エピローグ β(綿状降水帯――そして、この世のすべてがωになりますように!)
レオナちゃんとカナちゃんが、持てるおこづかいの限りを尽くしてクレーンゲームを遊んだ、その晩のこと。
そう、今やぬいぐるみタイムの深夜である。
人間たちが寝静まり、闇と無音が支配するリビングルームで、ボクらはもぞもぞ動き出す。
『人間に頼ってはいけない!』
『人間に動くところを見られてはいけない!』
『人間と話してはいけない!』
ぬいぐるみの
みんなを代表して、ウサギのミミが言う。
「ちょっと、コーハイ! 昨日の事件の話をもうちょっと聞かせてちょうだいな。ワタシたちだって、外で起きたことをよく知りたいのよ。特にレオナちゃんの活躍はね!」
「それは昨日の夜、もう十分話をしたじゃないスか……。あ、そんなことより、今日のクレーンゲームの話はどうスか? レオナちゃん、すごかったんすよ。なにせ、可愛いぬいぐるみには目もくれず――」
レオナちゃんとカナちゃんが巨大な『ダンゴムシ』みたいな形をした気味の悪いフィギュアをクレーンゲームでとるのに夢中だったことを、意気揚々とみんなに話そうとしたときだった。
ボクは、隣のリーバー先輩の表情がなんとも暗く、そんな話には興味がなさそうにしていることに気付いてしまったのである。
「どうしたんスか、先輩……。元気ないッスよ」
「うん? なんでもない。いいから、オレのことはほっといてくれ」
リーバー先輩は、ぽっそり、そう言い放つと、寂し気な背中をボクらに見せながら、いつものパパさんの書斎へと、四本の足でとぼとぼ歩いて行った。
追いかけようとする、ボクとギン。
それを、メメとカメが体で立ち塞がるようにして止めた。横にいるコーが、独特の言葉づかいで、ぽつりと言う。
「行くの、ヤメレ。おめーら、わからんのか? リーバーは、ああ見えて一番の寂しがり屋っしょ。レオナちゃんが明日帰っちゃうのが、悲しく悲しくて、しょーがねえんだべさ。ほっといてやれや」
その言葉は、その場にいるぬいぐるみ全員の
なぜなら――そう。
レオナちゃんが、飛行機に乗って、通学している大学のある場所へと明日には戻ってしまうことを、全員が思い出してしまったからである。
だが、そのことだけではボクの気は収まらなかった。
「レオナちゃんがまたいなくなるのが悲しいのは、先輩だけじゃないッス! それに今回の件では、先輩のせいでボクの口の周りに絵の具がついてしまって大変なんスから……。もう、今日という今日は、絶対に先輩に文句言ってやるッス!!」
ボクは仲間のみんなを振り切って、パパさんの書斎へと向かった。
口の周りに着いた絵の具は、レオナちゃんが家に帰ってきて一所懸命拭いてくれたおかげでだいぶきれいになったけど、今も口の周りがやたらに
パパさんの書斎に入ったボクは、もうすでにリーバー先輩が、書棚の上の方の、いつもの定位置でぺったりとうつ伏せの状態になっているのを見つけた。
「リーバー先輩! 今日という今日は、ひとこと言わせてもらうッス!」
しかし、リーバー先輩の垂れた茶色い耳に、ボクの声は届いていなかったようである。
身動きひとつ、しなかったのだ。
いや、よく見れば、悲しみに必死に耐えるように、わなわなと震えながら、両目から大量の涙を流していた。
人間の世界では地球温暖化とかで『線状降水帯』というのができて大雨が降り、大変な被害が出ていると聞くけれど、リーバー先輩のそれは、綿の
(仕方ない。今日のところは、勘弁してやるか)
ボクは、前足の肩をすくめて、もとのリビングへと引き返した。
すると、すでにみんなはどこかへ散らばってしまっていたあとだった。きっと、ボクがリーバー先輩にどやしつけられると思って、逃げてしまったんだろう。
(それならボクも、
ボクは、リビングテーブルの上へひょいひょい駆け上がると、カーテンの開いたままの窓から見える蒼いお月様がよく見える位置に腰を下ろした。
本当に、いい月だった。
心が落ち着いた。
口が自然と、
「この世のすべてがωになりますように!」
ボクは心の底から、そう思ったんだ。
リーバー特別編その1「すべてがωになる」 おしまい
ぬいぐるみ犬探偵 リーバーの冒険 鈴木りん @rin-suzuki
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