第5話

 黒かばんが気付いてなかったとは思えない。

 フレンズとしてのキンシコウを思い出したばかりで。

 状況を呑み込めてなかった自分に対し。

 そんな自分をこの広いパークから探し出した以上。


 「……フレンズの命の限りを尽くした輝きが見たい、なんですよね。」


 彼女がなんのつまりかは分からない。

 けれど今もそれが見たいが為に。

 その為のビーストとしての自分な筈で。

 だけど見せるだけなら今の自分でも叶えられる。


 「ごめんなさい。」


 誰に対してかと言えば名前を知らないから言えない。

 件の少年はあのあとカラカルとは無事合流し。

 近くの研究所だったと思われる建物にて。

 夜遅くまで梟二人のもてなしを受けていた。

 その様子をヒト知れず見届け。

 これから自分は彼が一番見たくないことをする。


 「……。」


 ヒトっ気もフレンズっ気も消えた平野。

 静寂に返ったケの月夜を破る。


 「すぅ――、エェェェェェェェェエエッ!」


 聞こえたとしたらヒトの耳は奇声と捉えるだろう。

 だが獣には分かる明確な因縁だ。

 付けた相手は決まってる。

 昼振りと成るビーストは不機嫌に唸っていた。


 「グュルル……。」


 それでもまだ衝突は避けられる。

 無論喧嘩を売っておいて今更そんな真似はしない。


 「さぁビーストさん、お互いに命を掛けた見世物をしましょう。」


 昔の自分を知る相手が見たらどう思うか。

 或いはさぞ高笑うだろうことを言ったが序の口。


 「どうしたんですか、フレンズの成り損ないが一丁前に仲よしごっこですか。生憎私はハンターです、貴女みたいな害獣を駆除するのが仕事なんです。」


 それでも襲って来ない。

 だから逆鱗に触れてでも狂れさせる。


 「貴女が襲わないのでしたら仕方ありません、――あの少年を殺すことに成りますがそれでよろしいんですネッ?」

 「――、」


 全身のけものプラズムが逆立つのが見えた。


 「……羨ましい。」


 そんな一途を見せられては軽蔑するしかない。

 彼を助け黒かばんと距離を置く口実にした自分を。


 「才ッォォオオオオオオ才ンッツツ!」


 低い叫びを引っ提げ彼女が迫る。

 如意棒は伸ばせない。

 正面切ってでは見切られるうえに。

 得物がロクに振り回せない無用の“長”物に下がる。

 だから元々のリーチを活かした近接戦に賭ける。

 が、その程度の優位は勝負の何一つ覆せなかった。


 「くっ……。」


 一方的な防戦だった。

 肉薄の距離で繰り出される四肢の連打。

 防ぐのでやっとを一撃々々が重く。

 痺れを堪えやっとの思いで側頭に打ち返すが。


 「……。」


 当たったにも関わらず微動だにしない頭。

 これでは勝負に成らない。

 それでも攻撃は留まる所を知らない。

 その時振り上げられた拳が月明かりに輝く。


 「っ――。」


 とっさに横っ飛びして正解だった。

 棒を見る、遅れた片端が切断されていた。


 「グュルル……。」


 片や彼女は爪を研ぎようやく熱が入った様子。


 「あれで全開じゃなかったと言うんですか……。」


 こっちはもう息も切れそうだと言うのに。

 だからってキレた所であれの怒りには及ばない。

 許してくれたのは愚痴一つ分の休止。

 再び迫り来る彼女を。

 なんとかいなしてすんでで避けて、退く。

 ――フリして杖のように如意棒に体重を掛け。

 そのままバネのように縮ませた瞬間、跳ぶ。

 彼女の頭上を越え捉える。


 「取った――!」


 今度は痺れも最小限。

 これを逃せば次はないと持てる力を込めて。

 後頭部に振るった得物は見事に防がれる。

 ……完全に不意を突いたそれでも敵わないという。

 圧倒的力、スピード、反射神経。

 ハンターとして培った技術もヒトの影響以てしても。


 「はぁ、はぁ。」


 この獣は立っている。

 頭上を越える跳ね+攻撃を弾かれた反作用で。

 丁度最初の位置、同じ距離で向かい合うが。

 彼女が大きく見えてしょうがない。


 「ふふっ、リカオンもこんな気持ちだったんでしょうか……。」


 野生暴走のヒグマと戦った後輩と重ね見る。

 でも今の自分は誰かを助ける為でも。

 助けてくれる仲間もいない戦いに興じて。

 ……同じじゃない、この感情は一人ぼっちだ。


 「……あぁ、そっか。」


 ビーストが迫って来る。

 自分は左手を地面に付け向かい打つ。


 「だから貴女は泣くしかなかったんですね……、黒かばんさん。」


 数回打ち合うのが限界だった。

 得物に狙いを定めた彼女の大振りを防げる訳もなく。

 弾き飛ばされ空っぽに成る右手。

 獲物に反撃を許さず確実に仕留める狩り。

 だからガラ空きな腹部に左手を宛てがう。

 ――予め拾っといた切断された如意棒の片端を手に。


 「伸びロ。」


 零距離から一直線、彼女を彼方に持っていく。

 柔らかい部位にそれだけの加速が意味すること。

 在って然るべき破裂の感触は。

 内臓に達する寸前先端を掴まれ抑え込まれていた。

 在り得ない……、それこそ。

 獣の【本能】が為せる業(わざ)だとでも言うのか。


 「才ッォォオオオオオオ才ンッツツ!」


 加えて咥えた歯を肺を灰色の全細胞を奮わせ。

 如意棒を相手に腕一本で留めてみせる。

 行き場を失った加速はだから反対に掛かるが道理。

 持ち主の左の掌を抉りそのまま肘まで到達した。


 「!? ぁ、あ、あ、あー、っぁぁああああああア――?」


 痛みに叫ぼうとなんて悠長な喉は生憎。

 距離を詰めた彼女に噛み千切られて黙らされる。

 あぁ、死んだ。

 しかも左腕から長過ぎる棒を生やす恰好で。

 どうでもいいことを考える。

 もっとちゃんと考えてたことがあった気がするのに。


 「――。」


 倒れた自分を見下ろすビーストは捕食者の目。

 綺麗からも綺麗事からも程遠い最期で思い出す。

 これが自然だった、と。

 ――パーン。

 どういうことか銃声が聞こえた。

 走馬灯にしては味気ない。

 事実これから食事というタイミングで。

 彼女がまるで獲物を横取りされたように。

 だから食べずに済んで? 都合よく去る訳もない。

 だとしたら一人しかいない。

 振り向く、月明かりのもと銃を下げ佇む黒かばんは。

 どうしてか泣いてるように見えた。

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