第3話 デートで『どこでもいい』って、新手の試練か何かなの?


 プレシャスフライデーが来週に迫った週末。俺はリビングのソファに寝転がって悶えていた。


「はぁあああ……!」


 何回見ても変わらないメールの文面。


『プレシャスフライデー、どこ行きたい?』


『どこでもいいよ。緩峰ゆるみね君の好きなとこで』


「…………」


 そう言われるのが! 一番困るんだよなぁ!!


 前の子もそうだったけど、どうして女子ってこう、判断を相手に委ねるような回答をしてくるの?これは優しさ? それともアレか? 俺を試している?

『お前のエスコートの実力、見せてみよ』的な? 試練を課してきてるのか?


「わからない……!」


 五樹さんの気持ちが! 女子の気持ちが! 行きたいところが! わからない!!


「お兄ちゃん、どうしたの?」


 上からひょこっと覗き込むのは、今年中二になった妹の美歩みほだ。こげ茶のツインテールをぴょこんと揺らし、プリンを片手に横へ腰掛ける。俺は場所を開けてやろうと身を起こした。


「お。そのプリン、ローンンの新作じゃん。一口ちょーだい」


「しょうがないなぁ……はい」


 テキトーに言っただけなのにちゃんと『あーん』してくれるくらいには、うちの兄妹は仲がいい。こないだは、持つべきものは友達と可愛い彼女とか言ったけど、やっぱ妹も重要だ。

 俺が満足げにプリンに舌鼓を打っていると、美歩は再び口を開く。


「で? 盛大なため息なんか吐いてどうしたの?悩み事なんてするほどお兄ちゃんの思考、発達してたっけ?」


 これまた小悪魔な辛口。かくいう美歩は反抗期を迎え始めた年頃で、最近俺に対するアタリが強めなのがしんどみ。でも、足をぷらぷらと揺らして悩みを聞いてくれる素振りがあるところはなんとも可愛らしい。


(背に腹は代えられないか……)


 俺は兄としての威厳を捨て去って美歩に相談することにした。


「美歩ならさぁ、プレシャスフライデーにどこ連れて行ってもらったら嬉しい?」


「えっ……」


 その一言に、目を丸くする美歩。

 信じられないものを見るような眼差しを俺に向ける。


「お兄ちゃんどうしたの?今までプレシャスフライデーなんて意識したことなかったのに……」


「いや、今までだってデートなんだから意識してたよ?けど、今回はなんか別っていうか、なんていうか……」


 今の彼女に俺の未来がかかってるとは言いづらい……が。


「ああ、お兄ちゃん『白紙』だもんね? やっぱ高校生になるとヤバいんだ?」


「えっ……」


 美歩は、知っていた。


「美歩、誰に聞いたの?」


「別に。見てればわかるし。お兄ちゃん『白紙』でしょ?ABC全部未経験」


「それは……お前だって……」


 そうだろ? と聞きたいのに、もし先を越されてしまっていたらと思うと怖くて聞けない。それに、俺の可愛い妹の進捗がイケイケだった日には死にたくなる。

 二重の意味で口ごもっていると、美歩はにやりと笑った。


「お兄ちゃん、今回ガチなんだ?」


「それは……まぁ……」


「おニューの彼女、可愛いんだ?」


「うん」


「へぇ……?」


 にやにや。


「で? 美歩はデート行くならどこが嬉しい?」


 なにせ今回は初のプレシャスフライデー。

 そして五樹さんいつきとの初デート。

 できるだけ好印象でスタートを切りたいところだ。


 俺は手段を選ばないことにした。

 困ったときは、猫ではなく妹の手だって借りる。


 美歩はしばらく考える素振りをしたあと、一言だけ呟いた。


「……どこでも」


「えっ?」


「美歩がお兄ちゃんと行くなら、どこでも楽しいと思う。だってお兄ちゃんは美歩のこと『女の子だー』って意識しないし、美歩もあんまり気にしないでお店とか楽しめる」


「それって……?」


 お兄ちゃん大好きってこと? 気持ちは嬉しいけど、さっきも言っただろ?

 『どこでもいい』ってソレ、一番困るんだよ? お前も男を試す類の女子なの?


