第18話 聖女と俺

 そして半年が過ぎた。

 なんと……言うか。

 スタン父ちゃんは、俺に冬山でのことをなにも聞かなかった。

 薄々、わかっているのだろう。

 俺たちに血のつながりがなく、父ちゃんは俺の仇側。ラスボスは王様だって。

 それは俺がルカと結婚したって変わらない。

 仇は仇だ。いつか血を見るのは明らかだ。……とでも思っているのだろう。

 いや俺はどうでもいいんだけど、父ちゃんたちからすればそこは動かないのだ。

 俺はスタン父ちゃんもリディア母ちゃんも好きなんだけどな!

 自分たちが罰を受ける側だと信じ込んでいるのだ。

 あーめんどくさ!


 結局誤解を解けぬまま、俺は6歳になった。

 次の春から貴族学校の幼年部に入学することが決まっているらしい。

 俺は騎士に向いてないと思うのよ。

 現在、王国は粛清やらかしまくったせいで貴族が不足中。

 将来優秀な子を王国中から集めているらしい。

 命の取り合いなら人類の上位数パーセントに入ると思うけど、それが騎士に必要なスキルとは限らないのだ。

 俺……落ちこぼれるわ。確実に。


「ラルフ様は魔道士コースに進まれるのですよね?」


 王宮の中庭で血走った目のジェイソン所長に絡まれる。

 いつもの『ラルフくん』が『ラルフ様』である。怖い。

 横にはルカがサッカーボールを持ってポカーンとしていた。

 そりゃいきなりそんなこと言われたって、わけがわからんんわ。


「文官コースに進みたいかなあと……」


「はぁ? なにをご冗談を?

ルカ姫のご婚約者であらせられるラルフ様が軍人にならないことが許されるとでも?」


 俺はこの世で一番平和な生き物なのに!

 軍人なんて嫌だー!

 ハート●ン軍曹みたいなのに怒られたら二度と出勤しないわ。

 俺のメンタルの弱さなめんなよ!

 そのとき、俺の脳裏に言い訳が浮かんだ。

 我ながらパーフェクトな言い訳だ。


「が、外交官になりたくて……え、えへへへ。ほら将棋やサッカーを世界に広めたいですし」


 するとジェイソン所長とは別の声がかかる。


「ちょうどよかった! それならラルフに仕事を頼もうか」


 声の主は王様だった。

 父ちゃんも一緒にいる。


「し、仕事?」


 嫌な予感しかしない。


「侯爵家から外交官とは素晴らしい。

ベネット神聖国の使節団が来ることになった。

使節団の団長は神聖国の聖女だ。

聖女はラルフやルカと同い年だ。年が近いほうがなにかといいだろう。

ルカとともに聖女についてもらおうと思う」


 むーりー!

 おいちゃん邪神の眷属よ!

 一発でバレて汚物は消毒よーッ!


【もう誰も処分しないと思いますよ。正体バレてますし】


 うにゃー!

 目立つのが嫌なのじゃー!

 俺は断る。


「いえ僕はそういう派手なの無理……」


「三日後に使節団が来る。頼んだぞ」


 なんという婿思いの義父だろうか。

 箔付けのための低難易度ミッションを用意してくれる。

 そしてもう一人の義父も優しい。


「神聖国の使節を迎えることは名誉なことだ。

将来のためにもなるだろう」


 この発言が悪意があるものならどんなに楽か。

 でも実際は心の底から言っている。

 この国で俺が亜神であることを知っているのは4人。

 王様、ジェイソン所長、スタン父ちゃん、リディア母ちゃんだ。

 4人とも俺には好意的である。

 俺を殺そうと主張してたジェイソン所長すらもだ。

 今や最大の味方である。

 だから俺は無理やり笑顔を作った。


「わかりました」


 いいもんねー!

 適当にサボるもんねー!


