くじらがはじけた

 アイスを買って帰ろう。そう言い出した彼にあたしはすぐに賛成した。

 日差しは燦々と降り注いでいるし、紫外線はジリジリとあたしの肌を焼いているだろうし、汗はじわじわと滲み出ている。

 コンビニに避難して、食べたいアイスを選ぶ。歩きながら食べることを考慮して、二人ともクーリッシュを選んだ。買い物が終わると早速蓋を開けて、コンビニのゴミ箱にイン。口に咥えるけど、まだ固いそれはあたしの口には届いてくれなかった。


「あ、くじらぐも」


 不意に彼が呟いた。意味がわからず彼を見る。彼もクーリッシュを口に咥えながら歩いていたけど、その目は上のほう──空に浮かぶ真っ白な雲を見つめていた。悔しいくらい真っ青な空に浮かぶその雲は、やっぱり悔しいくらい真っ白で。なんだっけ、あれ。積乱雲? 


「なにそれ」


 積乱雲を眺めたところで答えは出ないので、素直に彼に尋ねることにする。彼はまだアイスを咥えてたところだったので、「ん、」とだけ言ってまた雲を指差した。


「だから、雲がなんだっての」

「あれ、やらなかった? 昔。国語で、くじらぐも」

「知らない」

「まじか」


 彼が指差した雲をよくよく見ると、なるほどくじらに見えないこともない。でも、“くじらぐも”というものには全く覚えがない。彼はあたしの返事を聞いて「地域によるんかなぁ」などとぼやいている。


「くじらの形の雲が子供たち乗せて空を泳ぐんだよ」

「ふうん、ありがち」

「夢ねぇな。俺昔好きだったんだけど、あの話」


 意外だ。そんなメルヘンチックなお話が好きだったとは。信じられなくて、ちょっとだけ彼を睨む。その視線に気づいたのか、彼は苦笑した。


「なんだよ、その顔」

「意外だったから」

「ひでぇな。でもさ、昔やらなかった? 雲の形を何かに例えたり」

「昔からくだらないことばっかりやってたんだね」

「意外に盛り上がるぜ?」


 あたしに貶されたことなど気にもしない。そういうところが好きなんだけど、まぁ今言う必要はないから言わない。


「ほら、あれなんかは……ハンバーグ」

「ただの丸じゃん」

「あれとかは……ソーセージ」

「細長いだけじゃん」

「あれはおにぎりだな」

「三角なだけじゃん……ていうか、さっきから食い物ばっかじゃん。バカなの?」


 けたけたと彼が笑う。本当、くだらないことばっかりしてるなぁ。


「あ」

「?」


 彼が少し驚いたように声をあげたので、あたしもつられて足を止める。何事かと彼の様子を窺うと、彼はやっぱり上を眺めている。


「くじらがはじけた」


 はぁ? と思って指差したほうを見ると、さっきの“くじらぐも”が形を崩している。大きな雲はいくつかに分裂していて、その姿はもう“くじら”とは言えまい。


「はじけた、はおかしいでしょ」

「……そう?」


 いやでも、分散してるわけだからはじけたでもおかしくないのかな。でも、破裂したわけでもないんだしやっぱり違う気もする。はじけた、以外に何かうまい言葉はないかな。えーと……。

 なんて、あたしが変に真面目に考えている間に、アイスはいい感じに溶けてきているし、彼は先に歩いていってるし。まったく、勝手だ。あたしはそれに怒ったふりをしながら、早足で彼に追いつく。彼は平謝りをしながら、あたしの頭を撫でるのだ。


 くじらがはじけた日曜日。

 今日はせっかくだから、ソーセージ付きのハンバーグでも作ってやろうかな、なんて。

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