よ。よく試練を乗り越えましたね」


 突如として、白いフードをかぶった女性が俺の前に現れる。

 大きな存在。物理的な重量ではなく、存在が大きかった。

 大豪○邪鬼的な。不適切な説明しかできない自分が憎い。

 その大きな存在が俺の頭の中に直接語りかけてきた。

 あー……これ知ってる。

 お釈迦様からお説教モードの孫悟空。サ○ヤ人じゃない方な。

 手から出られないやつ。

 逃げる気も起きなかった。

 でも最初に褒められたから岩に封印コースではないはず。

 神様……俺の関係者……むしろパトロン筋……。社長?

 だめだ不適切なたとえしか浮かばない。


「あなた邪神様ですよね?」


 俺は尋ねた。声が出せることに疑問を挟むこともなく。

 彼女が邪神様なのはわかっていた。

 だって両親が死んで俺を気にかけてるのはこの世では賢者ちゃんと、邪神様だけだ。


「ええ、人間にそう呼ばれている存在です」


「女神……邪神……生と死……生命の円環……知識を尊ぶ……子どもに加護を与える……なるほどね」


 正体がわかってきたぞ。

 生と死は世界の理。

 それを曲げるもの。科学……つまり知識だ。

 科学は常に農業と一体だ。

 栽培効率化のための暦から、栽培法に農薬、品種改良、バイオ、DNAキメラ……。

 自然の摂理に反し、命を弄び、破壊する。生きるために。

 つまり邪神の正体は……豊穣の神。

 豊穣の神で子どもの守護神。

 死と再生の神。


「そうか! 地母神だ! あなたの正体は地母神だ!」


 ようやく俺の中ですべてが繋がった。

 地母神は災害がセットのため風評被害がひどい。

 子どもを食うとか、災害の神とか。

 何もかも奪っていったり。たいていは残忍だ。

 副業で破壊神でやってたり、死を司ってたりする。

 イザナミなんて死者の国の神さま、黄泉津大神だもんな。

 つまり地母神の邪神扱いはありえる。いや真っ先に疑うべきなのだ。


「よくぞ私の正体を見破りました」


 やべー! YABEEEEE!

 は、破壊神さまに失礼な態度取っちゃった!

 ま、まだ間に合う!

 神様に都合のいい赤ちゃんになるんだ!


「ぱ、ぱぶう? ぱぶー!」


 あ、あたいはかわいい赤ちゃん。

 無垢でケガレを知らないラブリーエンジェル。

 世界で一番都合のいい生き物。


「必死でかわいい顔をしてもだめです。

顔に焦りが浮かんでますよ」


 ぐ、こんにちは赤ちゃんの術失敗!

 だがやめぬ!

 ぼくは夜泣きしないし、もらさないよ。

 ミルクもいらないよ。血から補給するよ!


「ぷッ! あーはっはっはっは!」


 地母神さまが笑う。

 すると世界がグラグラと揺れた。

 ド迫力である。チビリそう。


「はあ……はあ……まったくこの子は……。もう、千年ぶりに笑わせてもらいました。

本当に興味深い魂ですね……。では……本題を。あなたといると話が進みませんからね」


 ひどい!


「世界を彷徨う魂よ!

魔王になるはずの魂を滅し森に平穏を取り戻したこと、まことに見事である!

地母神アデルの名において、そなたを我が使徒に加える!

祝福あれ我が愛子よ!」


 次の瞬間、俺は現実世界に戻される。

 眩しい光と青い空が目に入る。

 目が! めがあああああああああッ!


「……生存者発見!

未知のモンスターに取り込まれていたようだ!

回復魔法を速くかけてやれ! ここままじゃ死んでしまうぞ!」


 怒鳴り声が聞こえた。


「がんばれ! がんばってくれ!

絶対に生きるんだ! 頼む! 生き返ってくれ!」


 屈強な男が俺の両の足を持って逆さにして足を叩く。

 けほっと俺の口から溶液が漏れた。

 ……それ生まれたときのやりかたっす。

 だけど効果はあった。

 むせながら肺呼吸が始まる。

 まだ良く見えない目で確認する。

 センサーを使うという考えは思いつかなかった。

 周りには鎧を着た数人の男女が俺を覗き込んでいた。

 見た感じ騎士かな?


