第8話 たち上がれ俺のフェニックス
美歩達はまず、お腹が空いたという窯瀬君の為にふたりしてキッチンでホットケーキを作成。さすがに『あーん』は無かったが、それなりに楽しそうにそれを平らげた。
一方で俺と
「ねぇ、
赤面する詩織ちゃん。
恥ずかしくて言えなかったのね! う~ん、可愛い!
二回目となるお出かけ私服のスカートは初夏らしい膝上3センチ。もじもじする太股プライスレス。俺はによによするのを抑えながら冷静に返事する。
「現段階ではその兆候は見られない。でも、美歩の部屋に入ったらどうなるかは、まだ……」
そう告げると、詩織ちゃんは辺りをキョロキョロと見回し始めた。
そして、おずおずと俺に視線を投げる。
「……?」
(――っ!)
俺は、気が付いた。よく考えれば俺達も今、部屋にふたりきりだ。なんとなく、詩織ちゃんの目線が『歩君はそんなことしないよね?』と訴えているように感じる。
「だ、だだ、大丈夫! 俺に限ってそんな大胆不敵なことできるわけが――」
ぶんぶんと首を横に振っていると、若干大きな音が隣の部屋から聞こえてきた。
「「!?」」
「美歩!」
「待って!」
即座に出ていこうとする俺の腕を掴む詩織ちゃん。
「……待って。まだ、美歩ちゃんに呼ばれてない。モノが落ちただけかも。少し様子をみましょう?」
「そ、それもそうか……」
俺は言われるままにスマホを取り出す。
そう。これは通信機替わりだ。
俺と美歩のスマホは、窯瀬君がやってきてからずっと通話中になっている。これで隣の部屋の会話は筒抜けというわけだ。これが、俺達の備えその1。
俺と詩織ちゃんは顔を寄せ合ってスマホの会話に耳を傾けた。
聞こえてくるのは、ふたりの声。
『ちょ、ちょっと待って窯瀬君! 今、何しようと……』
『何って? 口の端にメープルシロップが付いてたから、取ってあげようと手を伸ばしただけだよ?』
『えっ、うそ。どこ?』
『ほんと。ほら、ここ――』
『~~っ!?』
『わ、動かないでよ。びっくりしたなぁ……』
『だって……! いきなりほっぺ撫でるから……!』
『ふふ、美歩ちゃんて結構ウブなんだね?』
「「…………」」
俺と詩織ちゃんは目を合わせる。
「え。ねぇ、雲行怪しくない? 心配しすぎ? 俺、シスコン? 普通のカップルってこうなの?」
「ちょっと……私にはなんとも……」
「あの、こういうのもナンなんだけど、俺こういうの疎くて……詩織ちゃん的には今のはギルティ? セーフ?」
「わからない……私だったら初手で触られる前に躱しているから……」
あ。やっぱ詩織ちゃんてガード固い系乙女なのね?
思った通りで嬉しい半分、がっかり半分!
「でも、躱すってことは、されたらイヤなんだよね?」
じゃあやっぱギルティ――
『わ、わ! 待って窯瀬君!』
『何? 美歩ちゃんってこういうのキライなの? 今までの子は皆抵抗しなかったのに……僕じゃあイヤ? 僕は美歩ちゃん、結構タイプなのに』
(『結構タイプ』!? ふざけんな! 世界で一番可愛いって言え!)
