きみにまた会えるための、すれ違う四つのお話。

 本作のあらすじには

「龍の伝説が残る町。籠根町。
 その町で主人公一ノ瀬十香が出会う一つのお話と、すれ違う四つのお話。 」

 とあります。
 籠根町を舞台に繰り広げられる優しく、甘酸っぱく、少し苦い四つのエピソード。
 全ての登場人物が愛おしく感じられる青春譚となっているのですが、最後まで読んだ印象としては、あらすじの中の「すれ違う四つのお話。」という部分が重要に思えました。

 ちなみに、本作のキャッチコピーは「龍の町が舞台の群像劇」です。すれ違う四つの話は独立したものはなく、あくまでゆるく繋がり、あらすじ通りに、すれ違っていきます。

 登場人物がすれ違っていく中で、一つの意思を持って進む存在がいます。一ノ瀬十香です。
 あらすじ通りなら、主人公はこの一ノ瀬十香になります。

 しかし、章タイトルを見ると、そこには一ノ瀬十香の名前はありません。彼女は主人公でありながら、視点人物としての役割を与えられていないのです。
 では、一ノ瀬十香はどのような役割を持っていたのか。

 それは「すれ違う四つのお話。」に意味を与え、過去に大切なものを失った少年少女へと返還し、美しく、優しい「夢」のような時間を作り出すことだったのではないか、と思います。

 少なくとも、終盤のあの美しい「夢」のような時間は一ノ瀬十香が籠根町を訪れなければ、あり得ないことでした。

 そして、そんなあり得ない「夢」のような時間を成立する為に、細かなキーワードや小道具が冒頭から随所にちりばめられています。
 この数々のキーワードや小道具が終盤、有機的に機能していきます。とくに花言葉が明かされる辺りは、上手いなぁと思わず声が出ました。

 また、タイトルにもなっている町に関する伝承なども丁寧に書かれていて、それ故に籠根町という場所でなければ本作は成立しなかったのだろう、という納得もさせてくれます。

 個人的に好きなキャラクターはラストで視点人物を務めた大平遼太郎で、彼のパートを読んでいると、「秒速5センチメートル」のキャッチコピー「どれほどの速さで生きれば、きみにまた会えるのか。」が頭に浮かんでいました。

 臆して、ためらって、弱い部分をちゃんと晒してしまう大平遼太郎が僕は大好きですし、それは他の登場人物も同様です。
 著者のてつひろさんは、そういう人間の柔らかく、触れられたくないような場所をそっと優しく掬い上げるのが、非常に上手い方だと思います。
 今後の作品にも期待しています。

 長々と失礼いたしました。

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