第4話 初デートの結末は……死?


 五樹いつきさんとの初めてのプレシャスフライデー。

 春にしては少し肌寒い晴れの日。けど、今日の俺にとってはこれ以上ない絶好のデート日和りだ。

 なんでかって? そりゃあ……


「はむっ……はふっ……美味しい……!」


「やっぱ出来たてほかほかが一番だよな?」


「うん……!」


 こくこくと肉まんを頬張りながら頷く五樹さん。その手には五樹さんの顔より大きいのではないかという『デラックス肉まん』が。

 そう。俺達は今日電車で一本のところにある中華街に来ているのだ。

 肉まんを食べ歩くなら、少し寒いくらいが丁度いいってわけ。


 彼女と何がしたいか?を考えたときに俺の頭に浮かんだのは、『一緒に美味しいもの食べたい』だった。人間の三欲求は食事、睡眠、セッ――

 ああもう!だからこれでいいの!

 だって、好きな子が美味しそうに肉まん頬張るだけで、こんな幸せな気分になれるんだから。


 しかも、今日の五樹さんは私服。大人しめの色合いのロングスカートに、なにより……白の縦セタ!元より“ある”五樹さんの胸がこれでもかというくらいに協調されて俺の視線は先程からきょろきょろと五樹さんの顔とその下を行ったり来たり。

 仕方ないだろ?男の子なんだから。


「ねぇ、あっちでタピオカミルクティー買ってきていい?」


 わくわくとした上目遣い。めちゃ可愛い。


「うん、俺も買おうかな。好きなの?タピオカ」


「……うん」


「もちもちしてて美味いよね?」


「……うん!」


 あ。ほんのりテンションあがってる。


 は~~っちゃめちゃに可愛い!!


 改札出て来た五樹さんを見た瞬間に時の魔導士にやられたのかと思ったくらいに俺の思考は停止した。群衆の中にいてもわかる可愛さビックバン級。

『……待った?』って遠慮がちな上目遣いSSR。

 胸の大きさG級クエスト。攻略難易度……どうなんだろ?


 先日桐崎きりさきっていう元カレの襲撃から庇って以降、五樹さんは俺に笑顔を見せてくれるようになった。

 けど、デレデレなのは俺だけで五樹さんは

 『こうかんど が すこし あがった !』

 くらいの感じで、このデートも友達感覚に近いみたい。

 まぁ、今までの元カノとの感じからするとそれだけでも凄い進歩なんだけど、俺には気になることがあった。


(五樹さん……ほんとうに『白紙』なのかな?)


 桐崎の言っていたあの言葉。


『そのナリで白紙って……ありえねぇだろ?』


 こんな美人で心根やさしい五樹さんが、俺と同じ『劣等生』?にわかには信じられない。


(それとも、『白紙』なのは桐崎とだけ?もっと前の元カレとはどうだったのかな?)


 桐崎の前……第3タームは中一から中二の二学期までの一年半。

 いくらその段階でBまでクリアするカップルの割合がそこまで多くないとはいえ、マセてる子はちゃっかりやってるお年頃だ。


「…………」


 あああ!ダメだ!想像したら落ち込む!


 俺はすでに、そう思うくらいには五樹さんのことが好きだった。

 内心で頭を抱えて悶えていると、五樹さんがタピオカ片手に声をかけてくる。


緩峰ゆるみね君?ひょっとして具合悪い?」


「えっ?」


「だって、肉まん全然食べてないじゃない?」


 気が付くと、手元の肉まんはひんやりしていた。


「そ、そんなことない!これは、その……!」


(五樹さんばっかり見てたから……)


 言ったら、引かれるかな?


 そんな好意丸出しで若干邪な視線を送っていたなんて、言えるわけがない。

 だってこないだ五樹さんは『桐崎のいやらしい視線が嫌い』ってはっきり言ってたじゃないか。俺は肉まんを口いっぱいに含んで返答を誤魔化した。


「……うん!美味い!」


「ふふっ、お腹いっぱい。ねぇ、次はどこに行く?」


「それなら、腹ごなしに少し歩かない?」


 俺はかねてより計画していた場所に五樹さんを案内した。


      ◇


 中華街からほど近い、少し遠くに港を望む丘の上の公園。四月下旬のこの時期は早咲きの薔薇が楽しめる絶好のデートスポットだ。繁華街から離れている分人も少なく、レジャー施設の半額目当てでプレシャスフライデーを満喫する学生たちはここには来ない。


「わぁ……!こんなイイ場所知ってるなんて、緩峰君て実はデートの達人?」


 ほぼ貸切状態の公園で、花の香りに顔をほころばせる五樹さん。


 デートの達人ですって?またまた、ご冗談を。これは努力の賜物ですわ?


