第7話 まんざらでもない彼女と妹の彼氏を威嚇する兄

 『悩める若者よ! パートナーのことでお困りの際は、フリーダイヤル115いいこ514こいよまで!』


「ええと……0120-115-514と……」


 俺はオリエンテーションの際に貰った名刺を片手にコールをかけた。

 暫くして電話口から響く声。


『お困りですかっ!緩峰ゆるみねあゆむ君!?』


「うわっ。その声……クリスタさんですか?」


『はい! あなたの斡旋員キューピッド、クリスタ・ショウレイです! 本日はどのようなご用件で? 彼女さんとのオススメデートコースですか? それともABCステップアップのコツ? 最近の子はシャイですからねぇ? ガッ!といってぎゅっ!とやってチュ♡ くらいが丁度いいんですよ?』


「…………」


 その喰いつきと大きな声、あけすけな話題に圧倒される俺。


(てゆーか……電話番号ですぐゆるみねだってわかるとか……やっぱマークされてる?)


 むしろ、電話番号が『劣等生』としてブラックリスト入りしてる気すらしてくる。


 だが、今回に限っては話が早い。俺は、美歩の彼氏がヤリチンである件を斡旋員であるクリスタさんに相談しようと電話をかけたんだから。


 話を聞いたクリスタさんは『ふむ、ふむ』と耳を傾けていたかと思うと、ため息を吐く。


『そうですか、妹さんが……ですが、残念ながら未遂では我々としては動くことができないのですよ?』


「はぁ!? 何ですかそれ!? 何のための斡旋員だよ!」


『まぁまぁ、気持ちはわかりますが落ち着いて? でも、話を聞く限り全部妹さんの思い込み……噂に踊らされているだけと考えられませんか?』


「何を悠長な……! こっちは妹の貞操がかかってるんですよ!?」


『ですが実際、そんなハイパー速攻ヤリチン野郎がいたら既に問題視され、斡旋院こちらで何らかの対応がされているはずです。少なくとも、更生施設アビス視察くらいはさせられているでしょう。『やらかせばお前もココに入るんだぞ』と。中学生でアビス視察なんて問題児、斡旋員である私の耳に入らない訳がないです。ですが、私はその窯瀬かませ君を知らない』


「ぐぅ……!」


 さっきまでのふざけた調子とは打って変わって、冷静なその見解にぐぅの音しかでない。だが、ここで諦めるわけにもいかない。俺の双肩に、可愛い妹の上の口だか下の口だかわからない貞操がかかってるんだから。


「じゃあアレですか? あなた達斡旋員は、ストーカー警察よろしく『ヤられた後じゃなきゃ動けない』と? それでどれだけの被害が防げなかったと思っているんです?」


 責めるようにまくしたてると、クリスタさんは一言だけ呟く。


『物的証拠が必要です』


「物的、証拠……?」


『はい。我々が窯瀬君を『パートナーの健康を著しく損なう危険人物』として検挙、指導するには物的証拠が必要なんです。第三者が見ても『こいつは危険だ』とわかるような、噂以上の根拠となるモノが』


「それ、は……」


 俺は、喉の奥で唾を飲み込んだ。


「……あれば、いいんですね? 物的証拠が」


『はい。ですが……緩峰君? 何をするおつもりで?』


「今は教えません。大人には」


『…………』


「でも、物的証拠が手に入った暁には……また連絡させて貰いますよ」


 そう言い放つと、俺は電話を切った。

 これでもかってくらいにブツッと。ぶっきらぼうに。


(やっぱり……斡旋員は俺達の『味方』じゃない。ただ俺達を監視する、国家機関だ……)


「くそ……」


 俺はままならない怒りを鎮めつつ、もう一本電話をかけた。


      ◇


 次のプレシャスフライデーまで一週間を切った休日。


あゆむ君と、次はどこに行こうかな? この間は決めて貰ったから、今回は私が――)


