第8話 新しい家族

 ローブを着た男は俺を部屋に連れ込んだ。

 そこはどう見ても研究所っぽいところだ。

 そこには10人ほどの男女がいた。

 俺はまず衆人環視の中で服を脱がされる。

 こう書くと完全に犯罪である。

 そして男女の視線の中でオシメを取られ体を確認される。

 完全に変態の所業である。


「ふむ、傷だらけだ。これは骨折のあとか……よほどひどい生活をしていたようだ。哀れな」


 ローブの男が本当に哀れんだ声で言った。

 この世界基準でもやっぱりドン引きレベルなのね。

 すると若い女性がうるうると目に涙をためて俺を覗き込む。


「生きているのが不思議なくらい……ジェイソン所長、検査が終わったら治療してあげてもいいですか?」


 ごめんなさい。

 俺の心が汚れてました!


「ああ、そうだな。だが見てみろ、赤ん坊にこの傷。普通なら致命傷だ。これは治療の跡ではなかろうか?」


「そんな! 誰がいったい!?」


「おそらくこの子自身が治療したのだろう」


 バーレーテール!


【ど、どうしましょうか!?】


 ちょ、おま! そりゃ逃げるに決まってるだろうが!

 もし正体が肉片クリーチャーだってバレたら……俺だったら真相解明せずに焼却処分するわ!

 俺は通路を探るために魔力センサーを起動する。


「な、なんだと……赤子が魔力検知だと!」


 あ、バレた。完全に焦った俺のミス!

 さようなら人生!

 こんにちは焼却場!

 俺はせめてもの抵抗で手足をバタバタさせた。

 ぼくは悪い肉塊じゃないよ!

 卵産み付けて腹から飛び出したりしないよ!


【せ、説得力がない……】


 賢者ちゃんひどい!

 ええい、死体はないのか!

 肉さえあればどこまでも逃げてくれる!


【完全に悪役の台詞じゃないですか!】


 うるせー!

 生き残るためだったら俺はどこまでも手を汚してやる!

 それが両親と村の連中の命を使って生き残った俺の義務だ!


「鑑定してみるとしよう」


 そう言うと男は机から石を取る。


「契約の神メルギドよ。この者の情報を我に」



 名前:なし

 種族:亜神 ←

 LV:7

 HP:3/3 MP:192480/192480

 力:1 体力:1 知力:2500 魔力:3000 器用さ:1 素早さ:0 EXP 10/65535


 スキル


 魔法 LV:9999 苦痛耐性 LV:666 精神耐性 LV:666 低栄養耐性 LV:666 物理耐性 LV:666 寒耐性・極 LV:MAX

 賢者 LV:9999 スキル割り振り LV:2


 スキルポイント:19000


 称号:地母神の愛し子、地母神の使徒、死を乗り越えしもの、賢者の主人



 おう……漏れてしまった。

 俺の個人情報が。

 これが肉繭がない俺のリアルステータス。

 体力がないなあ。

 でさー、亜神ってなに?


【亜神は亜神です】


 わけわからんわ!

 するとジェイソン所長の顔が青くなっていく。


「……た、たいへんだ!

大至急、陛下に報告をせねば!」


 そのままジェイソン所長は大急ぎで走って行ってしまう。

 では……ぼくは山に用事があるので帰りますね。


「はーい、あなたはお姉ちゃんと行きましょうね」


 そのままお姉さんに抱っこされる。

 いやーん!

 身をよじるが離してくれない。

 そのまま連れて行かれる。

 赤ちゃんが生き残るのって、雪山より宮殿のほうが難しくない?

 途中から兵士がやってくる。

 どうやら最初に出ていった偉い人が呼んだらしい。

 そして俺が連れて行かれたのは玉座の間だった。

 部屋の入口には俺を助けてくれたマーシュ隊長たちが控える。

 奥には高そうな椅子に座る偉そうなおっさん。

 王様だろう。ラスボス登場!

 どうか敵に回りませんように!

 権力者は面倒だから!


「陛下、このものがオズワルド卿の忘れ形見にございます」


 そうジェイソン所長が言い、俺は助手のお姉さんからメイドさんに引き渡される。

 王様は俺を見てなんとも言えない悲痛な顔をした。


「……そうか、オズワルドの息子なのか」


 そう静かにつぶやくと王様は玉座から降りて俺の方に来る。

 王様は俺の手を握り優しい声を出した。


「オズワルドの件は完全に私の落ち度だ。

私の力が足りずに流刑にするしかなかった。

春になったら呼び戻すつもりだったが……異例の寒波に害獣の襲撃。

すまぬ! 許してくれ!」


 いい人だった。

 お人好しレベルのいい人だった。

 俺が困っているとジェイソン所長が続ける。


「オズワルド家嫡男の傷に不信を抱き鑑定いたしました。

結果は人間ではありませんでした。

この世に顕現した亜神であらせられました。

それも数百年前から神殿と交信を断たれた地母神アデル様の使徒との結果にございました。

おそらく山でなにかがあったと思われます」


「なんと! アデル様の使徒とな!

