いつもの、


 僕の試合の日は、いつも晴れだった。澄んだ青い空と、一点の白。高らかに響くバットの音。母の居ない観客席。

 それが僕のいつもの日曜日だ。



 * * *



 皆が手作りのお弁当を食べる中、僕はコンビニのおにぎりを食べる。もう、食べ飽きた味だった。


「……勇平君、ご飯一緒に食べる?」


 友達のお母さんが気遣ってくれる。でも、余計に悲しくなるから、いつも断った。僕が欲しいのは、そんなものじゃない。僕は一人のご飯を済ますと、ずっとバットを振っていた。

 野球は好き。すごく好き。母さんは嫌い。

 妹はもっと嫌い。あいつの体が弱いから、母さんはいつも来てくれない。

 僕はそんな考えを振り切りたくて、思い切りバットを振った。



 * * *



『遅くなります。温めて食べてね』


 ラップに包まれた料理の上に、紙が置いてある。僕は、拳をぎゅっと握り締めて、その紙を破いて捨てた。


──また病院にいるんだ。

 怒りの気持ちに震える僕と、あぁまたかって呆れている僕がいる。ほんの少し期待をして帰っても、扉の向こうに母さんはいつも居ない。


“お兄ちゃんなんだから、分かってね”


 分からないよ、僕には。分からない。オニイチャンだから、何なんだよ。


「ただいまー」


 突然扉が開いて、母さんが顔を出した。


「あれ、まだ食べてなかった? 今温め──」

「──……だよ」

「え?」


 母さんは不思議そうに聞き返す。感情が溢れてきて、止まらない。


「嫌いだよ! もうみんな嫌いだ! 母さん、優につきっきりで、いつも試合に来てくれない! 優なんか居なくなればいいんだ! 僕が試合で頑張ってる間、寝てるだけのくせに!」


 何だか涙も出てきた。泣かないって決めたのに。


「ホームラン決めても、見てくれない! 話も出来ない! 僕には野球しかないのに、優ばっかり!」

「──見てたよ」


 母さんは、静かに言った。ただ真直ぐに僕を見る母さんに、僕は言い返すことが出来なかった。


「勇平にはまだ言ってなかったけど……優の今度の病院、あんたのグラウンドの近くなんだよ」

「……!」

「“お兄ちゃん頑張ってるね。ごめんね”って、ずっと言ってた」


 僕は、呆然と母さんを見ていた。信じられなかったんだ。僕のこと、見てるなんて。二人は、ずっと背を向けていると思っていたから。


「……こっち」


 母さんは僕の腕をぐいと引っ張った。僕はなすがまま、母さんに連れられる。着いたのは、入らないようにしていた優の部屋だった。


「何だよっ……」

「いいから」


 母さんは僕の抵抗を気にもせず、その扉をゆっくり開けた。


──……っ!

 初めて入る妹の部屋は、女の子らしくて、でも少し薬の匂いがした。でも、僕が驚いたのはそこじゃない。たくさんあるぬいぐるみより、もっとたくさんの数のてるてる坊主。それぞれ違う表情で描かれたそれは、とても綺麗に飾られている。壁を覆うくらい、たくさんある。


「“明日はお兄ちゃんの試合なんだよ”って言うとね、“晴れると良いね、頑張ってほしいね”って、いつもてるてる坊主作るんだよ。病院じゃ飾れないから、あたしが持ち帰って飾ってたんだ」


──……いつも? 

 じゃあこれ、ずっと前から……? 白いベッドの上でてるてる坊主を作る優の姿が頭に浮かんだ。


──僕の試合の日はいつも晴れだった。

 晴れだったんだ。


「……っく、うあああああ!」


ああ、本当に、本当に背を向けていたのは──。



 * * *



 澄んだ青い空と、一点の白。高らかに響くバットの音。ポケットに入れたお守り代わりのてるてる坊主。前までは自分だけのものだったホームランも、今は違う。病室に向かってダブルピースして笑う。この試合が終わったら、すぐに会いに行こう。

 それが僕のこれからの日曜日。いつもの、日曜日。

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