最終話 めでたしめでたし……?
携帯のアラームが鳴っている。止めようと手に取り、表示してある日付に動きを止めた。しばらく凝視する。部屋のカレンダーに目をやる。八月のままだった。
と、階段を荒く踏む音のあと、ドアが勢いよく開いた。
「勇樹、今日から学校――なんだ、起きてるじゃない」
母さんだ。腰に手を当て、ひたいにかかる髪を後ろになでつける。
「早く下りて食べな。パン、トースターに入れてるから、あとは自分でやってよ?」
「わかった」
制服に着替え下りると、テーブルにはマグカップが三つ置いてあった。コーヒーの香りがする。母さんが新聞を読んでいて、父さんがトースターの前に立っていた。
「勇樹、こげてるぞ」
「うん、出して」
「もうなんでもやってもらおうとする」
母さんがいう。
「甘えん坊」
「一人っ子、最高」
それから家族三人だけの朝食を食べ、家を出た。
ぽっかり胸が開いた感じがする。どこからか妹の声がするような気がして、どうしようもなかった。まだ夢の感覚が生々しく残っている。
駐輪場でナギサと会った。
「おはよう」
声をかけると、くるっと勢いよく振り向く。ぱちぱちと瞬きしている。
「おはよう」
視線が下がり、すぐ戻る。
「キビちゃん元気?」
「うん、もう話さないけど」
ちょっと黙り、
「モモ、覚えてるんだよね」
「覚えてる」
ナギサはうつむく。
「わたし」
「猿川が好きみたいだったな」
ナギサは目を細めた。
「キビちゃんがね」
「ああ」
「モモはさ」
「うん」
「呪いにかかってたんだね?」
「ごめん」
「何が?」
「全部」
「全部?」
「ごめん、本当にごめん」
「土下座する?」
「ここで?」
声がかすれると「冗談だよ」と笑う。
「まあ謝罪は受けますよ。家に来てキビちゃん立ち合いのもと、全力の土下座を見せてもらいます」
「わかった」
「あとまたデートしましょう。まだその気があるなら」
そっぽを向き、顔を赤くしている。小声で答えた。
「ある」
「そ」とつぶやくと、「お先に」とナギサは駆けていく。おれはゆっくり校舎に向かった。
教室に入るとナギサはクラスの女子の輪に混ざり会話に夢中になっていた。ふと、犬飼の席に目が行く。彼女の姿はなかった。席に座り、カバンから教科書を出していると携帯が鳴った。
表示は「結衣」になっていた。
「はい」
「あ、おれおれ」
「おれおれ詐欺」
「ばーか、猿川だっての。結衣の携帯からかけてんだ。気づいたか日付、戻ってるだろ? あの格闘の日々が消えてんのな。ところでお前、記憶あるよな?」
「あるよ。ナギサとも話したけど彼女も覚えてる」
「雉はいねーんだな?」
「いない」
一瞬の沈黙のあと、「猫は?」と聞いてくる。
「キビちゃんならいるよ、ナギサの家に」
「にゃーしかいわねー?」
「そりゃそうだろ」
「つまんね。ナギサんとこいんだよな」
「行く気かよ。おれも行く」
「おう案内してくれ。家わからんし。今日の放課後は?」
ぐいぐいくるな。
「それより、犬飼はどうしてる」
「ああ、そうそう。そのことで電話した」
猿川は少しだけ声を落とした。
「結衣、眠ってるんだ」
「眠る?」
「意識不明っていうの、どこも悪くないみてぇだけど起きなくて入院してる」
「そうなのか」
「どうなってんだか。今朝起きて結衣んち行ったらよ、おばさんが『結衣は入院してる』って。見舞いに来るかっていうから、ついてきたら――おう、今、病院にいんだけどよ。で、どうもあいつ山で遭難したらしくて。救助されたけど、それから起きねlんだと」
「山で遭難した?」
