第9話

 「ん――、ぷは。」


 息継ぎのように彼は息を吐いた。

 無理もない、一瞬でも本物の黒で外と遮られては。


 「な、なんなのカンザシさん。電話を切ったと思ったら、いきなり僕にマントを被せて来たりして。その前に“テツダってくれ”とか言ってたのも一体……。」


 戸惑って言葉も詰まるだろう。

 マントによる暗転、そして文字通りの場面転換。

 そこは既にコンビニではなかった。

 森の中とは程遠い拓けた人工の大地。


 「え、どういうこと……? だってさっきまで。」

 「イリュージョンというヤツだ。アムールトラのテをカりたが、オマエのすぐソバだったとはいえ、まさかハッシャジョウまでイッパツでトべるとは。ヒトにとってサーカスは、シュンカンイドウぐらいオテノモノだったワケか。」


 説明に成っていない、けれど。

 彼もあれに目を奪われている。

 発射台跡からロケットの軌跡を描くように。

 成層圏まで伸びる虹色のタワー。


 「何、あれ?」

 「ワレワレがサンドスタータワーとヨんでいるモノ、ヒトのロケットをサイゴまでオいカけたセルリアンのナキガラだ。」

 「……なんで僕をここに連れて来たの?」

 「フネでアムールトラにしたようにヨんでくれればいい。イマあのタワーのチョウジョウにいるアイツ、キンシコウを。」

 「キンシコウ?」

 「あぁそうイえばシらないんだったか、オマエをジャングルでタスけたソンゴクウもどきのナマエだ。そしてワレワレのドウルイでもある。」


 あっさりとバラしてしまう。

 そうでもしないと物語は進んでくれない。


 「まぁそのカオをミるにサッしはツいてたようだが、ギモンではないのか? ビーストならシャベれるのはナゼとか、マジムンならジャングルのミンナがオボえてるのはオカしいとか。」

 「……本来この時代にいるフレンズじゃないって言ってたから、それに僕が目覚める前パークで孫悟空のことを知らないヒトはいなかった気がするから。」

 「だろうな、セイテンタイセイ。ヒトがワレワレにアタえたイメージとはヒにナらない、モジドオりカミサマにまでノボりツめたソンザイだからな。」

 「だから僕が言いたいのは、キンシコウさんはそれを望んでるの?」


 自分に向けられる視線の意味に今更気付く。

 咎めるように投げられていると。


 「その、オコってる……? セツメイもなしにツれてキたのはワルいとオモってるが。」

 「そりゃぁそうだけどそうじゃなくて、キンシコウさんが言ってたじゃん……。自分がいなく成ることを望む相手がいたらって、僕に。」

 「あんなのをマにウけてるのか、ビーストかマジムンかジブンでキめることをオマエにホウりナげただけだ。」

 「だったら尚更僕がいい加減に関わっていいことじゃない、僕にはカンザシさんが焦ってるように見える。教えてよ、これじゃぁ納得出来ないっ。」


 怒られて当然だった、でも悪いとは思わない。

 ヒトに見て貰えてる証だから。


 「そうだな、アセってたかもしれない。“アレをタスけてやってくれ”、カタカケがそこまでカタイれしてるとはオモわなかったから。」

 「電話の相手……?」

 「あぁ、それからタスけるアイテはオマエとはベツのヒトでもある。」

 「ヒトって、だったら今すぐにでも。」

 「ムリだ、オマエだけではトウテイ。そしてヒトグいグマからセルリアンのアレをタスけるようなヤツは、タワーにいるアイツぐらいだった。」


 流石の彼もセルリアンと聞かされ言葉に詰まる。

 でもわざとらしい過去形に引っ掛かる。


 「だった? そもそもその、セルリアンさんの危機だって言うならなんでキンシコウさんはタワーにいるの?」

 「そういうことだ、ビーストのアムールトラとアイマミえたアイツはナニもイわずヒトリをエラんだ。カタカケはフタリをオヤコのようだとイってたが、ホンノウはそうではなかったらしい。」

 「……。」

 「ヒトとケモノ、ケッキョクはトモにいられないウンメイなのだろうか。アタシやオマエもそうだ、ヒトのカラダでオナじコトバをツカってるだけで、ミてるセカイはチガうのではないか。」


 そんなことは、そう彼なら言うと分かった。

 でも諦めざるを得ないと。

 タワー頂上より降りて来るそれを見れば。

 それは8tの重さを伴って垂直落下したのだから。


 「っ……、今度は何――、」


 爆発的衝突音に再びタワーに振り返った彼は。

 アスファルトをクレーターに抉り立つ棒を目にする。


 「あれってキンシコウさんの、でもあんな重そうには……。」

 「13500キン、デンセツにあるトオりならむしろダトウなオモさだ。イマまではただノビるだけのレプリカだったが、ホンモノのニョイキンコボウにチカヅきつつあるとミた。」

 「僕がここに来た影響で、持てなく成って落としたってこと?」

 「ならアイツジシンもソンゴクウのカイリキをエているハズだ、スてたがタダしいのだろう。ジャマでしかないのだから、ヒトをタスけるホンノウなどフレンズではないワレワレには。」

