第15話 週末テロクラブ


「やばい」


「え?」


「やばいやばいやばい」


 そう言う桐崎さんの青ざめた顔と額の汗の方がやばいと思うけど、どうなんだろう?


 土曜日。僕は桐崎さんの部屋でドローンの改造と調節、操縦訓練をしながら尋常ならざるその姿を横目に見る。


 今年の夏休み明けの二学期。俺達の憎むべき敵、『第6ターム』がやってくる。

 俺と桐崎さん、そしてござるくんの三名――『アンチ恋法同盟』は、バイトをしたお小遣いを持ち寄ってドローンを購入。そして、斡旋院の内部電気系統を破壊して『恋人名簿』のデータを亡きモノにしようと、飛行訓練と改造を重ねる日々を送っていた。

 来たるべき日に向けて練習はできるだけしておきたいけど、平日はふたりともお互いの恋人と下校しているし、改造パーツを買い足すためや万一に備えて、バイトだってしておきたい。

 そんな学生とテロリスト(仮)の二重生活みたいなことをしているから、集まれるのはデートの無い土曜か日曜、週一回がせいぜいだった。


 やりたいことややるべきことは沢山あるのに、タイムリミットは刻一刻と迫ってくる。詩織ちゃんと楽しい日々を過ごせば過ごすほど、恐ろしくなる別れの時。

そんな焦りと不安、悲しみを共通の病として抱える同志が、桐崎さんだった。


「どうしよう! どうしよう緩峰君!!」


 ゆっさゆっさ。 ぶんぶんぶん!


 そんなに首ふったら折れちゃうって! 俺はバンギャじゃないんだから!


「だからどうしたの!?」


 こっちまで額から汗噴き出しながら聞き返すと、桐崎さんは震える唇を開く。


「友野君が……友野君が……」


「ああ、また『友野発作』か。今度はどうしたの? こないだの服装を褒めてくれたとか? 明日もデートしたいって言われた? 旅行に誘われたときは、興奮して鼻血出しそうだったよね? 言っておくけど、勝負下着は鋭士と買いに行った方がいいよ? いくら他に友達いないからって……俺は死んでも同行しないから」


 今や俺達は、けっこーそういうレベルのマブダチだ。

 やっぱ、共通の敵と目標は、人を強固に結びつける力があるんだなって。

 戦争とか体育祭とかがそうだから。


「そっ……そんなレベルじゃないの!!」


「えっ。それもう、桐崎さん死ぬじゃん?」


 出血多量で。 南無南無。


「とにかくやばい! どうしよう!」


 ガバッ!と見せられたLINEの文面には、『大事な話がある』の文字。


「?」


 首を傾げていると、桐崎さんは画面をつつい、と上へスクロールする。

 この結論に至るまでのやりとりは――



『香純、最近俺に何か隠し事してないか?』


『え?』


『いや、前からずっと気になってはいたんだけどさ。やっぱどーしても聞いておきたいっていうか』


『悩み事なら、特にないよ?私、友野君がやさしくしてくれて、今とっても幸せ!』


『そうじゃなくて。うーん、直接話した方が早いから、空いてる日教えて?できれば土日のどっちかがいい』


『話……?』


『うん。大事な話があるんだよ。きちんと、落ち着いて話したい。ダメか?』



「「…………」」


 なんか、すっごくイヤな予感がする。


 文末にお粗末程度につけられたペンギンのスタンプがきょとん?て首傾げて、『ダメかな?』って顔してるけど、全然空気緩和できてねーわ。

 これは、この流れは。どう考えても――


「……緊急事態?」


「エマージェンシーだよね!? どう考えてもヤバイよね!? 友野君、なんか怒ってない!?」


「いや。俺より桐崎さんの方があいつのことわかるでしょ。彼女なんだから」


「……!!」


「にまにま照れてる場合じゃないことは俺にもわかる」


「…………」


 しゅん……と沈む桐崎さん。ふわっとしたベージュの髪も心なしか元気無さそうにしょんもりしている。ほんと、学校でもいつもこれくらい百面相してればもっとモテると思うのに。友野以外には媚売らないから、一途っていうか、純っていうか……だから、応援したくなる。


