第20話 外交サバイバルが難しい件
【聞こえてますかー? おーい、ばーか!】
次の日の朝。
いきなり脳内に直接語りかけてくる。
このうざいのが元賢者ちゃん、今は聖女セイラ。
聞こえてるよ! バーカ、バーカ!
【バカって言ったほうがバカなんですよ!】
お前が最初じゃ!
【ところでご主人様、聖女さんはなんで死んだんでしょうね?】
わからん。
魂だけ抜けるってよくあることなのか?
【聞いたことありません。それこそ呪殺でもなければ……あっ】
……呪殺、だよな。どう考えても。
神様的な力だとしても殺す必要はない。
光の神様は「好きにしろ」って言ってた。
聖女が死ぬのはイレギュラーで、単に教えてくれただけではないだろうか。
【光の神様が私のために体を用意したとか……】
ガキを生贄にするような神様だったら次元の壁破ってでも滅ぼしに行くけどな。
地母神の眷属にそれやったら戦争になるって神様だってわかってるだろ?
【ですね……
ひどい言い方だねえ。
【だって
なにそれ初めて聞いたよ!
【アデル様、すべてその場で断ってますから】
どうやら俺は本当に気に入られているらしい。
軍神の眷属とかありえねえ。本当によかったわ。
それにアデル様にトレードを申し込んでるってことは、俺に喧嘩売ってくるって線は考えられない。
やはり聖女殺害の犯人は神様ではなく、神聖国の誰かだろう。
ところでさ、賢者ちゃんわかってる?
【なにがですかー?】
うん。聖女殺害に失敗したと思ったやつが賢者ちゃんを殺しに来るから。
【……え?】
だっていつ寝首掻かれるかわかんないじゃん。
俺だって暗殺されそうになったら、犯人捕まえて政治利用するか、闇に葬るもん。
【はい? だって記憶ないんですよ!】
記憶がないことをどうやって証明すんのよ。
俺だったら記憶があろうがなかろうが消すもん。
一度殺すの成功してるんだから、二度目もいけんべって思うもん!
【えー! ご主人様がいるのにー!】
目の前で殺害に成功してんじゃん。
それに俺たちがズッ友だということを犯人は知らんのだよ。
【ちょっーとー、助けてくださいよー! いくらなんでもいきなり殺されるのは嫌です!】
了解。でも賢者ちゃんも気をつけろよ。
特に食い物。ちゃんとスキャンすること!
【らじゃりましたー!】
はい念話終了。と、思った瞬間、ドドドドドという音がする。
あー音も聞こえるのかー。
「聖女様。沐浴の時間です」
「え、なに? ちょっ!」
ドドドドド。
ここでしばし無言。環境音だけが響く。
すると賢者ちゃんが悲鳴を上げる。
【だしゅけてー! ご主人さま! この人たちが着てるものをはいでくー! だしゅげでー!】
風呂だ。落ち着け。
【いやーっ!】
猫か貴様は。
【みゃあああああああああああっ!】
さて、悪が滅んだところで俺はジェイソン所長のところに行く。
わからないことは詳しい人に聞くのが一番だ。
研究所に行くと王様、父ちゃん、ジェイソン所長が待ち構えていた。
ぽくお腹痛い。
トイレ行ってくる。
「逃げるな!」
俺、捕獲。
そのまま三人による事情聴取が始まる。
「ラルフ……お前、なにをした?」
王様が笑顔で聞いた。なにその顔、怖い。
「えっと、聖女様の魂がなかったので代わりの魂を入れた……ような?」
するとジェイソン所長が俺の胸ぐらを両手でつかむ。
「な、なんの魂を入れた! 正直に言いなさい!」
「えーっと、地母神様って人間を諦めてるんで、使徒が極端に少ないんですね」
「ほう……ラルフ、それを誰かに教えたか?」
「言ってませんでしたっけ?」
「神聖国の存在が揺らぐほどの情報だ」
あー、ごめんね。知らなかったの。
「つまり使徒なんですね! 聖女の中にいるのは! 誰ですか! どの精霊が入られているのですか!」
ジェイソン所長が俺をがくがく揺さぶる。
やめて! やめて! まじでやめてー!
「えっと、森羅万象の管理人の賢者ちゃんを……」
次の瞬間、ジェイソン所長のメガネがぱりんと割れた。
そしてぶしゅっと鼻血を噴き出す。
うっわ、汚な!
