最終話~きみは帰る場所~【後編】
水平線に沈む夕日に伸ばす手がないと気付いた。
瓦礫から這い出て再び海上ヘリポート。
黒セルリアンの頃の本能がそうさせるのか。
目前の海に入れない代わりに。
拳銃を握った右手の代わりに。
伸ばそうとした左腕の先はなかった。
「あァ……、そう言えば誘導用に捨てたんでしタ。」
地下で生き残りに追われた結果の自切。
命の限りを尽くした戦いと呼ぶには無様な足掻き。
不思議と黒かばんはイヤではなかった。
キンシコウと同じ左の深手と思えば。
「――お前の手下じゃないんだな、私に嗾けた一眼共。」
でもすぐに興醒めした。
分かっていたことでも実際に声を聞くとでは。
振り返ればヒグマがイヤでも生きていた。
左腕から滴るロウを嗅いでか今更なことを言いつつ。
「そうりゃぁそうですヨ、僕に海のサンドスター・ロウ……。いえあのマジムン曰く正しくはセルリウムでしたカ、を従わせられるとでモ? ……あぁ全くイヤに成りまス、こんな言葉一つ取ってモ。」
「何がだ。」
「自分が井の中の蛙だと思い知らされるみたいデ、でもそれが今の僕なんですヨ。ヒトのフレンズは広いパークを見せてあげると言いましたガ、僕にはこの世界はあまりにも広過ぎるんでス。なのに貴女達と来たら【本能的】に手を取り合えない、自分達とは異なる【本能】だけでかつての僕と重ねて危険視した。そんな相手に誰が心を開くト――。」
「知るか。今のお前がどうであれどう取り繕うが、かばんの偽物であることから逃げられない。」
「……生憎ですが今の僕にとっての昔とハ、今度ゆっくり話しましょうってキンシコウさんと約束した自分だけでス。そんな記憶、本当に憶えてないんですかラ。」
そんな都合のいい理屈が通用するのは仲間内だけ。
いやその相手にさえ伝わってたか怪しい所。
現実は迫るヒグマに撃ち込んだ直撃コースの銃弾が。
頭蓋骨で逸れ気付けば圧し倒されていた。
「最期に言い残すことは?」
米噛みから流れる血を拭うなんて隙も見せない。
彼女の最期通牒に泣くことはない。
「それを聞いてなんの意味があるんでス、――僕も貴女もここで食われるんですかラ。」
何を、と同時に水飛沫が高く上がる。
折角の反応を掻き消す程の轟音。
彼女のいい顔が頂けたのでよしとする。
見えずとも分かる醜悪。
海中から浮上したそれは無数の目でこちらを覗く。
船を模した超大型セルリアン。
「なんだ、こいつ……。」
「先日の異変の元凶ですヨ、浸水したホテルに捨てておいた左腕のセルリウムを嗅ぎ付けてくれたようで何よリ。」
「お前、まさか――!」
もう遅い、それは空気を揺らした。
可聴音をひび割らす超音波。
情報としてただ処理するセルリアン感覚でこれなら。
さぞ耳が頼りの彼女には致命的だろうに。
それでも離そうとしない。
セルリウムの塊である自分を奴に与える位なら。
「その前に僕を壊しますカ、自分も食われようとしてる状況デ……。いいですヨ、貴女が消えてくれるならなんだっテ!」
振り下ろされる熊手がスローモーションみたいに。
だから考える時間は充分あった。
――正しいと証明したかった。
自分達が【本能的】に感じたこと望んだこと。
ここから連れ出してと泣いた日々。
獣として助けに来てくれたあの日。
それを歪める権利はけものにもヒトにもないのだと。
だからこれでいい。
もう世界に振り回されずに済む……。
間際に迫った今際の際を黒かばんは受け入れた。
「――その子に手を出すことは許しませんよ、ヒグマさん。」
その声はすぐそこからだった。
熊手がへし折られるとの同時に。
超音波も消えて、形ない波をも断ったというのか。
瞬く間に自分達と船の間に割り込んだそれは。
「その声、まさか。」
棒を片手に佇んでいた。
「キンシコウ……、なのか? どうして。」
「タワーからひとっ跳びして来ました。」
ヒグマの驚きを余所に呆気らかんと。
背を向けたままただキンシコウは伝えた。