「息を取り戻した!

おい、生きてるぞ!」


 俺は浅く呼吸を繰り返した。

 寒くない。

 どうやら無事に冬を越したらしい。

 まだ……俺は……生きている。

 体中の骨が折れて、肋骨が内臓に突き刺さって、頭蓋骨折れて、ちょっと脳がでろんしたけど生きてるぞーッ!


【よかったですね!】


 賢者ちゃんとの通信回復を確認。

 俺が喜んでいると一番年長の男が声を上げた。


「残りの生存者は!?」


「いません! 全滅です!」


「オズワルド卿はどうなった!?」


「おそらく……もう……村で生き残ったのはこの子だけかと」


「そうか……せっかく赦免が出たというのに……。

なんたる不運なことよ」


 そうか。

 ワンシーズン耐えれば許されたのか。

 あー……熊さえいなければ誰も死ぬことなかったのか!

 なんたる不運!


「それにしても赤子を食らっていたあの不気味な生き物は、一体……?」


「わかりません……山は生き物の死骸だらけです。生きているのはこの子だけでした」


 え?

 なんで生き物が死んで……あっ……!

 そうか!

 毒化した外部ユニットを食べたネズミとか狼が死亡して毒化。

 元はネズミの毒なのにな。

 それを食べた上位の生き物が毒で死亡。

 そんで冬の間に毒も分解されて今に至る、と。


【毒の蔓延はアデル様のご意向です】


 アデル様の破壊神モードぱねえ!

 ……すんげえテロやらかしたぞ。


【他の変異体が出現したらご主人様の命が危ないですから】


 俺って本当に贔屓されてるのな。

 なんだか申し訳ない。

 俺は毛布にくるまれ、女性の騎士さんに抱っこされた。


「この子……泣きもしないんです……」


 すまぬ。色々ありすぎて、すでに涙が枯れた。

 本当だったら「おっぱい!」とか喜ぶとこなんだけど、あいにく俺はそういうキャラじゃない。

 おっぱい!


「よほど恐ろしい思いをしたのだろう」


 どうも、その恐ろしいことの発信源です。

 とりあえず手でペシペシと鎧を軽く叩く。

 凍傷でもげかけた指は動く。折った骨も治ってる。

 足の指も無事だった。

 内臓も問題なし。

 頭が悪いのは脳がこぼれたからに違いない。


【脳も無事ですよ?】


 賢者ちゃん……お願いだからスルーして。


「マーシュ隊長、この子どうしますか?

報告しても逆賊の一族として処分されるかもしれません」


「リディア、残念だが報告するしかない。逆賊の子といえどもすでに赦された身。

悪いようにはしないだろう。

それに気づいたか? この魔力……ただものではない。

きっといい養子の口があるだろう」


「そうですね! きっと誰かが引き取ってくれますよね!」


「ああ。間違いない」


 自分に言い聞かせているのかマーシュ隊長は強く言った。

 そのまま女性騎士は俺を抱いたまま馬車に乗り込む。

 風が暖かい。季節は春になっていた。

 こうして名無しの怪物は生還したのである。


 俺はそのまま数週間ほど運ばれる。

 隊長は子育て経験があるようで、俺の世話をしてくれた。

 下の世話まで……申し訳ない。

 いつかこの借りは返す。まじで恩返しするからね!

 食事は麦粥。離乳食か。

 まずい。でも我慢した。

 どうやら俺は冬眠してた間、成長をしてなかった。

 仮死状態だったせいだろうか? よくわからない。

 俺はとうとう大きな都市についた。

 そのまま中央にある宮殿に運ばれ、受付でローブに身を包んだ男に引き渡される。

 圧倒的解剖の予感!

 もしものために脱出経路スタンバイしとこ。


【脱出編の開始ですね!】


 やめて賢者ちゃん!

 それ本当にやめて!

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