第2話
その日、仕事が終わったのは夜10時を過ぎていた。閉店は夜8時でも、その後にもやることは沢山あるのだ。
私は「疲れたー」と思わず口から出るほどに、くたびれていた。
駅まで歩いて10分。そこから電車に乗って20分。
更にそこから15分の距離に私の住むワンルームのアパートはあった。
電車に乗り、最寄り駅に着き、自炊する気力も無かった私はコンビニに寄った。
缶ビールと適当にお菓子などを選んでいると、例の無口なアルバイトの奥田くんとバッタリ出くわした。
「あ…」
私は昼間のるみちゃんとの会話もあり、何となく気まずくて言葉に困っていると、彼は軽く会釈をしてお会計をサッと済ませて店を出ていった。
私は少し時間差を作る為にコンビニ内を少しぐるぐるしてから、お会計をして店を出た。
すると、店先に自転車を止めて彼が立っていた。
折角、時間差を作ったのに…。
「お家この辺なの?偶然だね〜」
私は多分、いや絶対に引き攣った顔をしていた。
「その顔」
「え?」
「その顔、昼間もしてました」
「昼間?」
そこで私は思い出した。
あぁ、事務所で笑っていたのは、この事だったのか…。
私はそれに気づくと顔が真っ赤になるのを感じた。そして恥ずかしさを隠すためにも、
「お疲れさま。じゃ!」
と言って、その場を立ち去った。
…つもりだった。
それなのに、彼は何故か私の横を自転車を押しながら一緒に歩いてきた。
「…まだ何か?」
私は早く逃げたいのに。
「いや、こっちの方向なんで」
「自転車乗らないの?」
「もう結構暗いです」
「え?」
確かにこの辺は街灯が少なく、いつも夜道は怖いと思っていた。テンパっていたせいで、その事を今日は何とも思っていなかった。
そして、そこでやっと私は冷静さを取り戻した。
ひょっとして……。
彼は優しさで隣を歩いてくれている?
私の考え過ぎだろうか。
「で、奥田くんの家はどの辺?」
「あれです」
指さした方向を見ると、そこは私の住むアパートだった。
「え?うそ?!同じアパート!?」
「たまに見かけてましたよ」
「声かけてくれたら良かったのに!!」
「大体、朝ダッシュしてるとこを見かけるんで」
…それは多分、朝私が電車の時間ぎりぎりに家を出て駅に向かっている時に違いなかった。
「君って人は…人の恥ずかしいところを見るのが趣味?」
「そっちが勝手に引き攣ったり、ドタバタしてるだけ」
それには何も言い返せなかった。
でも、そんな私を見て彼は笑っていた。
彼の笑ったところを見ると、まるで数年に1度しか咲かない花が、なんの前触れもなくパァっと咲いた様で、とても特別なものを見ることが出来た気分になった。
そんなことを思ったのは、生まれて初めてだった。
無口で花を扱う男子、おそるべし。
うつむくと、色素の薄い茶色い前髪が目にかかり、そこから覗く彼の目がたまにこちらを見るとドキッとした。
でも、こんなに年の差のある男の子にドキッとした自分が恥ずかしい。
私は、いつの間にか大人と呼ばれる歳になってしまったんだ…。
彼を見ていると、それを痛いほど感じた。
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