「ちょっと待っててくださいね、黒かばんさん。――今すぐこのセルリアンを倒しますから。」
右の掌に如意棒を乗せて掲げた。
と思った次の瞬間膨れ上がる。
上へ々へ支える身体より見る々る船より大きく。
天を衝く海の重りを彼女は振り下ろした。
「――、」
超大型セルリアンが浮上した以上の水飛沫と轟音。
あとには跡形もなく成っていた。
船の亡骸はおろか海さえも一直線。
水平線の彼方まで割られて海底が露わに。
「……。」
物理法則を無視した光景の連続に衝撃。
誰もが付いて行けず力が抜けていた。
「キンシコウ、さン……。」
名前を呼んだ彼女はもうビーストではない。
それでも彼女の【本能】が自分を助けたのなら。
「嬉しいでス、本当の自分を僕との繋がりを思い出してくれテ。だから今度は離れたりしませン、貴女が望むのならずっと一緒ニ――。」
そうやって呼び留めようとした。
キンシコウは海を拓いた道にジャンプ。
「キンシコウさン……? 何処ニ、行くんですカ。」
「孫悟空として為すべきことを。キョウシュウへ助けに行かなければいけない相手がいます、こんなくだらない我が儘で失われていい命等ないのですから。」
彼女が歩み出す、合わせて海が閉じ始める。
堰き留めていた水が溢れるように自分の心も溢れた。
「くだらなくなんてなイ! 世界に虐げられ続けた僕達ノ、他人を犠牲にしてでも叶えたい【本能】なんダ。だかラ……、待っテ。行かないデッ、お母さン――!」
一瞬足を留めたように見えた。
そう信じたかっただけかもしれない。
道は閉じてあとはヘリポートに二人だけ。
海が凪いでいた、泣き虫を邪魔する物はなかった。
自分がして来たことは正しかったのだろうか。
少なくとも図書館を燃やされずに済んだ。
その偽装死の代わりに地下室で偽装してる訳だが。
そうまで逃がす必要について。
かばんは考える。
きっと間違いだった。
胸の内の発光はタワーと盗聴して以降途絶えた。
結末を確かめるだけの猶予もなかった。
「――ありがとうございます、あの子の我が儘にここまで付き合ってくれて。だからもういいんですよ、貴女の人生を生きて。」
それは暗闇の中、光と共に。
いや光その物として現れた。
彼女はそっと手を宛て輝きを分け与える。
消費された手足が元の成長した姿の物へ戻っていく。
引き換えに星砂で顕現してた彼女が透けてって。
消えるまでの束の間ふと思い出したように。
「訊いてもいいですか、どうしてあの時私を島の外に?」
初めて誰かに明かす。
自分のして来た全部否定するとしても。
「……分からなく成ってしまったんです、もう一人の僕が望んだ【本能】の姿で助けに来た貴女を見て。僕のやり方じゃあの子の心を開けなかった、だから――。」
どちらが正しかったのか……。
確かめたかった答えは終ぞ微笑むだけで。
それこそが答えだったのだろうと。
また一人、また二人に戻った地下室で思う。
「――かばん、ちゃんなの?」
見回りに来た博士が黒かばんでないと気付き呼ぶ。
今の彼女が知る自分はこの姿だけだったから。
「うん私だよ、サーバル。」
答えてすぐ彼女に抱き締められる。
「何処行ってたの、心配したんだよ。」
「ごめんね、昔の友達に会ってたんだ。」
そうあやしながら思う所がない訳じゃない。
黒かばんは何処に行ったとか。
長として確認するべきこと、自分は責められない。
自分が彼女を博士に長に仕立てた。
島から離れようとしなかった自分の我が儘に。
付き合わせるのは今日でお仕舞いにしよう。
「ねぇサーバル、私ヒトを探しに行こうと思う。このパークにいるかどうか分からないけど、それでも私自身が広い世界を見に行くべきだったんだ。だからもしよかったら待っててくれないかな、何万年経っても君の元に帰るから。」
遅く成ってしまったけど。
旅の続きは待ってくれてるから。
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