第16話 浮気疑惑、真実の告白
~
次の週末、桐崎さんは友野と話し合うことになった。
話の内容はおそらく、桐崎さんと俺が浮気をしているのではないかと疑いをかけられているということだと思う。
いくら次のシャッフルを亡きモノにする為にテロ紛いのことを画策しているとはいえ、こそこそしていたのが良くなかったようだ。
詩織ちゃんや友野に迷惑をかけたくない。その一心で内緒にしていたのだけど、こうなってくると話は別で。こんな、浮気を疑われて破局するなんて羽目になるくらいなら、いっそ本当のことを話してしまおう、というのが俺と桐崎さんの出した結論だった。
「じゃあ、行ってくるね」
僕に短いメールを残し、桐崎さんは友野と待ち合わせをしているというファミレスに向かった。
俺は自宅に籠って待機しているだけなのに、まるで自分のことのように心臓が痛い。でもきっと、桐崎さんは俺の五倍は痛いんだろう。だって、あんなに大好きな友野に浮気を疑われているんだ。俺だって、詩織ちゃんとそんな話をすることになるかと思うと、もう全身から嫌な汗が噴き出して脱水症状になるんじゃないかと思うくらい。
それに、友野だって俺達以上に辛い気持ちだと思う。新しいタームで出会った新しい彼女。それが、『今までにないタイプで、毎日楽しい』って友野はそう話していた。そういうことを気兼ねなく話し合えるくらいには、俺と友野は親友だったんだ。
だから――
もう誰にも、嘘をつきたくない。
そして、誰にも傷ついて欲しくない。
祈るようにスマホを握りしめ、俺は返事を待った。
◇
~
駅前。放課後にたまにデートするいつものファミレスで、私は友野君と待ち合わせしていた。
緩峰君と相談した結果、第6タームの恋人シャッフル名簿を破壊する計画については、場合によっては打ち明けてもいい、ということになっている。
いくら浮気なんてしてないと言ったところで、怪しい動きをしていたことを隠し通せる程、友野君は鈍い人ではないから。そのことは、友野君の親友である緩峰君もそう言っていた。
でも、もし私達がそんなことを計画していると知ったら、友野君はどんな顔をするんだろう?
驚くのかな? 困るのかな? 引くのかな? 嫌いになったり、するのかな……?
膝の上で冷たくなった拳を握りしめ、ワンピースの裾をくしゃくしゃにしながらそんなことを考えていると、友野君がやってきた。
「ごめん、待った?」
「あ、ううん。全然……」
とか言って。本当は数時間前からここにいる。ドリンクバーでお腹壊しそうになるくらい。
だって、緊張して居ても立っても居られなくて、早く来ちゃったから……
「香純? 具合でも悪いの?」
首を傾げながら、友野君は向かいの席に腰かけた。
さっぱりとしたTシャツにデニムというラフなスタイル。
「あ……」
(そのTシャツ、こないだ一緒にデートしたとき買ったやつだ……)
『次にデートするとき、着ようかな?』って言っていたのを思い出す。
そのとき私は、『次』って言葉を楽しそうに口にしてくれるのがとても嬉しくて。
今日みたいに、本来だったら険悪になりそうな日でも、前の思い出を忘れないでいてくれたのが嬉しくて、涙が出そうになる。
「……香純? 俯いて、どうしたの?」
「う、ううん。大丈夫……」
それに、内心では私に裏切られたんじゃないかって傷ついているはずなのに。
こんなときでも心配してくれる友野君は、やっぱり優しい。
……好き。
だから今日は、気持ちに応えないと。
「あ、あの! 友野君……!」
震える唇を噛みそうになりながら、一生懸命声を振り絞る。
でも、『ごめんなさい』は言わないの。だって、私は浮気なんてしていないんだから。そこだけは、絶対にわかってもらわなきゃ。
「大事な話って……その……」
いきなり本題。
だって、もやもやした気持ちのまま友野君と話すなんて、私にはできない。
まっすぐに見つめると、友野君は一瞬驚いたような表情を浮かべて、でも、私の気持ちを理解してくれたのか、姿勢を正してソファに座り直した。
「うん。大事な話」
「…………」
「単刀直入に聞く。隠し事は無しだ」
「うん……」
「香純……浮気してないか?」
(……来た。やっぱり……)
私は、まっすぐに見つめ返す。
「してないよ」
「……本当に?」
「うん。絶対にしてない」
「じゃあ……これは?」
そう言って友野君が見せたのは、スマホの画面だった。
映っているのは、緩峰君が私の家から出るところ。
(やっぱり、見られてたんだ。でも、想定内……)
「緩峰君とは、ただの友達。同じ目的の為に、家に出入りしてる。ただ、それだけの仲」
「……目的?」
首を傾げる友野君。
『ただの友達』っていう言葉を鵜呑みにしてもらえるとは思わない。だったら、私達の目的も話さなければならない。そうしないと弁明の余地が無いことくらい、私も緩峰君もわかっている。
私は、大きく息を吸って、吐いた。
「私と緩峰君は、第6タームを、潰したいの」
「え……?」
「私は友野君と。緩峰君は五樹さんと。ずっと一緒にいたいから。第6タームは、来てもらっちゃあ困るの。だから、潰そうとしてるの」
「は? いや……その……」
