第3話

 彼の笑顔にドキッとした自分を心の中で責めているうちに、あっという間にアパートの前に着いていた。すると「じゃあ」と言って、彼は呆気なく行ってしまった。


 とりあえず悪い子では無さそうだという印象と、何か心に引っ掛かるつかえの様なものが、私の中には残った。けれど、そのつかえの正体が何なのかまでは分からなかった。


 それ以来、私は彼の事がよく目に付くようになっていた。


 彼は週4日バイトに来ていた。平日は2日間。夕方から閉店までシフトに入っていて、土日の2日間は開店から閉店まで1日働いていた。接客の時以外はほとんど話さず、休憩室でも1人端っこで本を読みながら菓子パンを食べている。


 その時私はというと、ほかの部門の人と適当に世間話をしながら、朝のバタバタの中で詰め込んだお弁当を食べていた。


 でも、視界の端には彼の姿が必ず入っていた。


 そんなある日の帰り、またもやコンビニで彼と出くわした。前回と同様にぺこっと会釈をしてきたので、私もそれに返すように会釈をした。


 何となく今度は、私の方が急いでお会計を済ませて早足に歩いた。彼を見ていることに、どこか気まずさを感じていたからかもしれない。


「水沢さん!」


 彼は自転車で私のところまで追いつき、そこからは自転車を押して歩いた。


「なんで逃げるんですか?」


「別に逃げてなんかいないよ」


「どう見たって不自然ですよ」


「気のせいじゃないかな?」


 そう言うと、彼は止まった。


「俺、何か嫌な事しました?」


「そんなんじゃ…なーんか特にお店で話もしないのに気まずいかな〜と思って。奥田くんってお店では全く話さないでしょ?」


「それは、一応仕事してるんで」


 そう言うと、彼が歩き始めたので、結局私の方が追いかける様にして横を歩いた。けれど、そこからは彼は何も話さなかった。


 そして、アパートの前に着くとまた「じゃあ」と言って、あっさりと行ってしまった。


 私は2階の角部屋に住んでいて、彼の部屋はその真下だった。それを知って以来、私はなるべーく足音を立てないようにして静かに暮らすようになった。

 

 何故こんなに彼を気にしてしまうのか、私には分からなかった。たまにクラスに馴染めない子がいて、それがやけに気にかかる。それに近いのだろうか。


 まぁ、何でもいいか。

 

 とりあえず明日は休みだし、今日はゆっくりビールでも飲んで夜更かししよう。そう思って何本か缶ビールを抱えて、ベッドの近くのテーブルに運ぼうとした時、缶を一気に落としてしまった。


 それはかなりの音だった。

 ヤバイヤバイヤバイ。


「下に微妙な知り合いが住んでるって…なんか疲れるなぁ」


 そう独り言を言って、缶を拾うとまた手から転がり落ちた。


 私は神経質そうな奥田くんを想像して、大きく溜息をついた。


「絶対に嫌な顔してるだろうなぁ〜」


 そう言いながら、床に敷いてあるラグマットの上に横たわってみた。そうすると下の部屋との繋がりを何となく感じられる様な気がした。


 下には奥田くんがいる。


 そのことが、私の心を少しだけざわつかせた。























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