『そういう問題じゃなくてね! 心の準備が!』
『じゃあ、今してよ? 心の準備。待っててあげる♪』
『あの、あのね! そういうことじゃないの! そういうことはもっと段階を踏んでから……』
『そのための段階がコレなんだけど? まだ一段階目だよ? いくら僕たちがこれから二年の付き合いとはいえ、この程度で躓くようじゃあちょっと困るなぁ?』
『窯瀬君スパルタ!』
『えぇ? せっかく今ならメープルシロップの味がして美味しいと思うのに……』
「「…………」」
再び詩織ちゃんとアイコンタクト。
「え? 今、『味』って言った?」
「言った」
「『味』ってことは?」
「食べるの、かしら……?」
「何を?」
「「…………」」
『待って窯瀬君! そんな急に――』
『急じゃなくない? 僕たち付き合って二か月。プレシャスフライデーも二回目だよ?』
『デートも二回目だよね!?』
『うん。だから急じゃない』
『急だよねぇ!?』
『う~ん、価値観の乖離を感じるなぁ。ま、そのうち慣れるよ♪』
『ちょっと待て待て……! ひゃわっ……!』
くすくす。
「お兄ちゃぁあああんッ―――!!」
「「アウト! アウト アウト アウトォッ!!」」
高校生組、光の速さで意思疎通。
俺、出撃。
「詩織ちゃん、撮影お願い!」
「わかった!」
「美歩っ――!」
バンッ!とドアを開けると、そこにはほっぺに手を添えられてハチャメチャに迫られ、キス目前の中学生組の姿があった。
初対面時と同様な、品のいい眼差しがこちらを振り返る。
「お兄さん……無粋ですね? 人のデートを覗き見るなんて」
よくもまぁ、いけしゃあしゃあと。
「自分がされて嫌なことを人にしてはいけないと、教わらなかったのですか?」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
「いくら妹が心配だからって、ここまでします?」
窯瀬君が無造作に投げて寄越したのは、電源がオフにされたボイスレコーダーだった。
(くそっ。いつの間にバレて……)
備えのその2が、潰された。
「シスコンが過ぎますよ? それとも過保護かな?」
「…………」
「僕たちは正当に選ばれた公式の恋人同士。その進捗について、人様に口を出される筋合いはない。過度な親心は、子どもの成長を阻害しますよ?」
「でも、美歩はイヤがってるだろ」
視線を向けると、美歩は窯瀬君の手を抑えたまま真っ赤になってぷるぷると震えていた。その様子を見て、あろうことか窯瀬君は笑みを浮かべる。
「イヤよイヤよも好きのうちですよ、お兄さん? 美歩ちゃんは、照れているだけです。慣れればどうということもない」
「ダメだ。美歩は俺に助けを求めた。キミを怖がっている。これ以上は、兄として看過できない」
「歩君……」
はっきり言い放つと、窯瀬君はため息を吐いた。
「たかがキス程度で……呆れた兄だ。美歩ちゃんが
その言葉に、ハッとする美歩。だが、若干膝が震えている。
俺は美歩の代わりに口を開いた。
「それでも……今の美歩には、まだ早い」
そして、口元を抑えつつ怖がる美歩に向き直った。
「美歩……窯瀬君のこと、キライか?」
ふるふると、首を横に振る妹。
(やっぱり……)
一緒にホットケーキを作る様子を見て、なんとなくそうじゃないかとは思っていたんだ。美歩は、窯瀬君がキライな訳じゃない。
「ちょっと、コワイだけなんだよな?」
こくこくと、首が縦に揺れる。
俺は窯瀬君に向き直り――
「ごめん、窯瀬君」
――土下座を披露した。
「キミを不躾な人だと決めつけていたことは謝る。でも、どうか……美歩の意見も聞いてやってくれないか?」
「な――」
「お兄、ちゃん……!?」
「美歩は、見た目こそ活発そうで明るい子だけど、本当はシャイで、中々素直になれない子なんだ。だから、その……美歩のペースも考えてくれると、嬉しいというかなんというか……」
「ちょっと、お兄さん……」
「この通りだ! 頼む!」
「……頭上げてくださいよ?」
「キミがいいって言うまで、俺は頭をあげない」
ぐぐぐ……
押し上げる窯瀬君の手。頑として動かない俺の頭。拮抗する力と反発力。
何度押し上げられそうになっても不死鳥の如く蘇り、頭を下げ続ける。
「うわ、超過保護……引くんですけど……」