 今までの私からすると考えられないようなわくわく。

 正直、自分でも驚いていた。

 五人目の彼氏である彼とのデートが何故ここまでわくわくするものなのか。


(なんか……彼といると楽しいんだよなぁ。安心するっていうか……)


 それはきっと、彼が私を『女』としてばかり意識してこないで、まずは『友人』として距離を縮めようとしてくれているからなのかもしれない。

 それが彼なりの気遣いなのか、ただシャイなだけなのかはわからないけど。中学の『彼氏』にいい思い出があまりない私にとっては、嬉しいことだった。


(あ。ここ良くない? サンドイッチのあるスイーツビュッフェ……私達なら半額だし! せっかくなら、デートの前に美容院も行っておこうかな……)


 ベッドの上で雑誌を眺めながら寝転がっていると、枕元のスマホが揺れる。


(え――)


「歩君? 急にどうしたの?」


『あ。詩織ちゃん、今平気?』


「大丈夫だけど……」


 シャイな歩君は普段ならラインで『電話していい?』と一報入れてから掛けてくるのに。いきなり電話が来るのは珍しい。

 不思議に思いながら出ると、もっと驚くような一言が返ってきた。


『あのさ、次のプレシャスフライデー、ウチに来てくれないかな……?』


(え――)


 一瞬。思考が固まる。


(それって、家デートってこと?)


 家デートって、アレよね? 男の子の部屋で、ふたりでお菓子片手にわいわい宿題して? うまいこといけば流れであれこれされちゃうやつ……


 え。歩君が? いきなり? 二回目のデートで? おウチに招待しちゃうわけ?

 誰を? 私を? ええと……


「歩君……意外とダイタンなのね……?」


 思わずぽろりと本音が漏れると、電話口が急にわちゃわちゃと騒がしくなった。


『あ。いや! あの! そういうわけじゃなくて! そういうつもりじゃなくて! 決してやましいこととかではなくて! 切実にウチに来て欲しいというか……!』


「せ、切実なの? それってどういう……」


(歩君……ひょっとして白紙?)


 あらぬ予感が脳裏をよぎる。


『そ、そういう意味じゃなくてっ――! 妹が!』


「……妹さん?」


      ◇


「はぁーーーーっ。寿命五年縮んだわ……」


 電話を切った俺は、だくだくの冷や汗を拭った。


 思いつめた勢いでつい詩織ちゃんに『ウチ来て』なんて言ってしまったが、冷静に考えれば『詩織、ウチ来いよ♡』ってことだろ? やべぇ。 桐崎の二の舞いになるところだった。せっかく築いた俺と詩織ちゃんのオトモダチポイントが一気に失効して、執行されるところだったわ。


 過ちに気づいた俺は即座に撤回。妹とその彼氏の監視の為に次回のプレシャスフライデーは家で待機したい旨を洗いざらい吐いて、ひとまず事なきを得た。


(詩織ちゃん……やっぱいい子だなぁ……)


 妹の、美歩のことを相談したら、『そういうことなら』って快く協力を申し出てくれて。本当だったらプレシャスフライデーは彼女のために使うべきものなのに。そう言ったら、『じゃあ、今回は彼氏のために使いましょう?』って……

