恋人がシャッフルされるこの世界で

南川 佐久

第1話 5人目のカノジョは超絶美少女


 俺には元カノが4人いる。しかし、キスできたことは一度もない。


 何故かって?そんなん、俺が聞きたいよ。

 というか、せめて別れる前にそれくらい聞いておけばよかった気がするんだよな。『俺のどこがダメだったの?』ってさ。

 そう、今になって思う。あとの祭りだけど。


「はぁ……」


 桜の満開な入学式。誰もが胸躍る新学期。クラス分けの結果にうきうきとしながら、まだ見ぬ級友への想いを巡らせる。

 だが、高一になる俺達のもっぱらの話題は新しい恋人についてだった。

 見慣れた顔と見慣れない顔が入り混じる教室で、俺は中学からの友人に声をかけられた。


「よぉーす、緩峰ゆるみね。同じ高校に受かったって聞いてたけど、まさかクラスまで一緒だったとはな?ひょっとして俺達、縁がある?つかさぁ、このクラス結構アタリじゃね?女子のレベル高いじゃん!あの中の誰かが今回の彼女ってことだろ?」


 にしし、とはにかみながら懐っこい笑顔を向けてくるのは中二、三でクラスが同じだった友野とものだ。友野はまだ人の来ていない前の座席に腰掛けると、おもむろに尋ねてきた。


「――で?元カノとはどこまでいった?」


「そりゃ勿論……」


 一瞬、言い淀む。


 にやり顔で聞いてくるってことは、友野はきっとAマルなんだろう。もしくはそれ以上。


 俺達の住む国には、ある法律があった。

 それは、『富国強精恋人斡旋法ふこくきょうせいこいびとあっせんほう』。


 この国では一生に6回、国からオフィシャル恋人(通称・オフコイ。またはオフカノ、オフカレ)を指定され、決められた期間を共に過ごすという法律があった。

 小一、小三、中一、中二、高一、高二までの第6ターム。

 タームの変化と共に恋人はシャッフルされる。それまで付き合っていた男女の意思に関係なく。一度決められたら、その間は定期的に専門機関にお互いの仲の良さ、進捗や成果を報告しなくてはならない。


 ある一定期間を経過しても思うような成果が上がらない者は、コミュニケーション能力に何かしらの問題がある『劣等生』と呼ばれ、国から課題が与えられるのだ。

それもこれも、我が国の少子化は全て、若者の生殖能力低下とコミュ力の低下が原因だという考えのもとにこの法律は生まれた。


 だから、俺には元カノが4人いる。しかし、キスできたことは一度もな――

 何回も言わせないでくれ!気にしてるんだから!


 ええと……つまり、俺はA課題未達成(Aバツ)の『劣等生』というわけだ。

 だってしょうがないだろ?女の子とキスするなんて、想像しただけで下半身が熱くなる。そんなんバレたらドン引きされて嫌われるに決まってるんだから。

 ちなみにBはボディタッチや恋人的なスキンシップで、Cはセッ……////

 だから!言わせんなよ!恥ずかしい!


 だが、目の前の友野のにやにや顔は、友野がAマルであることを物語っていた。初っ端から同級生に差をつけられて凹んでいる俺が返事しないでいると、察した友野は驚きに目を丸くした。


「えっ……緩峰、お前もしかしてAバツなの?」


 頼むから!そんな『うっそだろぉ?』みたいな顔しないで!いたたまれない心地になる!

