大人になるということ
「花火なんて小学校以来だよ」
缶ビールを煽りながら彼は言った。そうだね、と返事をしながら私も花火と一緒にコンビニで買った缶チューハイを飲む。キンキンに冷えていたはずのそれは、外の熱気で少しぬるくなってしまっている。結露した水滴のせいで手が濡れた。
彼はサラリーマンをしているので1週間ほど休みがあったが、アパレルショップで働く私は、盆休みと言え三連休しか取れなかった。あまりにも呆気なく、短かった盆休みが今日終わる。明日からはまた、彼はスーツを着て取引先にヘコヘコするし、私は店の服で武装して甲高い声でお客を呼び込むのだ。
ライターで、花火に火をつける。しばらくしてから火がついたそれは、ぱちぱちと音を立てながら、色んな色の炎を吐き出した。
「おぉ」
小さな声で言った。なにせ、騒ぐと近所迷惑になるから。彼が私の花火から火を貰い、2本目をつけて隣に並んだ。チラリ、と顔を覗く。花火に照らされた見慣れた顔。朝剃ったはずの髭がうっすら伸びている。
あっという間に私の花火が終わった。こんなに短かったっけ、と思いながら次の花火に火をつける。小さなパックの花火だったから、全部やりきるのに時間はかからなそうだった。もしかしたら、チューハイ飲みきる方が早いかも、なんて思った。
* * *
やっぱりすぐに花火は尽きて、もう最後の線香花火の袋を開けた。四本しか入っていない。二本を彼が手渡してくれた。
「昔さ、どっちが最後まで残るか競争したよな」
「したねぇ」
「……する?」
「する意味ないでしょ」
彼の提案を無視して、自分の花火に火をつけた。ゆっくり、赤い玉になった線香花火の先は、ゆらゆらと小さな煙を上げて、そのうち火花を出し始めた。
「……キレイ」
だけど儚い。ますます勢いをつける火花を見ながら、どうかあと少しだけ、と願う。願い虚しく、線香花火はぽとりと落ちる。彼の一本目もすぐに落ちた。
「これで最後だね」
「そうだね」
二人でいっせいに花火に火をつけた。さっきと同じようにだんだん激しくなる火花を、私たちは声もなく見つめた。
少しだけ、私の花火の方が早く地面に落ちた。
「俺の勝ち」
そう言って彼は笑った。勝負なんてしてなかったけど、否定するのも馬鹿らしくて何も言わなかった。
「……終わったね」
花火が。私達の休みが。夏が。
何が、ともなく私が呟くと、彼はそうだね、と言った。残りの缶チューハイを一気に流し込む。
「……暑いから帰るか」
普通なら、ここでしばらく夏の夜を楽しむんだろうけど。あいにく明日から仕事だし、暑さには勝てない年にもなってきたし。
「そうだね」
クーラーのきいた家に帰ろう。燃えカスが入ったバケツと空き缶を持って、私たちは帰路に着く。
「……ところでさぁ」
「ん?」
「花火のゴミってどう処理するんだろ」
「……確かに」
「昔は親がやってくれてたもんねぇ」
「まぁ、俺達も大人になったってことだねぇ」
花火ではしゃがないし、後片付けのことも考えなきゃいけない。一ヶ月も休みもらえないし、明日も仕事だからさっさとお風呂入って寝ないといけない。楽しい事ばかりではないし、たまに昔が懐かしくなることもあるけど。
愛しい人と共に流れる時間があって、一緒に帰る家がある。
大人になるって、きっとそういうことだ。
てのひらの夏 天乃 彗 @sui_so_saku
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