あいす
暑さで体が溶けるんじゃないかと思う日が続く。そんな日は、必ず奴がやってくる。
「やるよ」
対になっているアイスの片方を差し出して、ただ一言。この間、真顔。あたしはどうしたらいいのか分からず、いつもそれをおずおずと受け取る。
「ありがと……」
そう言うと奴は、ふてぶてしくもあたしの隣に座るのだった。ちらりと横目で見ると、やはり真顔でアイスを食べている。この無愛想な男──健人は小学校からの幼なじみだ。高校に入学してからもこの関係は続いていて、たまにこうしてアイスをくれる。いや、別に頼んだわけでもないので、なぜくれるのかは分からない。
いつからだったろう……中学の頃だったかな。部活帰り、暑くてしょうがない日に、健人はいつもアイスを買っていた。あたしはいい子ちゃんだったから、“帰りに買い食いはいけません!”なんて先生の言葉を守っていたんだけど。最初は健人も棒のアイスを買っていたんだけど、いつからか2つ入ったアイスを買ってあたしに渡してくれるようになった。もしかして、物欲しそうな目してたのか? あたし。
一回、“そんな、くれなくていいよ”って言ってみたことがあった。しかし、“暑いから”というよく分からない理由を述べられ、結局買うことを止めなかった。もともと無口な奴だから、考えてることがさっぱり分かりません。
──シャリ。
アイスがゆっくり口の中で溶ける音。ひんやりとしたものがゆっくり体にしみ込んでいく。黙々とアイスを食べているので、蝉の声が大きく聞こえる。むせ返るような風が吹くたびに、風鈴が優しい音をたてた。
「……ねぇ、健人。何でいつもアイスくれるの?」
「……別に。一個余るし」
「一個入りの買えばいいじゃん」
「……」
健人は黙った。あれ、あたし変なこと言っちゃったかな? 真顔なので、まったく感情がつかめない。
蝉の声。風鈴。
ああ、うるさい。
「あげたいから、あげてるだけ」
突然健人が口を開く。小さな声だった。
「それに、何つーか。決意表明?」
「え? 何の?」
何だろう? 今日の健人は珍しくよく喋るなぁ。そう思っていると、健人はくわえていたアイスをそっと口から離した。そして──あたしを真っ直ぐ見た。その瞳に捕われて、あたしは身動きができない。
──むせ返る、風が。
「──……愛す、みたいな」
健人はそう言うと、すっと目線を外した。……何だ?
「アイスが、何?」
「……もういいよお前」
健人は口元を手で覆いながら、反対側を向いてしまった。意味が分からない。アイスが何なのよ?
健人は呼び掛けてもこちらを向いてくれない。アイスを食べたばかりだというのに、健人は耳まで赤かった。
雲一つない青空。きっとまた明日も暑いだろう。たまにはあたしがおごってやろうかな。
うだるような暑さの、そんな昼下がり。
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