 「……分かんないよ、そんなの。」


 彼は言う。

 子供の呟きのように駄々を捏ねるように。

 でもこれが分かり合えなくても分かろうとした結果。

 彼の憧れた孫悟空は何処にもいなかったのだ。


 「いいやワかれ、それがアイツのコタえだ。」

 「だから、分かんないってば……。」

 「オマエ……。」

 「だってそれは、――カンザシさんの答えじゃん。」


 え、と今度は自分が言う番だった。

 彼は既に踏み出していた。

 呆気に取られる自分とは対照、対象迷うことなく。

 サンドスタータワーの方へ。


 「マて、ドコにイくつもりだ?」

 「何処って見て分からない?」

 「どうしてまた?」

 「僕はまだキンシコウさんと話してないから。」


 分かる、言ってることは。

 でも今まで話してた内容と結び付かない行動で。


 「セットクしてどうにかナるとでも?」

 「説得なんて考えてないよ、ただ僕はもう一度話したいんだ。きっとキンシコウさんも望んでる、如意棒を落としたのだって上まで来させる為に決まってる。」

 「それこそオマエのコタえではないのか、キョゼツでないとなぜイえる? もうメイワクをカけまいとアイツなりのケジメならば、チカヅいてキズツくのはオマエだけではないのだぞ!」

 「だったら尚更言わなくちゃっ、そんなんじゃ伝わんないって!」


 棒の前で彼は足を留める。

 目指す頂きを見据えて。


 「カンザシさん、僕は今怒ってるんだ。いきなりこんな状況に連れて来られて、訳も分からず選ばされたことに。」

 「……。」

 「でも僕が一番怒ってるのは、一方的に言うだけ言ってさ勝手に納得してるキンシコウさんに。だからこんな風に“誤解”されてもしょうがないんだって、でないと届かないと思うから。」


 彼は両手でそれをしっかり掴み言った。


 「――伸びろ。」


 空高く――。

 気付けば彼は地上にはいなかった。

 ただただ自分は圧倒されていた。

 あまりの分からず屋に向こう見ずっぷり。

 だからこそ紛れもなく。

 二千年我々が待ち望んだヒトの子だった。


 「――トドかない、とはな。フツウはワかってもらえるかキにするだろうに、それともそれでカマわないということか。」


 自分に代わり誰かが語り出す。

 他でもないいつの間にか隣にいた。

 驚かないのはいつものことだったから。

 そう、やっと戻って来た。


 「……カタカケは、アタシにナニかイうことがあるとオモう。」

 「タシかにここをカンザシにマカせ、ヒトのセルリアンとコウドウをトモにしといてイうにコトく。だがヒトならダレでもいいワケではない、アレはクロジマンするアイテにチョウドよくてだな。」

 「じゃなくて。」

 「だからありがとう、ワタシのワガママにコタえてくれて。」

 「ん……、ベツにカタカケのタノみだから。」


 言おうとしてたことは手を握られただけで出ない。

 その手から震えが伝わったから。


 「ホントウのことをイうと、コワくてしょうがない。」

 「アレがいなくナることが?」

 「ヒトはヒトでもビーストのアりカタをヨしとする……、ミズカらのソンザイイギをトおうとしてナサけないハナシだ。ワタシはニげミチをホッした、マジムンとしてヒトにチカヅくことがカナわずともイバショがノコるよう。」


 空高くタワーよりも遥か。

 昼間の月を横切るISS、そこに彼らがいる。


 「セルリアンではあそこはおろか、ロケットにすらオいツけなかった。けれどテンとチをツナぎうる、ソンゴクウのニョイキンコボウならあるいは。」


 ヒトの許しがなければ得られない力だからこそ。


 「ビーストはヒトをキズツけ、しかしチカヅけたとてマジムンにナるのみ……。ドコまでもヒトのキモチにコタえられないばかりで、フレンズとはヨべないワレワレがウまれたイミはあるのか。」

 「それでもアタシタチはノゾむ、ヒトとトモにいてもいいのだと。」


 優しくしてくれたヒトがいた。

 獣としてしか振る舞えなかった頃の我々を。

 ビーストの記憶、だからマジムンは誇る。

 【獣】の本能たる本物の黒を。


 「――オマエタチはワスれてしまうだろう。」


 それは歌だった。


 「トモにスごしたヒビとアタシのことを……。」


 空に消えていく幾筋の軌跡。


 「ワタシはワスれない。」


 フレンズが語り継ぐあの日の光景。


 「オマエタチのコエ、ヌクモリ、エガオ……。そのヤサしくジュンスイなココロ。」


 それはビーストだろうと。


 「どれホドのトキがタっても……。」


 あれから二千年経とうと。


 「オマエタチがスベてをワスれてしまおうと……。」


 彼らがいなく成ろうと関係ない。


 「ワレワレはケッしてワスれない。」


 失われることのない繋がり。


 「ホントウに、ありがとう。」


 そう信じて。


 「いつかまた、きっとワタシタチはデアえるから……。」


 待っている、舞っている。


 「イマは、さよなら……。」


 我々は眺めていた。

 あの日の軌跡を描く如意棒を、一筋涙を流して。

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