 俺は視線を逸らした。そんな俺の気も知らず、大マジメに聞いてくる友野。


「それ……ヤバくね?」


「……知ってる」


 この春から高1となった俺は第5ターム。

 いよいよ国の子作り政策も本格化し、劣等生には課題が課されるのだ。

 実際、入学案内と共に俺の元に届いたのは、一枚の封書だった。


 『緩峰さん、高校進学おめでとうございます。しかし、この春から第5タームを迎えるにも関わらずA項目未達成である貴方には課題が与えられます。

 高校の一学期が終わるまでにA項目をクリアすること。相手はどなたでも構いませんが、提出された報告書に記載のあるお相手に事実確認を行いますので、虚偽の報告は行わないように。もしクリアできなかった場合は、更生施設(アビス)、もしくは特別生活区域(ユートピア)への転居を命じます』


 浮かない表情の俺に、友野は心底心配するような眼差しを向けた。


「お前、『劣等生』だったのか……でも、俺はお前のこと友達だと思ってるから、アビスには行って欲しくないな。俺にできることがあったら協力するから、元気出せよ!」


 そう言ってぽふぽふと肩を叩く友野の笑顔に、裏は無かった。友野は昔から面倒見のいい明るい奴だ。その友情に、思わずうるっとくる。


「友野……!」


「ちょ、その顔やめろよ。言っておくけど、いくらお前が友達でも、一緒にユートピアには行ってやらないからな?俺は女の子が好きなの!そこだけは勘違いするなよ?それ以外なら協力するからさ?」


「ありがとう……」


 その笑顔に励まされるような、心にグサグサくるような、なんとも言えない気持ちになっていると、担任の教師が入ってきた。髪の毛がもしゃっとした、三十代くらいの黒ぶち眼鏡の眠そうな男だ。


「HRはじめるぞ~席座れ~」


 最善席の陽キャっぽい女子が声をあげる。


「あれ?ひょっとして先生『もっちゃん』?お姉ちゃんが言ってた!『もっちゃん』ならアタリだよって!」


「アタリってどういう意味だよ?」


「ハイパーゆるい!」


「なんだその不名誉な評価は……いいから座れ~」


 がやがやとしていた教室が鎮まると、只ならぬ雰囲気を感じた一同が息を飲む。



 ――キタ……!



 この雰囲気は、中二の二学期以来か。

 そう。もっちゃんが手に持っているのは出席簿。

 その二枚目にあるのはおそらく……


 ――『第5ターム 恋人名簿』だ。


 国が第1から第4までの進捗報告書をもとに個人を精査し、カップルとして相性の良さそうな相手を指定するらしいのだが、つまりは、これから1年半恋人として付き合うことになる相手がこれから公表されることになるわけだ。


「じゃあ、お待ちかねの恋人発表から行くぞ。女子は教室から出ろ~。男子は待機で。目隠しを一本取って、後ろに回せ~」


 流石に五回目ともなれば、皆慣れたもの。言われた通りにぞろぞろと出ていく女子。男子はもっちゃんから目隠しを受け取って回していく。俺は内心で神に祈った。


 可愛い子可愛い子可愛い子!

 できれば色白でおっぱいの大きい可愛い子でお願いします!


 だって、もしかすると俺はその子を相手に一生懸命頑張ってA課題(キス)をクリアしないといけないわけだから。そんなん、可愛い子がいいに決まってる。

 ちなみに元カノ四人とその可能性は……今のところ無い。


 そんなことを考えていると、指示を受けた女子たちが教室に戻ってきた。それまでざわざわきゃあきゃあとしていた教室がシン……と鎮まり、なんとも言えない緊張が俺達を包む。目の前に感じる人の気配。ふわりと香るシャンプーのいい香り。


「全員配置についたな?じゃあ、男子は目隠し取れ~」


 祈りを込めた拳を解き、目隠しを取る。男女がご対面となった教室は一斉に大騒ぎ状態。未だにぎゅっと閉じたままのその目を開けたとき。


(え……)


 俺の目の前にいたのは、はちゃめちゃに可愛い美少女だった。


 白い肌に大きな瞳。透明感のある黒髪を肩までたらし、なにより……


 おっぱいが、大きい。


 ブレザーのボタンが少しきつそうな胸元。スカートから伸びる白い脚をもじもじとさせて、長い睫毛の奥から俺を覗き込む。


「……五樹いつき詩織しおり。よろしく……」


「…………」


「ちょ、返事くらいしてよ……嬉しいのか悲しいのか、わからないじゃない……」


「いや、その……緩峰ゆるみねあゆむです。これからよろしくお願いします……」


 そんな、定型文しか返せない。だって、俺の内心はそれどころじゃないから。


 マジマジマジ!?