「たぶん祠に呪いをかけに行って迷った、てとこかな。わからん。とにかく、あいつは眠ってる。だから今のところ、また呪いをかける心配はないから安心していいぞ。目が覚めたらわからんけど」
「怖い冗談いうなよ」
「いや、やりかねんだろ、あいつ。まあ試しに起こしてやろうと耳元で叫んだけどさ、まあったく反応しねぇし、当分大丈夫じゃねえかな」
犬飼の呪いは成功した。そして、その呪いは解けたはずだ。犬飼が目覚めないのは、おれが彼女を退治した影響だろうか。
「桃田、おれさ、眠ってるあいつ見て思ったんだよ。おれらは結衣の夢の中にいたのかもなって」
「夢……、そうかもな」
「ま、想像だけどな」
「その、犬飼は、見舞いに行っても大丈夫なのかな」
「お前、よく会いに来ようと思うな。まさかとどめを刺しに」
「普通の見舞いだよ。いろいろあったけど、妹だったときは仲良かったし」
恋とか、そういう感情とはちがう、全く別のものだけど。
他愛のない会話やじゃれ合い、一緒にご飯を食べて、遊んで、追いかけっこして。
そうした瞬間、おれは心から楽しいと感じていた。
たとえおれのことを騙していたとしても、やっぱり妹だったときの彼女を憎む気持ちにない――彼女だったときの犬飼は憎んでるけど。
「甘いよ、そんなんだから、結衣に好かれるんだ。また餌食になるぞ、『モモ、やっぱり結衣が好きなのね』って」
裏声まで出す猿川に、「ひとりで行こうとは思ってない、猿川がいるときだって」とあわてて付け加える。
「お前が来た瞬間、がばって起きてよ。『ああモモ会いたかったわ』て襲ってくるかもしれないしな。冗談でなくあり得そうだから、マジで一人で来るなよ。あとナギサも連れてくるな。殺人事件に関わりたくねーんで」
「わかってるって」
通話の切ると、ちょうどチャイムが鳴った。ざわついていた教室が静まっていく。教室のドアが開き、担任と一人の生徒が入室してきた。
ざわっと波紋のように声が広がる。担任は「転校生だ」と黒板に名前を書く。
「雉島拓海くん。自己紹介、どうぞ」
さっとおどけたように移動する担任に笑いが起こる中、拓海はハキハキとした声であいさつする。
「雉島拓海です。好物はから揚げ。この夏、コンビニのお姉さんに告白して玉砕したんで、絶賛彼女募集中でっす」
斜め前に座るナギサと目が合う。口が動く。モモ。小さくうなずく。視線を前にやると、教室全体をながめていた拓海と視線がぶつかった。「あ」と声を上げる。
「わ、う、え、あっ」
ナギサにも気づいたらしく指をさしている。ナギサは素早くうつむき、周りでヤジのような声が上がる。
「やばいやばいやばい」
拓海はドタバタと近づいてきた。
「モモ、モモだよな。似てる、夢で会ったやつとそっくり」
担任が「おいおい」と手招く中、拓海は「まさか。いや、でも」と頭に手をやる。
「いや、夢で。ずっげえ長い夢を見ていて……でも、もしかして、もしかすっと?」
「そうかもな、拓海」
うおおおおお、と吠える。
教室中がぽかんとするのも気にせず、拓海はこぶしを突き上げる。
「幻想街のヒーロー、たくみん、参上!! 鬼退治は雉の活躍で無事、成功しました、めでたしめでたし。うほほぉぉいっ、夢じゃねー、おれは仲間を救ったんだ、ヒーローじゃん、カッケエ!!」
スキップして教室を回る姿を、頬杖をついて眺めていたのだが。
ふっと不安がよぎる。まさか、犬飼が化けてないよな。呪い、終わったんだよな?
ぞっとしていると、拓海はブイサインを向けてきた。
「モモ、最高の親友よ!!」
……犬飼だったら、どうしようか。
幻想街の鬼退治 竹神チエ @chokorabonbon
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