 けど、そう言ってくれると一生懸命グゥグルマップとにらめっこしてデートコースを選んだ甲斐があったよ。

 俺はその水面下のバタ足みたいな努力を隠して問いかける。


「五樹さんは、花は好き?」


「ええ、好き!」


 にぱぁ……!


(ああ!俺はその咲くような笑みが好きですっ……!)


 花よりも、何十倍も可愛い……!


「緩峰君もそうなの?」


「うん、そこそこ。母さんのガーデニングの手伝いとかを頼まれているうちに愛着が沸いて。きちんと世話した分咲いてくれる。結構可愛い奴らだよね?」


「なにそれ。まるでお花と友達みたいな言い方、緩峰君てなんか可愛いね?」


「可愛いって……男子にソレは褒め言葉じゃないけど?」


「褒めてるよ?」


 くすくすと楽しげに笑う五樹さん。背後に花を湛えながら風になびく黒髪をくすぐったそうに耳にかける。もう、アルティメット可愛いスーパーノヴァ。


 デートに来て、よかった。


 一生懸命考えたデートコースで失敗したらどうしようとか、初めてのデートで適当に決めて後悔したらどうしようとか、悩んだ末に一生懸命な方を選んでよかった。

 そして、心の底からそう思わせてくれる五樹さんに出会えて良かった。


(ありがとう、恋人斡旋こい法……)


 俺は、生まれて初めてちゃんと人を好きになって、生まれて初めて恋法に感謝した。五樹さんが俺のことをどう思っているかはまだわからない。けど、今日の反応を見る限り嫌われていることは無いだろう。

 そのことが、どうしようもなく嬉しかった。

 楽しい時間というのはあっという間で、気が付けばもう夕方近くになっていた。


「家の近くまで送っていくよ」


「え?いいの?」


「うん。また元カレが来たら困るでしょ?」


 俺が。


「けど……そんな、悪いよ……」


 結局、遠慮する五樹さんの意思と、送っていくというのを口実にもう少し一緒にいたい俺の意思の間を取って、最寄り駅まで一緒についていくことにした。

 先日桐崎が待ち伏せしていたこともある。やっぱりなんだかんだで心配だしな。


 でも、よく考えれば女の子の帰り道が心配なんてことを考えたのもこれが初めてな気がする。思い返せば思い返すほど、俺はいままで女の子に対して無神経な男だったのではないだろうか?

 それとも、そう思わせてくれる五樹さんは『特別』ってこと?


 俺の思考は、かつてないほどに舞い上がっていた。

 けど悲しいかな。やっぱりお互いのことがまだわかっていない初デートの帰りの電車はやっぱりふたりとも話題がなくて口数が少なくなってしまう。


「「…………」」


 俺達若者しか休日じゃない、平日の金曜日。帰りの電車内は帰宅ラッシュにはまだ早く、乗客は少ない。その静けさが、胸の鼓動を大きくさせている気がするのは、俺が豆腐メンタルで気にしすぎなせい?


「「…………」」


 そんな中、五樹さんは不意に口を開く。


「ねぇ……」


「ん?」


「今日……楽しかった?」


「…………」


 それはもう、はちゃめちゃに。


 俺は五樹さんの一挙一動にそわそわしてはわはわして、内心で『可愛い!』って叫び出したいのを堪えるので精一杯で……

 そんな、人に心を揺さぶられ続けるのは疲れそうなものなのに。


 けど、でも……


「……楽し、かった……」


 照れ隠しするようにぼそりと零すと、五樹さんはふっと微笑んだ。


「……よかった。楽しかったの、私だけじゃなかったんだ?」


「……!」


「私ね、こんなの初めてなの」


「え?」


 静かな電車内で、ぽつりと呟いた五樹さんの声がやけに大きく聞こえる。


「今まで、デートっていうと男の子はどこか落ち着きが無くて、私のことジロジロ見てくるし、やたら手を繋ぎたがったり、距離が近かったり、馴れ馴れしかったり……」


「それは……」


 俺みたいなチキンな男子以外なら、そうなっちゃうかも。

 だって、それくらいに五樹さんは綺麗で可愛くて。こんな美少女が『彼女だ』ってなったら誰だって舞い上がる。俺も、内心ではすっごく舞い上がってるんだから。行動に表せないだけで。


 心の中が覗かれたらヤバイと、心臓の鼓動がどきどきと嫌な音を立てる。

 俺の不安に反して、五樹さんはふわっと笑った。


「緩峰君は、全然そんなことなかった」


「…………」


「今日は、友達といるときみたいに気持ちが楽で。美味しい肉まんも綺麗な景色もきちんと楽しめた。こんなプレシャスフライデーは小学校以来かも」


(……あれ?それって……俺、男として見られてない的な?)