 こんな美少女が一年半俺の彼女でいいの!?

 これは、劣等生である俺への贈り物!?国から『がんばれよ』のエール!?

 うそうそ!


 めっちゃ――嬉しい。


 思わず下が熱くなりそう。ヤバイヤバイ!


 感動ではわはわと焦るしかない俺の耳に、もっちゃんの声が届く。


「顔合わせ済んだら高一、高二は体育館で集会だからな~ほれ、早く移動移動~」


「じゃあ、またね」


「あ。うん……」


 五樹さんはそう呟くと、他の女子たちに続くように教室を出ていった。呆然とする俺の肩を、友野が叩く。


「緩峰!お前最高にアタリじゃん!マジ羨ま~!俺の彼女もそこそこアタリだけどさ、五樹には敵わないわ~」


「いや、女子は中身だろ……」


「そんなこと言って!顔めっちゃ緩んでんぞ?」


 照れ隠しは、失敗した。


「俺らも体育館行こうぜ?」


 友野に促され、確かめるように頬をむにむにしながら体育館に向かう。


(痛い……夢じゃない……!)


      ◇


 体育館の入り口に着くと、もっちゃんを先頭にクラスメイト達が一列に並んでいた。近づいていくと、五樹さんがちょいちょいと手招きする。


「こっちこっち。ほら、手――」


 差し出されたのは、綺麗で華奢な白い手。

 俺は手汗をズボンの裾で拭いてその手を握った。

 これからオフィシャル恋人と手を繋いで入場し、校長の挨拶と『斡旋員』からの話を聞くのだ。

 なんで手を繋ぐのかって?これも、国の方針。


 年に何回か、国直属の機関の人間である『斡旋員』の話を聞くときなど、『富国強精恋人斡旋法』に関わるイベントの際はその時の恋人と手を繋いで入場するのが習わしだ。とどのつまりは、『習慣として慣れておけ』ってことらしい。

 ぶっちゃけ年に数回のイベントで手を繋いだ程度で女に慣れろなんて、土台無理な話だ。意識しないでできたのは、小学校の低学年までだった。


 けど、完全に脈の無い女子はこの段階で接触面を最低限に抑えようと、指先をつまむとかそういう行動を仕掛けてくるので、五樹さんが俺のことを生理的に無理だと思っていないというのは何よりも嬉しいことだった。


(うわ、すべすべ……うっかり力を入れると潰れちゃいそう……)


 皆同様のことを考えているのか、入場するなりざわつく体育館。


(一緒に隣を歩くと歩幅が狭いな……なんか、可愛い……)


 さすがに高一ともなれば男子と女子の体格差は歴然だ。だが、前のタームであまり彼女と並んで歩くことが無かった俺にとっては、そんな些細なことすら新鮮に思えてしまう。


 今日から新しい恋人を手に入れた第5、第6タームの高一と高二。

 全員が配置につくのを確認し、白髪の校長が口を開いた。


「え~、皆さん。入学、進級おめでとうございます。わが校は国より支援を受けている、国内でも有数の進学校です。皆さんの今までの努力を讃えると共に、これからの頑張りに教師一同、期待しています。では、皆さんにはとても大切なお話がありますので、私の話はこれくらいにしましょう。しっかりと耳を傾けてください。『斡旋員』の方からのお話は、皆さんの将来に直結するお話ですので。では、よろしくお願いします」


 校長と入れ替わるようにして現れたのは、洒落たスーツをビシッと着こんだ若い女性だった。

 壇上に登ってマイクを握ると、金髪のポニテを揺らし、凛とした声で言い放つ。


「皆さん、ご入学及び進級おめでとうございます!私は国家特務機関『富国強精院ふこくきょうせいいん』より参りました『斡旋員キューピッド』のクリスタ・ショウレイと申します。この度この学校を担当することとなりましたので、以後お見知り置きお願いします」