 首を傾げていると、美歩はにこっと笑った。


「つまり!『楽しい』が多いところがいいな! 向こうもこっちも楽しくなれるとこ!」


「だから、それって具体的にどこ?」


「そんなのわからないよ。美歩はお兄ちゃんの『彼女』じゃないもん。逆にお兄ちゃんはさ、その子と何したら楽しいと思うか考えてみれば?」


「何したら楽しい……?」


 思春期の男子が女の子としたいことなんて――


「あ。お兄ちゃんがやらしい顔した」


「してない!初めてのデートでそんなとこ行けるわけないだろ!?」


「……どこに行こうとしたの?」


「…………」


「……エッチ」


「うぐ……」


「そんなんじゃ、先が思いやられるねぇ?」


 美歩は楽しそうにくすりと笑うとリビングから出ていってしまった。


 結局、美歩から有力な情報は得られなかった。とりあえず、ホテルはナシで。

 当たり前だろ?そんなん、言われなくてもわかってるよ。


 ……わかってるよぉ!


「成果ナシ……こうなったら……」


 俺は、恥をしのんで友野とものに電話をかけた。



『んー? 緩峰ゆるみね?』


「友野、今平気?」


『いいけど、どしたん?』


「それがさぁ……今度のプレシャスフライデーどこ行こうか皆目見当つかなくて……お前、どこ行く?」


 おずおずと口にすると、友野はあっさり言い放つ。


『別にぃ? 行きたいとこ行けばいいんじゃん? 俺はね、桐崎きりさきでゲームするよ?』


「えっ……それって、まさか自宅デート?」


『うん。桐崎って弟いるらしくて、その影響でゲームが好きなんだって。最近流行りの格ゲー俺もやってるから、対戦するの。あとモケポン交換。俺ソードだからガラポニ欲しくてさ。ダメかな?』


「ダメじゃないし楽しそうだと思うけど……」


 ……早くね?


 家デートって、アレだよな? 女の子の部屋で、ふたりで、お菓子片手にわいわいゲームして?うまいこといけば流れであれこれしちゃうやつ……


 それを、初デートで?


 俺は、相談先を間違えた。

 友野はやはり、俺とは段階ステージが一個以上違う。


 なんとも言えずにもじもじしていると、友野は再び言い放つ。


『好きなとこ行けばいいんじゃね? 緩峰が行きたいとこにさ?』


「けど、それじゃあ五樹さんが喜んでくれるかわからな――」


『あはは! 気にしすぎだって! 俺なら、自分がやりたいことしてるときに一緒にいて、嫌な顔しない子とずっと付き合いたいけどな? つか、その為の恋法コイほうだろ?』


「……!」


 確かに。それは真理だ。

 『富国強精恋人斡旋法ふこくきょうせいこいびとあっせんほう』の本質は、将来的に結婚するためのパートナーを見つけること。友野の言うことは素直すぎな自分本位のようでいて、その本質を見事に捉えていた。


「なんか……ちょっとわかった気がする、かも……!」


 デートでどこへ行けばいいのか。そして、友野がどうして人から好かれるのか。


『そう? ならよかった』


「ありがとう、友野!」


 俺は通話を切るなりPCを立ち上げた。


(行きたいとこ、したいこと……!)


 五樹さんとデートで何したいかって? 

 そんなん、邪な願望以外にもいっぱいあるだろ!?

 どうか今だけは鎮まってくれ! 俺の思春期脳よ!


 『次回! 初デートで彼氏、死す! お楽しみに!』


(……!? この声は……!)


「ちょっと美歩!? 何言ってんの! 縁起でもない!」


「あはは! お兄ちゃん怒ったぁ~!」


「やめて!? ほんとやめて!? お兄ちゃんナイーブでデリケートな男子なんだからぁ!」


「加えてザコメンタル」


「お願いだからデート前にそういうこと言わないで!?」


 なけなしの自信が無くなっちゃうじゃん!


「豆腐メンタル?」


「美歩! きらい!」


「美歩はお兄ちゃん好きだよ?」


「……! 俺も美歩好きだよ!」



 落ちた自信は一瞬で急上昇。

 うん。やっぱ、持つべきものは妹だわ。

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