第13話 陞爵概念の日英の違い

なろう用語「陞爵(しょうしゃく)」とは?意味や使い方から反対語まで解説

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 こちらのページがたまたま目に着きました。こちらのページの解説は日本の華族制度のものとしては正しいです。

 華族令が発布してから、それ以後に陞爵した家、つまり爵位を向上させた家はかなりあります。

 明治維新の元勲はそうですね。

 伊藤博文は伯爵から侯爵に、侯爵から公爵に陞爵しています。大久保利通家や木戸孝允家は侯爵に叙されてから陞爵していませんので、まあ、長生きした者が優遇されたと言うことですね。

 徳川家は、宗家、慶喜家、水戸家の三家が公爵に列していますが、水戸家は烈公の功績と大日本史完成の功績を併せて侯爵から陞爵したものです。

 水戸家ほど凄惨な内部抗争が起きた大名家は他にないことを思えば(あれと較べると土佐勤皇党のテロと、粛清などは可愛いものです)、烈公の功績などと言われても、正直、鼻白む思いもあるのですが。


 西洋の事情は、イギリスを例に出しますが、また違います。イギリスでは陞爵はあり得ません。貴族家が創設される、爵位が授与されるにあたって、勅状(パテント)が下賜されます。勅状では、爵位、爵位名称、限嗣相続財産の設定、継承方法などの規定があり、これらは「変更不可」です。

 変更不可ですから、陞爵することはあり得ません。


 どれくらい「変更不可」なのかと言えば、ファイフ公爵家の融通の利かなさが例として挙げられます。

 第6代ファイフ伯爵アレキサンダー・ダフは、1889年に皇太子エドワードの長女ルイーズ王女と結婚しました。

 その際、ヴィクトリア女王から、初代第1期ファイフ公爵に叙されています。

 これは一見、呼び名が伯爵から公爵に変わったかのように見えますが、ファイフ伯爵位とファイフ公爵位は別の爵位です。陞爵したわけではありません。

 元々のファイフ伯爵位は、スコットランド貴族であり、こちらでは先述した通り、アレキサンダーは6代目になります。

 1885年、スコットランド貴族6代目ファイフ伯爵は、連合王国初代ファイフ伯爵に叙されています。

 どちらも名称は「ファイフ伯爵」ですが別の爵位です。別の爵位を1個人が兼任しているだけです。

 そしてルイーズ王女と結婚することになって、連合王国のファイフ公爵位を改めて与えられたわけです。

 つまり結婚の時点で、アレキサンダーは、スコットランドのファイフ伯爵、連合王国のファイフ伯爵、連合王国のファイフ公爵だったわけで、公爵になったからと言って伯爵の称号が消失したわけではありません。


 イギリス貴族の場合は、爵位の称号は断絶した場合を除けば、消失はしないのです。基本、「継がない」と言う選択も出来ません。襲爵は権利ではなく義務なのです。

 ただし20世紀になってから、下院議員が親の死によって爵位を継ぐ必要が生じて、政治的キャリアを失うことがあり(首相は下院議員でなければなりませんので)、次世代にスキップさせることは可能になっています。

 例外としては、爵位保持者が王に即位すれば、爵位は王位に統合されて消失する、と言うことがあります。先日、エリザベス2世女王の夫の(第3期)エディンバラ公爵フィリップが薨去しましたが、このエディンバラ公位は、長男であるチャールズ皇太子が第2代エディンバラ公爵として継承しています。しかしいずれチャールズ皇太子が即位すれば、王位に統合されて消失します。

 その際に、女王の三男であるウェセックス伯爵エドワード王子に改めて第4期エディンバラ公爵位が与えられる予定になっています。

 「エディンバラ公爵」の名を残したいと思ったフィリップ王子の意思によるものです。


 さてアレキサンダー・ダフの話ですが、ルイーズ王女との結婚で1889年に第1期ファイフ公爵に叙されたわけですが、夫妻の間には、娘しか生まれませんでした(正確に言えば男子も生まれたのですがすぐに夭折しています)。

 第1期ファイフ公爵位は「男系男子限定」の爵位でしたから、娘しかいなければそこで断絶です。しかしルイーズ王女をことのほかお気に入りだったヴィクトリア女王は、かなりのかたやぶりをします。

 1900年に第2期ファイフ公爵位を創設して、こちらは女系女子も継承可としました。

 その時点でアレキサンダーは2つのファイフ伯爵位と2つのファイフ公爵位を帯びていたわけです。それ以外にも爵位を兼務していました。


 一見、陞爵しているかのように見える貴族家としては、ウェストミンスター公爵家もそうですね。

 この家系は、グローヴナー準男爵→グローヴナー男爵→グローヴナー伯爵→ウェストミンスター侯爵→ウェストミンスター公爵と「最上位格の爵位」が変遷していますが、それらの爵位は消失したわけではなく、すべて現在もウェストミンスター公爵が兼務しています。


 イギリスでは爵位が上書きされて、「上る」わけではないのです。

 旧い爵位はそのままで、新規に上位の爵位が叙爵されるのです。

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ナーロッパを書くための、貴族制度の参考資料 本坊ゆう @hombo

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