「とりあえず、どうしよう?」


 ローテーブルにドローンを置き、ラグに腰を下ろすと、桐崎さんもハートのクッションを抱きかかえながらぺたんと座り込んだ。


「『大事な話』って……やっぱアレかな?」


「俺が家に入るところ見られたとか?」


「…………」


「ごめん。迂闊だった。神経擦り減らしてすっごく気をつけてはいたんだけど……その、ごめん」


「それについては緩峰君のせいじゃない。罪は常に私達と共にある」


「哲学的だね? じゃあ、こそこそしていたのが逆に良くなかったのかな? もっとオープンに入っていくべきだった? 『友達ですよっ』オーラ全開で」


「ごはんですよっみたいな言い方しないで……今、シリアスなんだから」


「その発想が既にシリアスじゃないよ……」


 少なくとも、俺は思いつかなかったさ。

 部屋に流れる気まずい空気。

 それが、この一件が緊急事態であることを告げていた。

 俺の予想が正しければ、『大事な話』とはおそらく、浮気を疑われているんだろう。友野はメールで隠し事、とも言っていたし。


「一周まわって、プロポーズされたりしないかな? ほら、『大事な話』……」


「ごめん。地球が百回まわってもあり得ないと思う」


「そ、そんなことなくなくないかもよ!? 私、友野君に愛されてるもん!」


「それはわかってるけど。大した自信だね?」


「あっ……愛されて、る、もん……」


 ぐすっ……


(ああ。自分で自分に言い聞かせてたのか……)


 桐崎さん、テンパると現実逃避しだすんだよな。

 こうなると、桐崎さんはもうポンコツだ。ひとまず、俺が話をリードしないと。


「で、どうしよう? 会うんだよね、友野に」


「うん……」


「俺も行った方がいい? 弁明するためならなんだってするよ? 土下座でも、靴でも足の裏でも舐めるけど?」


「友野君の足の裏は私だけのもの……」


「うん。友野はそんなプレイを要求するような奴じゃないと思うから、安心して? 一旦正気に戻ろうか?」


 まさかとはおもうけど。本気じゃないよな? 今の言葉。

 ちょっぴり、友野が心配になる。友達マブとして。

 でも、今は友達として桐崎さん側についていてあげないと。


 それに、友野に勘付かれたってことは、遅かれ早かれ詩織ちゃんが気づく可能性だってある。この、俺と桐崎さんの秘密集会『週末テロクラブ』の存在に。


 計画の発案段階で、お互いの恋人には話しておくべきでは?という意見はあった。けど、いくら斡旋院が未成年の学生に寛容とはいえ、成功しようが失敗しようが、お咎めゼロとは考えられない。

 憲法や刑法の規定を漁ってみても、未成年であれば厳罰は課されなさそうなことは確認済だけど、万が一それで詩織ちゃんや友野の将来に傷がつくようなことがあれば……


 ――生きていけない。


 そう考えた結果、俺と桐崎さんはふたりで決行することに決めた。

 ござるくんだって協力者もとい共犯者のひとりだが、申し訳ないが彼は更生施設アビスの住人。経歴に傷なんて、その時点で気にするような次元は超越している。だから、本当に申し訳ないが、安心して引き込むことができたんだ。

 ちなみに弟の鋭士は、『香純に何かあったら死ね。つか殺す』とのことだから、まぁ、死なばもろとも引きずり込んでやる。


「じゃあ、俺にできることは……ある?」


 尋ねると、桐崎さんはこくり、と小さく頷いた。


「何? なんでも言って? 俺達、『アンチ恋法同盟』の仲間じゃないか」


「うん……」


 そう言って俺の服の裾をちょい、とつまんだ桐崎さん。きゅぅっと握りしめると、もう一回頷いて顔を上げる。


「私……わかってもらえるように、一生懸命友野君とお話する。何度でも、何度でも」


「うん」


「失敗したら、慰めてくれる?」


「うん。当たり前だろ?」


 だって、順番が逆だったら、俺がその役目と責任を追うことになるかもしれなかったんだから。できればその役を、代わってあげたいくらいだよ。

 けど、今回は友野が先に気がついた。説明するのは、俺じゃなくて桐崎さんの役目だ。

 俺は添えられた桐崎さんの手をそっと握った。


「大丈夫。絶対、大丈夫だよ。だって友野は、桐崎さんのことが好きなんだから」


「好き、かな……?」


「うん。好きだよ。それは親友の俺が保障する」


「愛してくれてる、かな……?」


「うん。きっと愛してるよ」


「信じてくれる、かな……?」


「信じてくれるよ。絶対」


「結婚して、くれるかな……?」


(……?)


「私のものに……なってくれないかなぁ……?」


(……??)


「どうしたら、私だけの友野君になってくれるんだろう……あ。だから斡旋院を壊そうとしてるんだったっけ……えへへ」


 スッ……


 桐崎さんの病気が発作を起こし始めた為、俺は黙って部屋から立ち去った。

 弟の鋭士に、『あとは頼む』とだけ、メッセージを残して。

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