「なんとでも言え。可愛い妹のためなら、頭を下げるくらい安いもんだ」
恋愛云々に疎い俺は、美歩のためにこれくらいしかしてやることができないから。
頑なな姿勢に徹していると、窯瀬君は再びため息を吐いた。
そして、涙目の美歩に向き直る。
「……わかりました。そこまで言うなら、少し待ちましょう」
「窯瀬君……?」
「美歩ちゃん。僕としては、このまま交際を続けたい。でも、僕のことをキライになったら、そのときはハッキリ言って? いつまでも待たされるのは楽じゃないからね。白黒はつけてもらいたい。そして、もしまたキミがその気になるようなことがあれば、そのときは――」
一瞬。窯瀬君は俺に視線を向ける。
「美歩ちゃんの方から、またおウチに呼んでくれるかな?」
「うん……! その……ごめんね? 窯瀬君……」
「別に。僕も少し急ぎ過ぎたよ。ホットケーキ、ごちそうさま」
その場の空気を読んでサッと立ち去ろうとする窯瀬君に、美歩は声をかける。
「あの、私も……ホットケーキ、一緒に作れて楽しかった……」
もじもじと一生懸命お礼を述べるその表情に、お兄ちゃんは花丸をあげたい。
一瞬驚いたような顔をした窯瀬君は端正な顔に笑みを浮かべた。
今日初めて見る、やさしい笑みを。
「僕も、楽しかったよ」
◇
窯瀬君が帰った後、美歩は『窯瀬君に送るメールを考える』といって部屋に籠ってしまった。図らずも、俺の部屋は詩織ちゃんとふたりきり。
まさか、こんなことから家デートすることになるとは思っていなかった。
急に意識し始めたことで、全身がそわそわしだして何て声を掛けたらいいのかわからない。
キョドりそうになるのを必死に堪えていると、詩織ちゃんが口を開く。
「コレ、要らなくなっちゃったわね?」
スッと差し出された動画には、見事なまでの俺の土下座が映されている。
「カッコわるいとこ、見られちゃったな……」
そう言うと、詩織ちゃんはフッと笑った。
「そんなことない。カッコよかったよ? 今日の歩君は、とってもカッコいいお兄ちゃんだった」
「詩織ちゃん……」
優しいその言葉にじーんとしていると、詩織ちゃんは不意に顔を近づける。
「美歩ちゃんも、こんなお兄ちゃんにだったらキスされてもよかったかもね?」
「え……?」
「……ね?」
――ちゅ。
(…………)
……え?
時間が、止まったみたいだった。
思考が一切を停止して、現状を理解することができない。
一瞬。ほんの一瞬触れた柔らかい感触が脳を支配して、ようやく動き始めた頃に視覚から情報が入ってくる。
「ふふ……ダメだった?」
ちょっぴり口元を抑えてイタズラっぽく笑う詩織ちゃん。
「ダメじゃ……ない、です……」
そんな定型文を返すので、俺の頭はいっぱいいっぱいだった。
俺はその日、生まれて初めてキスをした。
それは、口の端に触れるか触れないかの、とても遠慮がちな――
(しちゃった……)
やっぱり照れ臭かったのか、それからすぐに『今日は帰るね』と言って去ろうとする詩織ちゃんを駅まで見送り、家までの道をぼんや~りとしたまま歩く。
頭の中は、詩織ちゃんのことでいっぱいだった。それと、もうひとつ――
――A課題、クリアしちゃった……
だが、そんな嬉しさよりも照れくささと恥ずかしさで身体中が熱を帯びて思わず下のフェニックスが勃ちあがりそうになってしまう。
(ヤバイヤバイヤバイ! まだお外だぞ! ステイ! ステイマイフェニックス!)
やや早歩きで家を目指していると、近所の公園に差し掛かる直前、不意に後ろから声を掛けられた。
「ねぇ……
夕暮れの住宅街にぽつりと佇む、ベージュの髪をゆるく巻いた女の子。
白いブラウス似合う女の子。
「キミは確か……
「緩峰君に、聞きたいことがあるの……」
何故そんな悲しそうなの?
(え。俺、何かしたっけ……?)
悪いこと、何もしてない、はず。
今日は妹を庇って彼氏に土下座して、詩織ちゃんとキスしちゃったえへへへへ……
(ステイ! ステイマイフェイス!)
おずおずと、顔を覗き込む。
「……俺に、何を?」
泣きそうな桐崎さんは、ただ一言だけ、呟いた。
「
――友野君と『トクベツ』仲がいい、あなたに……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます