第13話 夏祭りの思い出


 『人の気持ちがよくわかる、やさしい子だね』って、昔からよく言われた。


 俺は末っ子で、歳の離れた兄貴とねぇちゃんがいたから、母さんはあまり俺に構わなかったんだ。

 この国では子どもの数だけ補助金が増えるから、俺はおまけだったのかな?なんて。漠然とした不安を感じて幼稚園に行くのを嫌がって、親を困らせたこともある。


 『どうしてお兄ちゃんお姉ちゃんみたいにできないの?』


 子どもながらにその一言が寂しくて、人の感情きもちがよくわかるようになったのは、そのせいなのかもしれない。


「……くん。友野君!」


「あ。ごめん、聞いてなかった。何?」


「その……ひょっとして元気、ない?」


 おずおずと不安そうに覗き込むのは、五人目の彼女の桐崎だ。


 夜の中でもぼんやりと浮かび上がる、白い肌と紺地にモクレンの浴衣姿。アップで纏めた髪には華奢な細工のかんざしがちょこんと揺れて、素直に可愛いと思う。

 夏祭りがあるから、と声をかけたのは正解だった。

 うん、やっぱ女子の浴衣は可愛い。一緒にいるだけでテンションがアガる。


 最初の頃は大人しかった桐崎も、夏休みの間に色々と遊びに出かけていたせいか、最近はぐっと口数が増えた気がする。桐崎は、自分が思っていることを中々口にしないシャイな子だけど、思っていることが表情で丸わかりなくらいには素直な女の子だった。俺は桐崎のそういうところは好き。


「ううん。なんでも。ちょっと屋台で食べ過ぎて。お腹いっぱいかも」


 困ったように腹をさすると、桐崎は口元に手を当てて可笑しそうに笑った。



(桐崎……今日も結局言ってこなかったな)



 ここ数か月の間、桐崎がそわそわしているのはわかってた。


 ときに慌ただしく、ときに儚げに。顔を赤くしたり、表情を曇らせたり。何か言いたいのに言い出せない。そんな空気を感じてる。

 俺もそれなりに気を遣って、こうして花火の前にひとけの無い高台に連れてくるくらいには話しやすいシチュエーションを提供してるつもりなんだけど、それでも話してくれないのか。


(俺の方から聞いてもいいんだけど……できれば向こうから話して欲しいんだよな)


 だって、恋人とか、信頼とかってそういうものだろ?


 一緒にデートして、お互いのこと理解して、信用したりされたり。楽しい思い出をいっぱい作って、これだ!って人と結婚する。俺はいままで、そうやって誰とでも円満な関係を築くことで『運命の相手』を探してた。


 『前は前』『今は今』。その時々に合わせたベストな関係を築けるようにするのが楽しくて、そういう気持ちを隠すこともなかった。

 別れ際の一言はいつも、『今ままでありがとう。次もお互いがんばろう?』。

 だから、前の彼女に粘着されて困ったことも無い。

 ただ、『運命の相手』に会えたと思ったことも、ない。


(今回も……違うのか?)


 ふと、そんな予感がよぎる。


 俺は人の気持ちがよくわかるから、付き合っていて女子に嫌われたことはないし、むしろ好かれてきた方だと思う。だって、『こうして欲しいのかな?』ってときにそうすれば、誰だって喜んでくれるから。

 そうやって人に喜んでもらうこと自体は俺も嬉しかったし、今日だって桐崎は終始楽しそうだった。俺だって、桐崎とデートするのは楽しい。

 桐崎は、今まで付き合ってきた女子とはどこかが違う。でも――


「友野君?やっぱり、どこか具合が悪いんじゃ……」


「大丈夫だって。ほら、花火まであと十分。せっかく眺めのいい特等席まで登って来たんだから、パーッと見て帰ろうぜ?」


「ふふ、パーッとするのは花火の方だよね?」


「テンションがアガればそれでいいじゃん?」


「うん……!」


 桐崎は、にこっ!と咲くような笑みを浮かべた。そして、そわそわと指先を合わせて俯き、頬を赤く染める。


(手……繋いで欲しいのかな?)


「夏だけど、夜は冷えるだろ?女の子は冷え性って言うし。ほら――」


 柵の上で頬杖をついたままだった手でそっと握ってやると、桐崎は驚いたような顔をする。そして、照れ臭そうに笑った。


「うん。やっぱ桐崎、笑った方が可愛いよ」


「え?」


(ちょっと……確かめてみるか)


「最近、そわそわしてたから。そういう顔より、笑ってた方がいい。何か悩みでもあるの?」


「そ、それは……////」


 赤くなって、俯いちゃった。できれば顔見せて欲しいんだけど……


 握った手だけがきゅうきゅう苦しそうに悶えてる。


(なんだろ……? トイレ行きたい、とか? 俺の考えすぎだった? でも、最近桐崎の方こそ元気ないように見えるんだよな……)


「ひょっとして……俺には言えないこと?」


「え――」


 おずおずと問いかけると、桐崎が固まる。


「何かあれば言って欲しいな?俺、一応彼氏だし?それとも、まだ信用できない?」


 そうだとしたら、ちょっと寂しいな。


 俺、こう見えて中学では優秀なセッターだったんだぜ?

 セッターっていうのは、バレーだと司令塔っていうか、なんていうか。どの人がボール欲しがってて、どんなトスをあげて欲しいのかを判断するやつ。『人の気持ちがわかるからこそ、そういったポジションが向いてるんじゃないか?』って兄貴に言われたときは嬉しかった。


 だから、桐崎の気持ちだってちゃんとわかってるつもりだったのに。ここ数か月はなんかもやもやしててよくわからないんだ。


 できれば、話して欲しい。


 俺には、そういう『人の気持ちを暴きたがる』悪い癖がある。


「ねぇ? 言ってくれなきゃわからないよ」


(ああ、ダメだ。こんなことを自分から言った時点で俺の負け)


 そういう気持ちを察せなくて、無理矢理聞き出すなんて。

 でも、何故だろう? どうしても知りたい。

 桐崎が隠すから余計に? それとも、俺は桐崎に惹かれているのか?

 まさか、桐崎は俺の『運命』の――


「な、なんでもないよ! 最近夜暑くて眠れなくて、そのせいかな? エ、エアコンつければいいって話だよね! ごめんね、心配させちゃって。ほんと、なんでもないから……」


 なんで。どうして隠すんだ。


 俺、『もし元カレに未練があるなら気にせずそっち行っていいよ』って、最初に言ったよな?

 それに、桐崎はどう考えても俺のことが好き。それくらい、数か月も一緒に居れば嫌でもわかる。その好意が、本物なのか、偽物なのかくらい。


「……桐崎?」


 問いかけても、桐崎は顔を上げようとしない。


(好意を抱いているはずの、俺にも言えないこと……? 家族関係の悩みか? それとも――)


 うずうず。


「…………」


 ダメだ。どうしても、知りたい。

 何が桐崎にそんな顔させるのか。隠している理由はなんなのか。

 気になって気になってしょうがない!


「ねぇ、桐崎……俺のこと、好き?」


「え……?」


 驚いたように顔をあげる桐崎。さっきまでそわそわとしていたのに、今は道路で車に出会った猫みたいに微動だにせず固まっている。


「……どうなの?」


 答えは、知ってる。

 けど、念のため確認しないと。勝手に手を出して、桐崎に失礼になったらいけないから。


「それは……! その……!」


 桐崎はぎゅぅっと目を瞑る。一生懸命、言い出そうとしてくれてるんだ。

 抱えている『秘密』じゃない。『気持ち』の方を。

 ちなみに俺が知りたいのは――『秘密』の方だ。


(キスしたら……打ち明けてくれるかな?)


 その――『秘密』。


「桐崎……」


「と、友野君……?」


 うるうると、見上げる瞳。

 なんだかも物欲しげな、いつもより少し艶のある唇が目に入る。


(いつもよりメイクが大人っぽい気がする。桐崎はどっちかっていうと美人系より可愛い系なのに、今日は浴衣だから、ちょっと背伸びしてみたのかな?)


 誰のために? フツーに考えれば、俺のためだよな?

 その好意は素直に嬉しい。


(これはこれでイイけど、俺はいつもの桐崎の方が好きだな……)


 飾らないで、俺が何かする度にそわそわしながら反応してくれる桐崎が。

 けど。今日俺が知りたいのは、『そっち』のそわそわじゃなくて……


「…………」


 桐崎がキスして欲しそうな顔をするのは、前からずっとわかってた。

 でも、タイミングが掴めなくて。桐崎は強引なのはキライっぽいし、かといって自分からぐいぐい『ちょーだい』してくるような子じゃあない。


 俺は、桐崎にとってベストな関係が、いまだによくわかっていなかった。こんなにもやもやしたのは初めてで、早くソレをどうにかしたいという気持ちもある。


(キスしたら……わかるかな?)


 桐崎が――『運命の相手』なのかどうか。


「……ごめん」


(まだ答え、聞いてないけど……)


「え――」


 俺は、桐崎にキスをした。


 重なる唇から、戸惑う桐崎の息が零れる。


(あれ……?)


「ひょっとして……ハジメテだった?」


「~~っ!?」


 真っ赤になる桐崎。この顔は、俺じゃなくてもわかるだろ。図星だ。


(驚いたな……フツーに可愛いから、てっきり経験済かと。てゆーか、これってつまり……)


「桐崎、白紙だったの?」


「~~っ!? そ、そそ……! それはっ……!」


(あ~どうしよ。やっぱ俺、桐崎のことなんにもわかってなかったじゃん? 早まった。やらかした……)


 やっぱ、『知りたがる』のは悪い癖だ。


「なんかごめん……勝手にしちゃって……」


「~~っ!?」


「ハジメテなのに、嫌じゃなかったか?」


 謝罪の意を込めつつ問いかけると、桐崎はぶんぶんと首を横に振った。後頭部に纏め上げたふわふわアップがちぎれそうな勢いで。


「嫌じゃない! 嫌なわけ……ない!」


「そ、そう?」


「そう!!」


(なら、よかった……)


 胸を撫でおろしていると、桐崎は俺の浴衣の胸元をぎゅぅっと掴んで顔を上げる。

 そして――


「私……友野君のこと、好きだから……イヤなわけない」


 ちゃんと、好きって言ってくれた。


「そっか。ありがとう?」


「うん……」


「じゃあ、これからも……よろしくな?」


「うん……!」


 その瞬間。花火がパアッと夜空にあがる。


「「わぁあ……!」」


 空一面を彩る大花火。そして、花火に負けないくらいの笑顔。

 俺達はまた一つ、素敵な思い出を増やした。


(結局、『秘密』についてはわからなかったけど……今日はこの顔を見れたから、いいか)


 こうやって、俺は恋人と思い出を増やす。そして、その恋が本物なのか、偽物なのか。『俺の気持ち』はどこにあるのかを確かめるために。また桐崎とデートする。


 桐崎こそが、今まで知ることができなかった、『俺の気持ち』を教えてくれる『運命の相手』なんじゃないかと、期待に胸を膨らませながら。



『次もお互いがんばろう?』と、最後に手を取る、その日まで――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る