幸せの味


 幸せって一体何なんだろう。こんな風に、朝早く起きて、着替えて、仕事に行って、くたびれて帰る。それは果たして、“幸せ”なんだろうか。そんな一日を何度も繰り返す私は、“幸せ”なんだろうか。



 * * *



 空が青い。澄み切った曇りのない空の下を、私は財布片手に歩く。ああ、日焼けしたらどうしよう。日焼け止め塗っとけば良かったかな。昼休み、お弁当を作るのが面倒だったから、今日は外でランチ。それとも、コンビニで済ませようか。仕事がまだたくさん残っているし……。

 そんなことを考えながら歩く昼時の街は、誰もがみんな忙しそうだ。すれ違う人は早歩きで、時計を気にして。他人を構っている暇なんかなくて。


──私も、そんな中の一人なんだけれど。

 道行く人、人、人、人、みんな他人。一人でランチはもう慣れた。

 たくさんの人、人、人、ほんのり湧く孤独感。何で私、こんな生活送っているんだろう。楽しかったあの頃が、より一層輝きを増す。


 親友だっていた──お互い仕事で、最近会わない。放課後は、寄り道したり、家で遊んだり。たまには喧嘩もしたけど、すぐ元に戻って。笑ってばかりだったあの頃の私は、今や上司への愛想笑いの日々だ。心に穴が開いているみたい。

 私はたくさんの人にのまれそうになりながら、ぼんやりと歩き続ける。


──遠くに見覚えのある人。

 私は思わずその人たちを見つめた。


「………………ぁ」


 違う。見覚えがあるのは、人じゃなくて服装だ。アイス片手に歩く女子高生四人の服──あれは私の母校の制服だ。すごく、懐かしい。彼女たちはそれぞれ違う色のアイスを時折口に含みながら楽しげに会話している。歩きながら食べながらおしゃべりしながら、笑っている。様々なことをしながら、笑っている。私と彼女たちの距離が近くなるにつれて、彼女達の会話が聞こえてくる。


「ちーちゃん、それ何味?」

「マンゴーだよ」

「一口ちょーだいっ!」

「いいよ♪」

「つか、あやこ服にアイスついてる」

「え、本当だ! あー、誰かティッシュ持ってない!?」

「あたし持ってるよ」

「ちょうだいっ」

「ほい」

「ありがとー!」

「あ、うち、あの店たっくんと入ったことある」

「ゆみっぽいなぁ」

「でしょ♪」

「ちょっと入ってみよっか?」

「うん!」


 すれ違って、私は思わず振り向いた。すれ違う瞬間に、懐かしい匂いが鼻を掠めた。四人の後ろ姿が、あの頃の私たちが、重なる──。


「あぁ…………」


 遠くなる。どんどん遠くなる。そして、わかった。あの日々はもう戻らないんだ。時はどんどん進んでいるんだ。

 それと、わかったこともう一つ。私はおもむろに携帯電話を取り出して、電話帳を探す。


──私は、遠くから見ていただけだった。

 長い間使っていなかった番号を押し、そっと耳をつけた。


──忙しいとか理由をつけて、手を伸ばそうともしなかった。

 プルルルル……、何度も音が繰り返される。


──本当は。

 彼女たちの笑顔に、隠されていた。アイスの香りが、思い出させてくれた。


《──もしもし?》

「あ、もしもし。久しぶり」

《美幸ぃー? 何、急にどしたの》

「特に用はないんだ。あのさ、今度仕事休みの日あったら、──一緒に、アイスでも食べ行かない?」


──本当は、こんなに近くに“幸せ”はあったんだ。


 たくさんの人、人、人、私は幸せ片手に大股で歩く。

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