それは……なんという素晴らしき……いや、私には喜ぶ権利もないな」


 王様がわりとまともな人だったので拳の落とし所が見つからない。

 もともと恨む気もないしなあ。

 だって内戦だったら負けた方を皆殺しにするしかないじゃん。

 俺でもやるわ。


「陛下……素晴らしいことの裏には大きな問題がございます。

この子は国を……いえ世界を滅ぼすことができる存在になるでしょう。

もし実の両親を殺したのが我が国と知られたら……この国は神の怒りによって滅びることでしょう。

まだ赤子のうちに処分することを提案いたします」


 ジェイソン所長は大真面目に言いやがった。

 だが恨むことはない。俺がジェイソン所長だったら同じこと言うもん!

 だから……俺、汚物は焼却ルート入ってね?

 逃げるぞ! よし逃げるぞ!

 はい賢者ちゃん!


【ルート検索します! まずセンサーをって気づかれちゃう!】


 終わったー! はい俺終了!


【あきらめたらそこで終了ですよ!】


 それはバスケやー!

 余計な知識をつけやがったな!


「そうか……それは恐ろしいことだ。

だが提案は却下する」


「へ、陛下!」


「却下だ。

保身のために亜神を殺した国に未来などない。滅ぼされて当然だ。

この子は人間として育てる。

善と悪を学び、常識を身に付け、愛情を知ってもらう。

成人したら私の首を差し出し許しを乞おう。

それが私の責任の取り方だ」


 いらん! 首なんかいらん!

 どうしよう……この王様……ちゃんとリーダーしてる。

 派閥の意見を調整しても両親を冬山に追放するしかなかったってわかっちゃう!

 誰だラスボスって言ったやつは!


【ご主人様です!】


 賢者ちゃんのいじわる!

 すると奥に控えていたマーシュ隊長が王の前にひざまずいた。

 あ、そうか。近衛騎士なのか。

 そのへんの適当な冒険者とか傭兵に見に行かせればいいのに、近衛騎士を行かせた。

 自分の手駒だって危ないのにわざわざ行かせた。

 つまり本気で救助するつもりだったのだ。


「陛下。恐れながら申し上げます」


 俺が悶ていると、マーシュ隊長が王様に意見した。


「スタンリー・マーシュ。お前が意見を言うとは珍しい。言ってみるがいい」


「私がこの子を育てます。

この子はあの厳しい山で生き残った漢。

世界最強の騎士になることでしょう」


 やめて!

 ハードル上げるのやめて!

 育ててもらうのはうれしいけど、俺はタンスの角に小指ぶつけただけで戦闘不能よー!

 どう見てもゆるキャラだからやめてー!


【ご主人様、頭蓋骨割れて内臓破裂して血を吐きながら戦ってましたよね?

案外戦闘職向いてるんじゃ……】


 やーめーてー!


「そうか……仇である私には親になる資格はない。

すまぬ。お願いする。

この子の未来を豊かなものにしてやってくれ。

スタンリー・マーシュ伯爵よ! 今日この日からマーシュ侯爵を名乗るがよい!」


「はは!」


 俺はマーシュに引き渡される。

 俺の意思も確認せずに……って当たり前か。

 話はそこで終わり、俺はマーシュ隊長に抱っこされたまま外に出る。

 マーシュの後ろには、俺を運んでくれた女性隊員のリディアもいた。


「でもいいんですか? 隊長って今は独身ですよね?

子持ちでしかも侯爵じゃ今より何倍も仕事が増えますよ」


「子どもの方は、かつて結婚してたこともある。

侯爵だっていざやってみれば、なるようになるさ」


「誰かいないときついんじゃないですか?

侯爵の仕事もあるんですよ」


「そうかもな。子守を雇わねばな」


「それじゃあ、私がなりましょうか?」


「子守に?」


「奥さんに」


 そう言って見つめ合う二人。

 やめろお前ら!

 そういう甘酸っぱい空気やめろ!

 し、死ぬ! 邪神の眷属の俺が死ぬ! 溶けるからやめろ!

 熊との戦いより危機感を感じているからな!

 ここで漏らしてでも俺は妨害するぞ!


【うっわ……みっともない……】


 賢者ちゃん、ガチドン引きやめてくれない?

 本気で傷つくんですけど。

 賢者ちゃんだけは俺の味方でいてくんない?


【おめでとーしてあげましょうよー】


 あー……賢者ちゃんねえ。

 男はそういうの苦手なの! わかる!

 ガキの頃からそういうのの妨害を繰り返して立派なぼっちに成長するの!


【ぼっちじゃないですか!

もー! おめでとうしてあげない人なんて知りません!】


 苦手な……ああ、わかったよ!

 やればいいんだろ! やれば!

 もう知らねえぞ!

 暖かファミリーでぬるいコメディになるからな!

 俺は必死に手を動かし、リディアのマントをつかむ。

 そしてかなりの間使わなかった声帯を使う。


「まんま」


 これでも頑張った。

 赤ちゃんの声帯ではこれが限界なのだ。

 はい、あとは説明しない!

 甘酸っぱい青春とかマジで死ね!

 はいはい、みんな幸せに暮らしましたとさ!

 よかったですねえ、バーカバーカ!

 ぼっち最高!


【もー! 本当は嬉しいくせに!】


 みんな地獄に落ちろー!

 いつかこいつら全部滅ぼしてやる!

 絶対だ! 絶対にだ!


【はいはい。おめでとうですね!】


 心を読むなー!

 てめえほんとに泣くぞ! 泣くからな!

 みぎゃああああああああああッ!

 負け犬になった俺の叫びが俺の中だけでこだました。

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