これは想定していなかったのか、意味が分からないといったように目を白黒させる友野君。でも、これこそが真実。
「意味わからないと思うよね? でも、本当なの。私と緩峰君は次の夏休み明け、第6タームが開始できないように、恋人がシャッフルされないように、恋人名簿のデータを破壊する計画を立てている」
「で、データって……斡旋院の?」
「そう。斡旋院の電気系統を第6タームの直前に破壊して、復旧できないようにする。名簿が再び用意されるまでの間、時間を稼いで、高三までなんとか乗り切るつもり。高三になれば皆受験だから、オフィシャル恋人とのデートが強制じゃなくなるし、そうなると、新しい関係を一から築くのは面倒になる。だから、前の恋人との関係がそこそこうまくいっているペアは、そのまま第6オフィシャル恋人を無視して第5タームの恋人と関係を続ければいい。そういう流れになると思わない?」
「まぁ、それは確かに……?」
わかってる。皆が皆そういう行動を取るわけじゃあないってことくらい。中には第6タームの恋人と新たにがんばっていこうって人もいるだろう。
これは私と緩峰君のわがままで、無謀な抵抗。
でも、そんな些細な抵抗を全力でしたくなるくらいに、私達はお互いの恋人を愛しているの。
……わかって。 友野君……
「今、私と緩峰君は斡旋院の内部、更生施設に協力者を得て、ドローンを使って電気系統を破壊する作戦を立ててるの。だから、その為に飛行訓練を――」
「待って待って! ちょっと待って!」
両手をぱたぱたと振って、友野君は私を制止した。
その動きがペンギンみたいで可愛くて、不覚にもふふっ、って笑いそうになる。
「その……香純と緩峰がそういう計画をしていて、浮気してないんだなっていうのはわかった。よーくわかった。口から出まかせにしては話が込み入り過ぎてるし、普段の香純や緩峰の態度から、俺や五樹と仲良くしたいっていうのも伝わってるし、むしろ納得したくらい」
「友野君……」
その言葉に、心がすっと軽くなる。
ほっと息を吐いて見つめると、友野君も同じように安堵した表情を浮かべていた。
しかし、その表情が一瞬で曇る。
「でも、それって危なくないか?」
「え?」
「いくらなんでも、斡旋院を敵に回すなんて……」
「でも! それくらいに私は友野君が好きで――!」
思わず机に手をついて立ち上がる。ファミレスの視線が一斉に集まり、私は我に返ってしおしおと席に着いた。それを見て、友野君は楽しそうに笑った。
「はは、わかったって。それはもう十分すぎるくらいわかったよ」
「う、うん……」
(や、やっちゃった……恥ずかしい……! けど、嬉しい……)
俯いたまま上目がちに視線を向けると、さっきまでとは一変して真剣な表情の友野君と目が合う。
「でも、俺は反対だ」
「え――」
一瞬で寒くなる背筋。
(まさか、友野君は第6タームを違う恋人と過ごしたいの……?)
「な、なんで……?」
震える声で聞き返す。
「斡旋院は、国の公的機関だ。しかも、『富国強精恋人斡旋計画』は、少子高齢社会からの脱却を担う、国の最重要プロジェクト。そんな簡単にデータを破壊させてくれるとは思わないし、計画を阻害したらいくら未成年の俺達でも、ただじゃあ済まないだろう」
「でも……!」
「それより、第6タームを迎えても、新しい恋人じゃなくて、今までみたいに香純と会うようにすればいい。それじゃあダメなのか?」
(それは……私と緩峰君も、最初はそう考えたけど……)
正直、自信ない。
友野君も五樹さんも、ふたりとも華があって人気のある人だから。新しく彼らの恋人に指定された人は喜ぶと思うし、張り切ると思う。
いくら友野君が『また会えばいい』って言ってくれても、新しくオフィシャル恋人を指定されれば、ある程度は強制的にデートすることになる。
そうなったら、私達……前の恋人は――
言葉がうまく出てこない。
考えたくないんだ。そんなときのことなんて――
俯いていると、友野君は『わかった』と、ひとつため息を吐いた。
「じゃあ、こうしよう」
「え?」
「第6タームになったら、新しい恋人には、『前の恋人との関係を継続したい』とはっきり告げることにしよう。そうやって、最初から俺との関係は諦めて貰うようにするんだ。もし俺の新しい恋人にも好きな奴がいれば、お互いきれいさっぱりそっちに行けばいいだろう? 強制デートだけはする必要があるけど、適当に勉強でもして時間潰して、デートレポートも適当に報告すればいい。
とにかく、器物損壊――国家に叛逆するなんて、明らかに危ないのはダメだ。精神的に反抗するならまだしも……大人をナメたらまずいと思う。前科だってつくかもしれないし」
「でも、もしそうじゃなかったら……?」
「うん。もし第6タームの恋人が、前の恋人――俺が香純と交際を続けることを嫌がった場合、そのときは――」
「そのときは……?」
恐る恐る問いかけると、友野君はにぱっとイタズラっぽい笑みを浮かべた。
そして――
「駆け落ちでも、しよっか?」
――そう、言ったのだ。
恋人がシャッフルされるこの世界で 南川 佐久 @saku-higashinimori
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