第8話 メーガン妃の不満の正当性について

 英国王室のサセックス公爵夫妻(ヘンリー王子とメーガン妃)が、英王室と距離を置く、王族としての活動を停止する、黒人であるメーガン妃と夫妻の長男アーチ卿が人種差別を受けた、等々のことで揉めていますが、私はおおよそ次のように見ています。


①メーガン妃には郷に入りては郷に従えの精神が欠けていて、パーソナリティ上の問題がある。

②しかしそう言う「非常識」な人でなければヘンリー王子とは結婚しなかっただろう。現代女性にとっては結婚して王室に入ることは負担でしかなく、ウィリアム王子もヘンリー王子も結婚に至るまで、相手探しにかなりの苦労を強いられた。

ヘンリー王子は魅力的な男性で、メーガン妃以前に複数の女性と交際したが、相手が王室に入るのにしり込みをしたため、結婚には至らなかった。

③ヘンリー王子は王室の一員として当事者であるのだが、王室や称号のことについては深くは知らないようだ。メーガン妃も同じく。

④しかし一方で英国民や英国メディアの迎え入れ方、英王室のメンバーらも英国人であるので、英国人の常識が既に人種差別的であるので、当然、メーガン妃に対する人種差別的な態度、アーチ卿に対する人種差別的な発言はあったと推測される。

⑤表面的には従前の決まりを守っていると言う点では英王室の態度は問題ないのだが、特殊事項を考慮していないと言う点において、「従前の決まりを守っているだけ」と言うのは単なるタテマエ、言い訳に過ぎないと解釈されるべきで、実態は非人道的なおかつ差別的である。

⑥メーガン妃のパーソナリティの問題は、彼女に対する非人道的な態度を正当化しないし、同時に、差別的な扱いは彼女のパーソナリティの問題を希釈しない。


 私たち自身への扱いで言えば、昨年の秋頃、ロンドンでWHOが「日本の対応を評価する」とコメントした際、そこにいた英国人記者のひとりが「おいおい、日本はWHOをいくらで買収したんだい?」と冗談を飛ばしました。

 その極めて偏見と悪意に満ちている暴力的なコメントが、冗談として流されてしまい、誰も問題視しない土壌こそが、英国の「普通」が既に人種差別的である現れです。

 当然、メーガン妃への攻撃も、そうしたものだったでしょう。


 ヘンリー王子とメーガン妃は、自分たち家族への冷遇の一例として、夫妻の長男アーチ卿(ダンバートン伯爵)が、王子の称号を与えられなかったことを上げていました。


 それについては先日、著名な英王室/君主制研究家が twitter でその思い違いを指摘していました。


 英王室における王族の範囲、条件は以下の通りになっています。

①君主の子

②君主の息子の子

③皇太子の子

 これは「歴代の君主との距離」から規定されていて、王位継承順位は「現君主との距離」で規定されるので、王族が平民よりも王位継承順位が低いと言うことも生じます。

 女王の従姉妹に当たるアレクサンドラ王女(ケント公女)は、君主(ジョージ5世)の息子(ケント公ジョージ王子)の子ですので、王族ですが、王位継承順位は現在54位と低く、平民であるピーター・フィリップス(エリザベス2世女王の初孫でアン王女の長男)よりもはるかに低いです(フィリップス氏は現在王位継承順位16位)。


 それで言えば、アーチ卿は、「君主の息子の子の子」であり、「皇太子の子の子」であるので、王族の範囲から外れるわけです。もちろんチャールズ皇太子が即位すれば、立場が繰り上がるので、その時点で王族になります。


 その意味では、メーガン妃の不満は単に物を知らないだけだ、と言うことは可能ですが、実際には詳細を見て行けば、「それを言い訳にして意地悪をしている」と解釈もできます。


 王族の範囲規定を定めたのは、原形を18世紀にウィリアム3世が作り、20世紀にジョージ5世が正式化したとも言われるのですが、それから現在まで、「王位の順当な継承によって、非王族から王族に立場が変わると予想される者」は6名いました。

 うち5名については、君主が勅許を出して、特例としてその者たちを生まれた時点から王族とする、としています。


 エリザベス2世女王の長男チャールズ皇太子と長女アン王女は、それぞれ生まれた時点では外祖父のジョージ6世が存命であり、彼らは「君主の娘の子」でしたので、王族の範囲から外れていました。しかし事実上の王位継承者であったエリザベス王女の子、特にチャールズ皇太子は「将来の国王」と当然目されていましたので、そう言う直系の子が王族扱いされないのはさすがにまずかろうと言うことで、ジョージ6世が勅許を出して「エリザベス王女の子はすべて王族とする」と追加事項を定めました。

 その追加事項によって、チャールズ皇太子とアン王女は、生まれながらに王子/王女であったのです。

 

 ウィリアム王子の3人の子、ジョージ、シャーロット、ルイも似たようなものです。順当にいけばウィリアム王子は「次の次の国王」で、その長男であるジョージは「次の次の次の国王」になる見込みですが、彼らは「君主の息子の子の子」「皇太子の子の子」であるので、本来は出生時点では、王族たり得ません。けれどもこれについてもエリザベス2世が勅許を出し、「ウィリアム王子の子は王族とする」と追加事項を定めたので、彼らは生まれながらに王子/王女となったのです。


 つまり18世紀前半のウィリアム3世の時代から今日まで「順当に王位継承がんされれば非王族から王族に立場を変え得る者」は実際にはアーチ卿が初めての存在なのです。

 それ以前の同様の立場の5名については、あらかじめ勅許と言う救済措置が与えられているので、もし「そうした中途半端な立場の者にはあらかじめ救済措置を講じる」のがデフォルトと見なすのであれば、アーチ卿に対する処遇は間違いなく差別的なものです。


 もちろん、過去において救済措置を施された5名は、「親が君主になる可能性が高い」者たちであり、ヘンリー王子は君主になる可能性はほぼ無いのですから、そこで線を分けているとみなすことも可能です。


 それだけならば、メーガン妃の思い違いであると言うことも出来ますが、王族と言う身分が警備の厳重さとリンクしているかどうかがこの場合問われます。

 ウェセックス公爵夫妻が挙げている主要な問題は警備問題だからです。

 つまり、アーチ卿は、順当ならば将来王族となるように、実際には、エリザベス2世女王の男系の曾孫であり、皇太子の男系の孫であることから、王室直系にかなり近い存在で、それに伴う危険を背負わされています。

 にもかかわらず現時点で王族ではないからと言って警備が手薄になるようなことがあれば「義務だけを背負わされて、当然の保護が与えられていない虐待状態」にあるとみなすことが出来るでしょう。

 ウェセックス公爵夫妻の「王族からの離脱」意向は、この「義務や負担だけ課せられて、保護と権利が与えられないのは差別じゃないか」と言う認識から生じたものだと言えるでしょう。

 私もその措置は、ウィリアム3世の定めた王族範囲規定を表面上たてにとった悪意、いじめ、差別そのものであると思います。


 本質を捕らえずに、「メーガン妃は王族の範囲も知らない」と冷笑してそれでおしまいにしてしまう君主制研究家の態度は、私は非常に残念だと思います。

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