 ざわざわ……


『え?外人さん?』

『キレーな人……』

『お見知り置きって……ヤバかったら呼び出されんだろ?でも、あの人にカウンセリングしてもらえるなら、アリかもな……』


「いいですか!我々の『恋人斡旋』は高校生までです!大学生になったら、あとは自由恋愛。今まで付き合った中で最も良いと思える人とよりを戻すのもいいですし、新しい恋を探してもいい。ですが、4年後の大学卒業までに結婚を約束する相手が出来なかった場合、将来的に皆さんが得られる補助金や年金の額には天地の差が開く。お分かりですか?」


 ざわざわ……!


「この国は今、未曽有の少子化に悩まされています。これはもはや国家転覆の危機と言っても差し支えない。ですから、我々は全力で若者の恋愛を支援します!」


 ざわざわ……


『要はがんばって子作りしてくださいって話だろ?マジ役得~。俺、この時代に生まれてよかった~♪』

『お前、そんなこと言ってっと更生施設アビス送りになるぞ?』

『は?アビスって、二十二歳以上の童貞と喪女が入る施設だろ?それかコミュ障劣等生』

『何言ってんだよ!最近お前みたいな無責任な考えの奴が多くて、父無し子の割合が増加してるって、社会問題になってるだろ?そういうモラルの無いやつもアビスに纏めて送られるんだよ!』

『うわ、マジか。喪女とか食う気になんね~……』


 俺は、耳を塞ぎたくなるような非常識な話に眉をしかめた。


(進学校にも、クズはいるみたいだな……裏口入学か?)


 俺はそういう心無い輩がイヤで頑張って勉強してここに入ったっていうのに……

 残念な気持ちになっていると、隣で五樹さんが同様に拳を握りしめていた。


(五樹さん……性格もいい子みたいだな。なんか、安心したよ)


 ふっと口元を緩ませていると、クリスタさんが語りだす。


「我々は恋愛を支援しますが、恋愛は強制されてするものではありません。一見矛盾しているように思える我々の政策ですが、中には異性に惹かれない、異性が怖いという方もいらっしゃいます。そんな方々には、同性婚の認可や性に縛られない自由な生活をお約束する特別生活区域ユートピアをご用意しておりますので、お気軽に『斡旋員キューピッド』にご相談ください」


 ざわざわ……


「パートナーからのDVなど、メンタルケアを必要とする場合は専用のフリーダイヤルから担当の『斡旋員キューピッド』をお呼び出しくださいね?皆さんの担当は、私です!クリスタ・ショウレイ!よろしくお願いします!」


 クリスタさんはババッ!と手を挙げると颯爽と金髪を靡かせて去っていった。

 生徒たちはその勢いに圧倒されたまま思い思いに教室に戻る。

 友野と教室に戻ろうとしていると、不意に、生徒の見送りをしていたクリスタさんとすれ違った。

 ふわっと耳に届く声。


『頑張ってください……私はいつでも貴方を見ていますからね、緩峰君……』


「――ッ!!」


 思わず振り返るが、そこにクリスタさんの姿は無かった。


「どうした?緩峰?」


 首を傾げる友野に、さっきの声は聞こえていなかったようだ。


(まさか……!)


 俺は、直感する。


 クリスタさんあのひとは、恋を斡旋する為に来たのではない――


 ――『劣等生おれ』を、監視しに来たんだ……!


(マズイ……!)


 ドキドキと、心臓がイヤな音を立てる。


 もし俺が一学期……夏休みが終わるまでにA課題をクリアできなかったら……



 ――更生施設アビス送りになる!!



 ドキ、ドキ、ドキ……


(できるのか……?俺に……?)


 俺は廊下の先を歩く五樹さんに目を向けた。


(あんな美少女と……キスを……?)


 ドキ、ドキ、ドキ……


(あと5か月以内に!?)


 俺の心臓は重たい音を立て続け、登校初日から過労死しそうな程に追い詰められたのだった。





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