第6話 妹の恋人のヤバみが深み
「おにぃちゃぁぁあぁん――!!」
「!?」
がばっ! っと腹回りに抱き着いてきては、泣きべそ寸前(というか既に泣いた後っぽい)の表情で縋り付いてきた。俺は全身で理解する。
――非常事態だ!
「どうした美歩! 母さんにテストで赤点なのがバレたか!? 言っておくけどお兄ちゃんはバラしてないぞ!」
「違う!」
「父さんと同じ洗濯機で下着洗われたのか!? いい加減、そういうしょうもない反抗はやめろって前にも――」
「違うもん! そんなんじゃないもん!」
「じゃあ何だよ! どうした、そんな泣きそうな顔して! 母さんでも父さんでも無いっていうなら、誰が俺の可愛い妹にそんな顔させる!?」
その言葉に、余計にうるっとする美歩。
そして、次の瞬間、信じられない言葉を口にした。
「彼氏が! ヤリチンだったぁ!」
なっ――
「なんだってぇええ!?」
美歩は現在中学二年生。
中高一貫校で、シャッフルのタームが
大多数の学校は中学の三年間を一年半ずつ、中二の二学期で区切るんだけど、中高一貫校は六年で4ターム回せばいいらしい。卒業生の既婚率と出生率が学校の評価にも繋がるから、私立は色々考えて工夫するってわけだ。
美歩の学校の場合は多感な中二、中三を共に過ごさせる、『
要はシャッフルがあるのは中一、中二の春と高一、高二の春だそうだ。ついこないだ、俺と同じタイミングで新しい恋人が発表されたと聞いてはいたが――
「お兄ちゃんそんなの聞いてない!!」
「どうしようううう!! ヤリチンとか無理だよぉ!」
「なんで付き合って数週間で相手がヤリチンだってわかるんだよ!?」
俺には詩織ちゃんが処女かどうか知りたくてもそんな術ないっていうのに!
いや、別に俺が処女厨とか、そういうのじゃなくてね? ないんだよ?
けど、やっぱ、一応気になるじゃん? 俺達、多感なお年頃だからさ?
だから、詩織ちゃんが経験済かどうか気になるのは決してやましい理由とかでなくて、ごにょごにょ……
そんなことよりっ! 今は美歩だっ!!
俺は腹部で『ふぇ、ふぇん』と情けない声を出す妹の両肩を掴んだ。
いつも元気に揺れるはずのこげ茶のサイドテールは心なしかしょんもりとして覇気がない。
「美歩! まさかヤられたわけじゃあないだろうな!?」
「違うよぉ! そんなことになってたらもうお嫁に行けないよぉ!」
「だろうな!? お兄ちゃんも生きていけないよ!」
「「どうしよう!!」」
兄妹揃って、リビングは混迷を極める。
「お、おお、落ち着け美歩。深呼吸だ。深呼吸をしよう。ほら、ひっひっふー」
「うぇえん! まだ妊娠してないよぉ!」
しまった逆効果だ!! こんなときにラマーズ法なんて! 何してんだ俺!!
「ごめん! 美歩!」
「お兄ちゃんのばかぁ! デリカシーなし
「ごめんなさい!」
俺はリビングで妹に馬乗りになられてぽかぽか殴られながらお互いの呼吸が落ち着くのを待った。
「そ、それで……? どうして彼氏がヤリチンだって――」
落ち着いた頃合いを見計らって問いかけると、美歩はソファの隣でぐすぐすしながら語り始める。
「こないだのプレシャスフライデー……新しい彼氏の、
「うん……」
「けっこー、楽しかったの。遊園地行って、一緒にクレープ食べて。窯瀬君も『楽しかったね』って言ってた」
「うん……?」
「そしたら、次のプレシャスフライデーに、『ウチに来たい』って……」
「うーん……」
俺は、深刻な顔つきで沈む美歩を慰めるように背をさすった。
「ちょっと、考えすぎじゃないか? 俺の友達も初デートが家デートだったけど、あいつはそんなことするような奴じゃないし――」
と見せかけて実は――
ダメだ俺!
そういう爽やかイケメンに限って、実はさらっとパクついて――
違う違う違ぁうッ――!
「大丈夫! 男がみんなオオカミだと思ったら大間違いだ! 俺をみろ! 彼女を名前で呼ぶだけで額に汗かくようなチキンな男だっているんだぞ!」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだからぁ! いいのぉ!」
「どういう意味だよソレ!」
「白紙じゃぁん!」
「……っ! 美歩!? 言っていいことと悪いことが――心が折れちゃうだろうっ!」
「ふぇえええん! お兄ちゃんみたいなヘタレな彼氏がよかったぁ!」
「どういう意味だよソレぇ!」
もう、ふたりしてべそべそ泣き出しそう。
俺は、せめて冷静さで兄としての威厳を保とうと現状を整理する。
聞くところによれば、美歩のNew彼氏の窯瀬君は中二にして
「つまり……?噂によれば窯瀬君は二回目のデートから仕掛けてくるようなヤリチンだと?」
「ヤリチンヤリチン言わないでぇ! お兄ちゃん不潔!」
「美歩だってさっきから連呼してるだろぉ!? 女の子がそういうこと言うもんじゃないぞ! お口チャックなさい!」
「むぐぅ! お兄ちゃんママみたい!」
「お兄ちゃんは男の子ですっ!」
チキンでも、一応ついてるのよ!?
だが――同じ付いているオトコとして、窯瀬君を放っておくわけにもいかない。
だって、恋法で決められたオフィシャル恋人だからって、何をしてもいいってわけじゃないんだから。恋法が与えるのはあくまで『機会』であって、恋法は『免罪符』じゃない。
俺の脳裏に浮かんだのは、先日詩織ちゃんを襲撃したコンプ厨。
奴は下校しようとする詩織ちゃんを待ち伏せ。あろうことかその場で連れ去りA~Cまで致そうとした極悪非道の外道野郎。窯瀬君も、放っておけばいずれそうなる可能性は高い。
俺は、ヤリチンを絶対に許さない――
悪の芽は、ここで摘んでおかなければ。
妹の貞操に危機が迫っているなら尚のこと。
俺は立ち上がった。
「美歩――お兄ちゃんが、何とかしてやる」
「え?」
「ウチに来たいなら来ればいい。美歩は、俺が守る」
「お兄ちゃん……!」
俺は……妹のためなら、
たとえどれだけ殴られようと、この身に代えても妹の貞操は守りきる。
決意を秘めて、俺はスマホを手にした。
(美歩を守るために……)
今の内に、連絡しないといけない人がいる――!
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