「さよなら 愛をこめて」と伝える愛について。

「紐 解くと さようなら」「毎日は嘘の積み重ね」に続く切り株ねむこさん三作目の小説、今回のテーマは「片想い」とのことでした。

 物語の始まりは「水沢凛子」という二十七歳の女性です。
 ショッピングモールの中に入っているスーパーの生活雑貨部門で働いていて、生花部門のアルバイトの男の子、奥田くんが気になっています。

 そんな水沢凛子には、酔って電話をかけて来る元恋人がいます。彼は別れを告げられたことに対する不満を水沢凛子に伝えます。
 水沢凛子は彼に対し、気持が冷めてしまった自分が悪いと感じており、それゆえに元恋人の言葉を受け繰り返し謝罪をします。

 このエピソードは最後まで読んで振り返ってみると、非常に興味深い内容となっています。
 どのような文脈かは割愛しますが、水沢凛子が終盤に愛の言葉として受け取るのが、

「好きじゃなくなったら手を離してあげるから」

 です。

 水沢凛子は好きじゃなくなっても手を離せてもらえなかった女性です。
 そして、彼女が恐れているのは自分の好きな気持ちが冷めてしまうことであり、それを「ずるい」と思っています。

 片想い、とは恋愛のはじまりに起こるものと世間一般では言われていますが、「真空パックのショートケーキ」を読んでみると、なるほど片想いは恋人になった後にも起こり得ます。
 それも頻繁に。

 お互いが好きだったのに、一人が「もう好きじゃない」と言ってしまうのですから、それは見方によっては「ずるい」のかも知れません。
 水沢凛子はそのずるさに耐えられないと思っているからこそ、「好きじゃなくなったら手を離してあげるから」に愛を感じてしまうんでしょう。
 
 本編に以下のような一文があります。

 ――守られない約束ほど悲しいものはないし、守れない約束ほど心苦しいこともない。
 
 人間は自分の中にある感情にこそ、押し潰されてしまう瞬間があるのでしょう。
 そんな水沢凛子に似た感情を持ったキャラクターが本編に登場します。

 田口というキャラクターで、いわゆる恋愛が分からないけれど、モテはして、女性と付き合いもする遊び人な男性です。

 切り株ねむこさんに指摘されたのですが、僕はこの田口というキャラクターが苦手でした。
 最後まで読んだら、好きになったんですよ、はい。
 お前の気持ち分かるぞーって。

 そんな田口のイメージソングがKing Gnuの「Vinyl」とのことでした。
 今、この文章を書いている間、リピート再生しているのですが、歌詞に興味深い一節があります。

「さよなら 愛をこめて」

 愛をこめて、さよならを告げられるのは、好きじゃなくなった方ではなく、まだ好きな方です。
 それは途方のない愛です。
 無償の愛とも言えるかも知れません。

 改めて考えてみると、水沢凛子「さよなら 愛をこめて」伝えることができない存在です。
 常に彼女は好きじゃなくなる方ですから、それを田口は分かっていたのでしょう。
 それ故に、無償の愛に近い「それ」を水沢凛子へと差し向けます。

 物語はそうして終わるのかと思えば、最後の最後に無償の愛を否定する存在が現れます。

 ――無償の愛?
 そんなの無い無い。

 水沢凛子を最も理解していたのは、実は最後に語り手となったあの子なのではないか。

 その様に提示して終わりたいと思います。
 長々と申し訳ありません。
 繰り返し読むことで、あらゆる発見のある作品だと思いますので、ぜひ。

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