 けど、五樹さんはそれで『楽しかった』って言ってくれた。俺にとっては、それで十分だ。これ以上を望んだらきっとバチが当たる。俺はそんな気がしていた。

 それに……


「俺も、初めてだよ」


「え?」


「今まで、プレシャスフライデーって『デートしなくちゃ!』って感じがあって、緊張してた思い出ばっかりなんだ。それで、結局前の彼女とは疎遠になっちゃって……恥ずかしいけど……」


「そう、なんだ……」


「けど、友達に――友野に『自分が好きなことしてるときに、イヤな顔しないで隣にいてくれる子を探せばいい』って聞いて、肩の荷が下りたんだよ。だから、今日は俺が美味しいものを食べたかった!……楽しかった。付き合ってくれてありがとう」


「……!」


 素直にそう言うと、五樹さんは驚いたような顔をした後、ぽつりと零す。


「変わった人……」


「え?」


「ねぇ、最後にひとつ、お願い聞いてくれる?」


「なに?」


「これからは、詩織しおりって呼んでみてくれない?」


「えっ。」


 ちょ。レベル高くないですか?


 初デートでもう名前呼びOKなの? それって彼氏みたいじゃん……

 って、彼氏だったわ。オフィシャルな。

 けど、どうにもドギマギが止まらない。口をパクつかせてしどろもどろになっていると、五樹さんは大まじめな表情で俺を覗き込んだ。


「こないだの……桐崎君にすら詩織って呼ばれてるのよ?それなのに、彼氏である緩峰君にそう呼ばれないのは、なんか……」


「なんか……?」


「……不公平よ」


 むすっとしながらそう呟く。そして一言――


「私もあゆむ君て呼ぶから。それでおあいこにして?」


「……!」


 ずきゅんッ――!


 妹の予言通り、俺は死んだ。


 可愛さと幸せの弾丸に脳天を撃ち抜かれて、脳みそぶちまけた。

 ぶっちゃけ、何がどうおあいこなのか全く意味がわからない。


 けど、もうそんなの関係ねぇ。可愛いは正義なんだよ。アンダスタン?

 でも……!やっぱり俺は、どこまでいってもチキンおれだった。


「あの……!せめて……詩織さんでもいいですか?」


「ダメ」


「えっ。案外スパルタ……」


「じゃあ、詩織ちゃんで」


「可愛すぎない?」


「可愛いとダメなの?」


「…………」


 おっしゃるとおりで。


「では、それで手を打つと致しましょう……」


「なんで悪代官みたいに手をこねこねしてるの?変な緩峰君」


「俺だって急に五樹さんがデレてきて動揺してるんだから!察してよ!」


「……そんなデレてた?」


「…………」


 えっ。五樹さんはこれが通常運転なの?


 名前呼びってなんか、親しさゲージ高くないと使えない特別な技だと、そう思ってるの俺だけ?なんかチョー恥ずかしいんですけど?


「ふふっ、冗談よ?これからもよろしくね、歩君。次のプレシャスフライデーも、楽しみにしてる」


「……っ!」


 ずきゅんッ――!


 人は、二度死ぬ。幸福であるが故に。

 眼前に広がる天使の笑みに濁りなく。我が人生に、一片の悔いなし。


「もちろん、です……」


 初めてのプレシャスフライデー。結果は大成功だった。

 正直、こんなにうまくいくとは思っていなかった。俺のチキンさが五樹さ――詩織ちゃんにとって幸いであったことも想定外の結果オーライ。

 友野の言うように『やりたいように』やって、そして詩織ちゃんは俺と同じものを見て、感じて、同じ感想を抱いた。こんなの……こんなの……!


 柄にもなく、運命なんて言葉を信じてしまいそう。


 あああ……!自分で言っててなんて恥ずかしい奴だよ俺は!

 ただ、名前呼びを許されたくらいで!


 でもな!これでいいんだよ!いいんだよな!?恋法!!

 そういう相手を引き合わせるのが、お前の目的なんだろう!?


 今まで、俺は恋法に対して『人の恋愛なんだからほっとけ』と思っていた。『余計なお世話だ』と。今日から俺は手のひらくるりんぱーですわ。アンチから華麗に転身、恋法の信者になる。


(てゆーか。えっ。これ……)


 夏休みまでに、マジでAイケんじゃね?


 かつてない好感触。知りたいのは詩織ちゃんの感触。SO好☆感触。俺好色?

 ラップしてる場合じゃねぇよ!

 けど、このまま行けば……!


 俺の期待と詩織ちゃんの期待。同じ景色を見ているのかはわからない。

 けど、ひとつだけ。確かに言えることがある。

 俺達のスタートは最高で、今日のデートは間違いなくハッピーだった。


 そして、隣にいるのがキミでよかったと、心の底からそう思ったんだ。

 その心に、嘘はなかった。詩織ちゃんの笑顔にも。


 俺達は今日、間違いなく満たされていた。

 だからこそ、だからこそ……


 俺は忘れてしまっていたんだ。


 これが、『期間限定』であることを――

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