第12話 突入!アビス編 ② 涅槃聖人ござるくん


「こっち……!」


 警備員さんと桐崎の向かった医務室を迂回しつつ、マップに沿って更生施設アビスの入り口に向かう。斡旋院によって『コの字型』で囲まれた地下収容施設。それがアビスだ。

 一目では中庭と区別のつかない庭の端に、その入り口はあった。


「これ……!」


 電話ボックスのような箱に、地下に続いていそうな階段。恐る恐るおりていくと、最下層でガラス張りの扉にぶち当たる。


「開かない……カードキーが要るんだ……」


 右手に銀のカードリーダー。ランプが赤く点滅している。おそらくここに入るには入館証が要るのだ。


「どうしよう……誰か! 誰かいませんかぁ!」


 桐崎さんは必死の表情で扉を叩いた。俺も負けじと扉を叩こうとして――僅かに電波が立っていることに気が付いた。


「メールはダメでも、SMSメッセならどうだ!?」


「えっ。誰に連絡するの?」


「さっきも言ったでしょ? ござるくんだよ!」


 恐る恐る送信ボタンを押して返事を待っていると、ドアの向こうに人影が現れた。

 真っ白い病院の入院着のようなものを着た、背の高めな眼鏡の少年。

 桐崎さんが期待の眼差しで振り返る。


「あれがござるくん?」


「……違う!! ござるくんは典型的な太っちょ目隠れ萌え豚のオタクだ! あんな坊主なマルコメ君ボーイ、俺は知らない!」


「どうしよう、逃げなきゃ!」


 すぐさま階段を駆け上がろうとしていると、背後から声が聞こえてくる。


「おーい、あゆむ殿~? どこでござるか~?」


「……っ!?」


「ひゃわっ! 急に何ぃ!?」


 思わず急停止すると、後続の桐崎さんが俺の尻に顔面でアタック。

 ラッキー逆スケベだ。


 ……こしょばい。


 思わず顔をによつかせると、マルコメ君が凄まじい勢いで駆けてきた。

 眼鏡に光を反射させ、こちらにまっすぐ向かって来る!


「可憐な少女の萌え声がしたっ……!」


「間違いない! ござるくんだ!」


 即座にUターンしてガラス越しに再会。


「ござるくんっ! 随分痩せて……! 苦労したんだね!」


「いやはやそれほどでも。ちょっと性欲をこじらせて断食にハマっただけでござる。歩殿こそ、息災そうでなにより!」


「どうして坊主に? もしかしてアビスって、出家して僧侶にならないといけない感じ?」


「これはそれがしの趣味! このつるつるとジョリジョリの狭間に涅槃を感じるのでござる! 快楽の浄土が!」


「……!」


 すっげーこじらせてるけど! この感じ……正真正銘ござるくんだ!


 ござるくんと俺は中学では漫画を貸し借りしたりする、所謂オタ友だった。

 一緒に昼飯を食べたり、昨日見たアニメの話題で盛り上がったり。ござるくんはオタクの萌え豚だったけど、話すととっても気さくで愉快な奴だったんだ。

 だから、アビスへ行くって言いだしたときはぶっちゃけ寂しかった。


「会えて嬉しいよござるくん!」


「某もでござる!」


 俺達が感動の再会に浸っていると、シャツの裾をちょいちょいと引っ張られた。


「ねぇ、いつまで話してるの?」


 その上目遣いに、ござるくんがずきゅん!する。


「ああああ、歩殿っ!? その……けしからん萌え袖パイスラ太腿な女子は……!?」


(やばっ!)


「まさか、カノ……」


「違うっ! 違うよござるくん! 彼女は桐崎さん。俺の……その……」


(仲間?……ダメだ)


 ござるくんは安易なパーティ内恋愛アンチ(幼馴染は除く)。それは禁句だ。


(それとも友達?……ダメ)


 女友達なんて夢幻ゆめまぼろしと切り捨てたござるくんに、そんなこと言えるわけがない。


「えっと……共犯者、かな?」


 やっと絞り出した言葉。ござるくん的には――


「なぁんだ、共犯者でござるか!」


 セーフだったっぽい……!