【一度受けた仕事は最後までちゃんとやっちゃうのに……】


 自分の社畜根性が恨めしい。

 ルカを見ると、サッカーボールを持ったままニコっと笑う。


「聖女様はぼくたちと同い年だって! 友だちになれるかな?」


 眩しい。ルカが眩しすぎる。

 俺はルカの頭を撫でる。

 いいこいいこ。


「ラルフくん、どうしたの?」


「ルカはいい子だなあって……」


【ご主人様の魂は汚れきってますからね……】


 俺悪くないもん。

 このあとめちゃくちゃドリブルした。

 そして三日後。

 大名行列が来た。本当に大名行列だ。

 豪華な馬車が群れをなして大通りを通過する。

 ベネット神聖国。

 この世界最大の宗教組織だ。

 信仰対象は神々。

 特定の神ではなく、神々。つまり多神教だ。

 各地の使徒を集め、光の神の使徒が統括する。

 それで今代の光の使徒が聖女セイラだ。

 邪神扱いされてない神様は、一時代に一人は使徒を作るらしい。

 アデルさまの使徒であることは隠しておいたほうがいい。

 これはジェイソン所長と一致した見解である。

 邪神の使徒という理由で焼却処分されかねないからな。

 俺たちは玉座の間で聖女を待つ。

 いるのは俺、ルカ、それに妹のメアリ、さらにリディア母ちゃんである。

 要するに王様は俺のやらかしたことを知っている共犯者で固めた……わけである。

 と言っても父ちゃんも母ちゃんも山であったことも宮殿であったことも聞かない。

 ルカは俺の正体よりサッカーや将棋に夢中。

 メアリは「にいちゃすごい」から動くことはない。

 善意が……善意が……重い。

 俺は善意ビルドで固めていい人間じゃないですよー!


【まーた、そういうこと言う!】


 というわけで聖女との謁見である。

 とりあえず王様は玉座から降りて歓待。

 王様が俺たちを呼んだら父ちゃんの後ろへ着いていく。

 小粋な下ネタで場を盛り上げたい気持ちを抑え、無口なまま待機。

 聖女様はプラチナブロンドの線の細い女の子。

 俺やルカを加えるとアイドルみたいになる。それだけは阻止したい。

 父ちゃんは警備のことで神聖国の侍従と話す。

 向こうが用意した兵士がいるので、実質お飾りだ。

 そして聖女様が飽きた頃、俺に声がかかる。


「セイラ様。滞在中、我が息子がお側に着きますので、なんなりと申しつけてください」


 俺は騎士団式の「気をつけ」の体勢をとり、頭を下げる。

 すると聖女様は俺を指さす。


「この人、亜神様。……たぶん地母神様の使徒」


「ぶッ!」


 俺はむせた。いきなりバレた!

 すると神聖国側の使節団がざわつく。


「国王よ! 聞いてませんぞ! 亜神様の顕現があったことをなぜ我らに報告せぬのですか!」


 国王は俺を見た。

 困っている。超困っている。

 あ、嘘つく顔だ。


「実は発覚したのがつい先日のことなのだ。

そこで、このことを話し合おうと思い連れてきたというわけだ」


 俺はコクコクとうなずく。


「では亜神様を我が国にお引き渡しいただけると思ってよろしいのですかな?」


「それはならぬ。ラルフはルカの婿になることが決定しておる。彼のものこそ、この国の次代の王ぞ!」


 その発言で場がどよめいた。

 俺とルカの婚約はすでに発表されていた。

 だけどそれは俺を将来の重臣として抱えるための方便であって、本気ではないと誰もが思っていたのだ。

 つうか俺だってびっくりだよ!


「亜神様と話したい」


 俺たちが男塾塾生みたいな顔になって驚いている中、セイラが空気を読まずに発言した。

 な、なんだってー!

 なぜかルカが俺の腕を両手でつかむ。爪を立てて。

 ……痛いっす。


「る、ルカ、大丈夫だから! 大丈夫だから!

聖女様、お話ってなんでしょうかーッ!? 誰か姫様止めてーッ!」


 嫉妬のように思えるが、まだルカは六歳。

 友だちを盗られるのが嫌なのだろう。

 もーかわいいなー。

 痛いけど。

 だけどセイラは無表情のままだった。


「亜神様。光の神の御言葉を伝えよう。私はそのために来たのだ。

聖女セイラは死ぬ。あとは好きにせよ」


「はあッ?」


 俺が声を上げた瞬間、聖女の膝が崩れた。

 俺はとっさに抱え上げる。

 俺は聖女を床に寝かせ脈を取る。

 ……ない!

 呼吸は?

 ない!


「ら、ラルフよ! な、なにがあったのだ!」


 王様の顔は真っ青だった。

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