真空パックのショートケーキ
切り株ねむこ
#1 水沢凛子の恋
第1話
私はいつも醒めない夢を求めている。
温かいスープはいつか冷めるし、
氷はいつか溶ける。
その時その時を真空パックにして
ずっと変わらずにいられたらいいのに。
そんなことは出来ないと
分かっていても、
分かっていても、
探してしまう。
熱しては冷めての繰り返しの熱病をこの先もずっと続けるのだろうか。
バカみたいだ。
毎度そう思っているのに、本当にそう思うのに、
自分でコントロールは出来なくてまた火がついてしまうのだ。
私は誰かを好きになっても、誰かを本当の意味で愛せたことがない。
けれど、今また私の心の中の暗闇にあるロウソクに火が灯ろうとしていた。
「水沢ちゃん、良かったらこれお土産」
「わー。ありがとうございます。今回はどこに行ってきたんですか?」
「金沢。家族にせがまれちゃってさ」
「いいなぁ。家族旅行」
「水沢ちゃんもそろそろ27歳だっけ?結婚とか予定ないの?」
「あー。……はい。全く無いですね」
近頃年齢を言われる事に少しづつ敏感になってきているのかもしれない。私は笑顔で対応しつつも、チクリとした何かを感じていた。
私の職場は、ショッピングモールの中に入っているスーパーの生活雑貨部門だった。
そして、ここはその中にある事務所で、値段設定に商品入力、そしてPOP作りをしに色んな部署の人がやってくる。
例えば、精肉、鮮魚、青果、食品などなど。
そこで私は今、鮮魚部門の男性社員にお土産をもらった。その後もその人の楽しい家族旅行の話は続き、私は新商品の入力をしたくて、順番を待ちながらその話を聞いていた。
(その人が終わらないと私が出来ないのだ)
まるで、その人と2人だけの空間で話しているような場に、彼もいた。
小さな事務所の中で、全く会話に入らずパソコンに向かっているのは生花部門のアルバイトの男の子だった。
家族の事を粗方話し終えると鮮魚の社員は自分の持ち場へと帰って行った。
私は小さく溜息をついてから新商品を入力をした。
すると、小さな笑い声が聞こえた。
さっきまで存在を消していたアルバイトの男の子が笑っているのだ。
「え?何かおかしい?」
「いや、別に」
「気になる。何かあるなら言って?」
「何でもありません」
そう言うと、彼は事務所から出ていった。
彼と話したのはそれが初めてだった。
彼は奥田くんといって、3ヶ月前に生花のアルバイトとして入ってきた大学生だった。私の部門とはあまり接点が無い為、話した事はなかった。
ただ、彼の上司に当たる生花部門の女性社員、山口瑞希と私は同期だったので、彼の存在は聞いていた。
園芸学部に通う大学生で無口。たったそれだけの情報。ここには、その年頃のアルバイトは沢山いて彼はその中の1人に過ぎなかった。
「水沢さーん、新商品の事で営業さん見えてますよ」
「はーい、今行きます」
この声は、私のところのアルバイトの小川さんだった。
彼女も大学生なのだが、明るくて仕事もよく出来る。無口な男の子なんて来てしまったら、私はきっとどうしたら良いか分からないなと思い、明るい彼女に心の中で感謝をした。
雑貨を取り扱う営業さんとの話が終わると、小川さんが新しい商品を陳列しながら近付いてきた。
「事務所で奥田くんと何話してたんですか?」
「えぇ?何って、ほぼ話してないけど」
「なんか無口ってだけで、興味惹かれますよね。
男の子が花を扱う姿もいいですし」
私は小川さんの話を聞いて、ちょうどこの売り場から見えるところにある花屋をちらっと見てみた。
奥田くんはちょうど接客をしていて、花束を作っているところだった。
「確かに」
「わかりますか?凛子さんにも」
小川さんは22歳で私と5つ歳が離れているものの気が合うので、たまに一緒に飲みにも行く間柄だ。
だからか、職場の外では私のことを「凛子さん」と呼び、私は彼女を「るみちゃん」と呼ぶ。
「仕事中ですよ。小川さん 」
「あ!そうだった。すみません水沢さん 」
てへへと笑う彼女に私は小声で言った。
「るみちゃん、恋人いるでしょー!」
「見てるだけなら誰も責められませんよ 。ふふ」
確かに。
私はるみちゃんが他の場所へ行ってからも、しばらくこっそりと奥田くんを見ていたのだった。
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