お父さんの大きな傘

 僕は毎朝欠かさず天気予報を確認する。雨マークを確認する。今日は雨。


 そして僕は、雨の日は必ず傘を持たないで学校に行くのだ。



 * * *



「あーあ、やっぱり降り出しちゃったね。アツシくん、傘持ってきた?」


 学童保育の先生が、窓の外を見ながら僕に尋ねた。僕はふるふると首を振る。するとちょうど良く扉が開く音がして、僕のお父さんがやって来た。


「お父さん!」

「アツシ、遅くなってごめんな。先生方もすみません」

「いえいえ」


 僕はお父さんの所へすぐさま駆け出す。先生は僕の荷物を差し出しながらお父さんに笑いかけた。


「アツシくんまた傘忘れちゃったみたいで……」

「また? アツシ、しっかりしろよー」


 お父さんはそういいながらわしゃわしゃと僕の頭を撫でる。


「今日も私の傘にいれて行くので大丈夫です」

「そうですか。気をつけて帰ってくださいね。アツシくん、またね!」


 僕はお父さんにしがみつきながら、先生に手を振った。


 お父さんの傘に、僕とお父さんの二人。お父さんの傘は、渋い緑のおじさん傘だ。ずうっと前から、おんなじ傘を使ってる。お父さんの傘は大きいけれど、僕が入ると狭くって。お父さんは僕が濡れないよう傾けてくれるけど、やっぱり僕もたまに濡れるし、お父さんの肩はいつも少し濡れていた。

 僕は雨の日が好きだ。お仕事で忙しいお父さんに、いつもよりくっつける。

 ずっと雨が降ればいいのに。毎日雨が降れば、僕はお父さんを独り占めできるのに。


「次の雨の日はちゃんと傘持って行くんだぞ」

「……ウン」


 絶対持って行くもんか。僕は心の中でそう言った。



 * * *



 僕は雨の日が嫌いになった。

 僕を迎えにくる途中、雨で滑った車がお父さんにぶつかった。お父さんはそのまま救急車で運ばれて、帰ってこなかった。帰って来たのは、ボロボロになったカバンと、衝撃で遠くに飛ばされたお父さんの傘だけだった。

 その日はおばあちゃんが迎えに来た。僕はおばあちゃんに差し出された小さな傘を、自分でさして帰った。


 僕は雨の日が嫌いになった。


「……アツシくん、一人で帰れる?」


 僕はおばあちゃんに引き取られたから、学童に通う必要はなくなった。でも、今も学童の先生は僕を心配してくれる。僕はこくりと頷いて、傘を持って歩き出した。

 渋い緑のおじさん傘。玄関で開いて、僕は雨降る街に繰り出す。


 一人で歩く、同じ道。少しも濡れない、僕の肩。

 降り続く、梅雨の雨。少しも濡れない、僕の肩。


 お父さんの大きな傘は、僕のことなんかすっぽり隠してしまって。


「……っ、う、うぅ」


 僕は、雨の日が──。


「……お゛どうざぁぁーん! あ゛ぁぁぁあああ──」


 少しも濡れない、僕の頬は──みるみるうちにびしょびしょになった。僕は泣きながら、何度も何度もお父さんを呼ぶ。

 僕は雨の日が大好きだった。雨の日のお父さんの笑顔が、大好きだったんだ──。


 しとしとと降り続く雨の中。僕の涙は地面におちて、雨に紛れて消えてった。

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