 電話口から『ふふふっ』って。声が零れて。音の距離が近くて……

 ドキドキした……


「はぁあああ……! 天使かよ……!」


 部屋の中でもぞもぞ蠢きながら転がっていると、部屋の扉がノックされる。


「……お兄ちゃん? 一緒にチーズケーキ食べない? ローンンの新作……」


「食べる!」


 俺は勢いよくドアを開けた。そして、美歩ににっこりと笑顔を向ける。


「喜べ美歩! 次のプレシャスフライデー、布陣は完璧だ!」


「それって……」


「俺の彼女の詩織ちゃ――じゃなくて。五樹いつきさんも協力してくれるって。絶対! 窯瀬君の好きにはさせない! お前を守ってやるからな!」


「詩織……お姉ちゃんも、協力してくれる?」


「ああ! 五樹さんは頭も良くてカワイイ天使だからな! もう怖いものなしだ!」


「お兄ちゃん……ノロケ?」


「……っ!? じゃなくて! 安心しろよって意味!」


「うん……!」


      ◇


 そして、決戦の日は訪れた。二回目のプレシャスフライデー。


 美歩の彼氏 窯瀬君 VS 俺 feat.詩織ちゃん


 両親は共働きの金曜日。ウチにいるのは美歩と俺、早めに来て待機している詩織ちゃん。迎え撃つのは昼前ハラヘリ窯瀬君だ。


 あわよくば美歩に手料理を作ってもらおうなんて魂胆丸見えの時間設定。

 だが、飯は食わせても美歩は食わせない。兄の名に賭けて……!


(機材の準備も完璧……! さぁ、来い!)


 各自が配置についてスタンバイする中、開幕のインターホンが鳴り響く。


「キタ……!」


「歩君! しっ……!」


 詩織ちゃんの真っ白お手々が俺の口をふにゃりと抑える。


(はわ……!)


 この緊張感を前に、些細な接触など気にしている場合ではないが、ラッキーなもんはしょうがない。これが噂のラッキースケ――スケベじゃないからな! ちょっとお口触っちゃうくらいスケベに入らない! 触ってきたのは詩織ちゃんだし! セーフ! 俺は窯瀬君とは違うもんね!

 でも、これって手にキッス……! A判定入る? え? ナシ? そんなゆるガバジャッジじゃないって?


 まぁいい。今日は俺A判定云々より、美歩のことに全力を注がねば。

 協力してくれた詩織ちゃんにも顔向けできない。


 俺はさりげなく部屋を出て、窯瀬君を出迎えた美歩の後ろからいかにも『休日の兄』を装った恰好で声をかける。まずは『兄がいる』という事実を突きつけて、家にふたりきりではないという牽制球からいこうか。


 威嚇射撃、開始。


「おっ。お友達が来たのか? はじめまして、俺は美歩の兄のあゆむです。妹がいつも世話になるね?」


「いえ、こちらこそ。妹の美歩さんとこの春から交際させていただいております、窯瀬かませ圭太けいたと申します。美歩さんには仲良くして頂いて……この度はお邪魔いたします。お兄様に失礼のないように過ごさせて頂きますので」


 にこり。ぺこり。


「あ。これ、菓子折りです」


「どうも、ご丁寧に……」


(わ。とらやの上生菓子……嬉しい)


 窯瀬君は丁寧にお辞儀して挨拶を返す。


 綺麗な黒髪。少し長めの前髪の奥から覗く、和顔な美形。中学生にしては高めな身長に、しゃんとした背筋。高そうでセンスのいい服。どこかの良家のお育ちだろうか?


(あれ……?)


「?」


 きょとんと俺を見る窯瀬君。


 ――完全に、想定外だ。


 思わず美歩にこれが窯瀬君? と確認したくなる。


 だって、俺の想定では桐崎きりさきみたいな金キラ茶髪のヤリチンパリピが来ると思ってたから。殴る覚悟も殴られる覚悟もばっちりスタンバイしてたのに……

 なんか、なんか……


 コレジャナイ。


(どうしよう……)


 ぶっちゃけ、第一印象、超イイ。ちゃんと挨拶できるし、俺のこと『お兄様』って。気を遣って貰っちゃった……!


(え。ちょ。いい子じゃね?)


 想定外の事態に動揺する俺。高鳴る鼓動。俺は自分を鼓舞した。


(ダメだ! 惑わされるな! 俺が一番に信じるのは妹の言葉! 一番に案じるのは妹の貞操!)


「うん。キミのことは妹から聞いているよ。何もない家だけど、どうぞごゆっくり。何か困ったことがあれば、いつでも言ってくれ。


 せめてもの一言を放って、俺は退場した。


(美歩……何かあれば、すぐ呼べよ……!)


 お兄ちゃんが、なんとかしてやるからな……!

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