「で? どんなコトを共謀しているので? まさか不純な異性交遊――」


「違うからっ! ござるくんがアビスで飢えてるのはよ~っく伝わったから! まずはそういうことから頭離してっ!」


「……すっからかんになるでござるよ?」


「もうそれでいいよっ!?」


 俺が怒鳴りつけると、ござるくんはようやく大人しくなった。ガラス越しに、桐崎さんをジッと見ながら俺達の『斡旋院を探りたい』という話に耳を傾けている。


(う。なんか、檻の中にいるのはござるくんの方なのに、まるで俺達が動物園のパンダみたいだ……)


 大丈夫かと桐崎さんに視線を投げると、その眼差しに全力で引いていた。小さく動く口元が、『助けて友野君友野君友野君……これも友野君のため……!』と自己暗示の如く友野を連呼している。


「――で。中から斡旋院の動向を探って、コレ!ってタイミングでケーブルを断線させたいんだ。できればドローンの誘導、遮蔽物がないかも見てもらえると助かるんだけど……」


 おずおずとそう切り出すと、ござるくんは正座して俺を見据えた。

 まるで、返答が間違っていたら切腹しそうな佇まいだ。だが、ガラス越しなこの状況では悪いけど介錯はしてやれない。

 目を閉じて深く息を吐いたござるくんは、いつになく真剣な目で俺に問いかけた。


「話は委細承知した。して、歩殿がそこまでして第6タームを迎えたくない理由をお聞かせいただいても?」


「…………」


 典型的な『リア充爆発しろ』なござるくんには言いづらいが……友達に嘘はつきたくない。


 俺も正座し、まっすぐにござるくんを見据えた。


「今の彼女……五樹いつき詩織しおりさんを、他の誰にも渡したくない。この手で……幸せにしたいんだ」


「…………」


「……頼む」


 そのままの流れで頭を下げる。土下座とまではいかないが、頭の先からつま先まで、誠意を込めた全身全霊のぺこりだ。すると、隣で桐崎さんも頭を下げる。


「……お願い、します……!」


「…………」


 しばし黙っていたござるくんは、『ふぅ』と息を吐くとゆるりと笑った。


「おふたりとも、頭をあげてくだされ。某は、おふたりのようなリア充に頭をさげられる側の人間ではござらん」


「え――」


 まさか、ダメだったか……?


 恐る恐る顔を上げると、ござるくんは困ったように眉を下げた。


「歩殿? 某のこと、何だと思ってるでござるか?」


「え?」


「友達、でござろう……?」


「――っ!」


 その一言にうるっとしていると、ござるくんは目を細めて笑う。


「友達が晴れてリア充になったというのに、恨む者が何処にいよう? そんな輩がいれば、某がアビスに送り込んで更生させてやりまする。本当の愛を、見つけたのですね? 歩殿……」


「あ――」


「おめでとう。某は、自分のことのように嬉しい」


「「ご、ござるくんっ……!!」」


 桐崎さんとふたりで顔をぐしゅぐしゅにしていると、ござるくんは再び困ったように笑った。


「ははは。可憐なお顔が台無しでござるよ、桐崎殿? 斡旋院の動向、職員の動きや中庭での活動時であればそれなりに掴むことができるかと。万事が万事、とお約束はできませぬが、歩殿の友の名に懸けて。力の限り協力致しましょう」


「「ふぇぇえええ……! ござるくぅん……!!」」


 ずびずび。ぐしゅぐしゅ。


「「ありがとう! 本当にありがとうぅううう……!」」


「なんのなんの。某も、アビスでの生活があまりに暇ゆえ、持て余していたところでござる。これといって外に出たい気持ちもないので、課題もイマイチ気合がはいりませんし」


「あ。そのことで、ござるくんに教えたいことがあったんだ!」


「ん?」


 ぽん、と手を叩いて俺は『あのこと』を告げる。


「自らの意思でアビスに行ってから、ござるくんの人気が急上昇してね?」


「なにっ?」


「密かにモテ期が……」


「なにぃいいっ!?」


「あの時のオフカノ、帰りを待ってるよ?」


 その瞬間、ござるくんはガバッ!と立ち上がる。


「早く言って欲しかった!! どうして今まで黙ってたの歩殿ぉ!?」


(あ。素がでた……)


 俯いてわなわなと震えだしたござるくんは、しばらくすると何を思ったかパッと顔をあげる。


「……出る」


「え?」


「某、明日から本気出す。アビスからソッコー出る。課題満点でクリアして、完璧な模範生になってやるでござる。無論、歩殿たちとの約束は守りとおす」


 そして、ガラス越しにダァンッ!と手を当てた。


「第6タームまでに、絶対出るでござる。恋人名簿が紛失すれば第6タームは始められない。だから、臨時で自由恋愛の前倒しが始まると信じて……! 某の帰りを待つ、かつてのオフカノの元に舞い戻る!!」


「ござるくん……!」


「これは、そなたたちの戦いではない! 某たちの、戦いだ!」


「「「おーっ!!」」」


 こうして、やる気満々なアビスの民が仲間――いや、共犯に加わった。



 ござるくん。アビス内でのあだ名は『涅槃聖人しょうにん』。



 全ての『恋人』を諦めたはずの彼が、今再び――恋人を求める。



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