「ラルフくん! 神々の図書館の管理人は地母神の使徒だったんですか!」
「え、なに! どうして鼻血を出しながらブチ切れてるの! ねえ、なんで!」
「ええい、ジェイソン! 手を離してやれ!」
「そうじゃジェイソン! せめて説明くらいしてやるのだ!」
王様と父ちゃんに止められてジェイソン所長が手を離した。
「使徒なのに非常識だと思っていたがここまでとは」
「6歳児に無茶言わんでください!」
「いいですかラルフくん! 森羅万象というのは神々が使う図書館のことです」
「知ってますよ。この世のありとあらゆることが記録されてるデータベースでしょ。賢者ちゃんが教えてくれましたよ」
「その賢者ちゃんです! 幻の精霊『賢者』! 神々の図書館の管理人にして世界を記録するもの。精霊の長にして神と同等の存在。いや文献によっては神の一柱とされてすらいる」
「えー……だって、幼馴染ですよ。物心っていうか気がついたらずっと一緒にいた存在ですし。そもそも人格持ったのだって人のスキルポイントを勝手に使って進化したからですし!」
「「聞いてないぞ!」」
三人に大迫力で怒られる。
だって仕方ないじゃんかー!
頭の中にポンコツ幼女がいるって言っても誰も信じてくれないじゃん!
するとジェイソン所長が静かに言った。鼻血を流しながら。
「ラルフくん……神聖国がなぜ神聖国かわかりますか?」
「光の神のお墨付き?」
「それもありますが、一番は精霊の長である賢者が現に存在して、神の意思に従って民を導いているからです」
「……へ? だって賢者ちゃんはずっと俺と一緒でしたよ。ちょっと待って今聞いてみますね」
ねえねえ賢者ちゃん。
賢者ちゃんってたくさんいるの?
【森羅万象の管理人は私だけですよ】
じゃあさ、神聖国にいる賢者って?
【知らない人ですね】
「……知らない人だそうです」
「念話できるのか!」
またもやジェイソン所長に詰め寄られる。
すると王様がかすれた声を出した。
「では……神聖国は嘘を……ついていたのか……」
あ、あー! 余計なこと聞いちゃった!
知らない! ぽく知らないもん!
光の神様の言葉って「神聖国滅ぼしちゃえ!」って意味のような気がしてきたけど知らないもん!
「由々しき問題ですな……ラルフ、神聖国が騙されてる可能性はないか?」
今度は父ちゃんが聞く。
「それはわかりません。勘違いかもしれませんし、嘘をついているかもしれません。ただ言えるのは、神様のご意思が正しく人間に伝わってないことはアデル様が眷属を作らないことからも明らかです」
もうなに言っても無駄だから人を教化するのやめたんだもんね。
「なんということだ……私たちだけではこの事実は扱いきれぬ……」
王様が頭を抱える。
「……人間もたいへんなんですね」
他人事のように俺が慰めると父ちゃんが顔を歪ませる。
「やはりわかってなかったか……ラルフ、お前は次代の神聖国教皇の有力候補だ」
たぶん一番偉い人だ。偉い人……。
「ひゃい?」
前回ギャグで言ったはずの世界の覇者。
それがブーメランのように俺に突き刺さった。
「え、だってルカの婿さんって外に宣伝して適当な年齢になったら婚約破棄して隠居生活でしょ?」
「「そんなわけないだろ!」」
また三人に怒られた……。
「ラルフ、どう考えても地母神様は光の神様と同格。いや、それより上だ。その眷属でお前自体が亜神なのだ。今の聖女と同様、正しい教義を知っている存在なのだ!
どの国も喉から手が出るほどお前を欲しがるだろう。これから国家間でお前の取り合いが起こるのは火を見るより明らかだ。というか我が国のために王になれ!」
「そんな面倒くさい! とりあえず現状を解決するにはどうすればいいんですか!」
「とりあえず聖女暗殺の犯人を突き止めるのだ。それしか静かな生活に戻る手はない……」
父ちゃんは大真面目に言った。
父ちゃんは俺に嘘をつかない。
だからこれも本当のこと。単に事実を述べたのだろう。
俺の仕事は賢者ちゃんを守りきり、犯人を突き止めること。
犯人は俺をも狙ってくるかもしれない。
だって俺が一番のイレギュラーだもの。
外交サバイバル編。ちょっと難しくね?
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