第4話

 本当の自分とはなんだろう。

 彼女から言わせればそれはビースト。

 「獣」の本能、それもその筈。

 自分の「けもの」の本能と思って来た友愛が。

 ヒトの刷り込みでしかなかったなら。

 フレンズと名乗る資格はなくて。

 それでも彼女に言われたことをするような。

 そんな自分じゃないと、そう信じていた。


 「――ねぇ。」


 声がする。

 キンシコウに呼び掛ける少年の物。

 その度に頭にヨギる自分は。

 小さい黒かばんの相手をする物で。

 ――だから自分は違うと信じた。

 ……アイデンティティと裏腹に声を張り上げられる。


 「ねぇってば! 留まってってば!」


 ハッとさせられて意識した現実は。

 彼の手を引いて何処へ行くつもり?


 「あ……。」


 状況が追い付かずとも不味いことをした気持ち。

 したことに変わりないのに言い訳のように口走る。


 「こ、これはそのっ――。」

 「助けてくれてありがとう……。でも早く戻らないと、カラカル達があの子にっ。」

 「……へ?」


 何を言われるかと思いきや思いもしないお礼。

 なんのことか一瞬、でも続いた言葉で全部思い出す。

 ――ジャングルの中、彼らが遊んでる最中。

 降って来た獣と飛び込んだ自分。


 「だ、大丈夫です。ビーストはわざわざ強い相手を襲ったりしません、むしろ不用意にこちらから近付いて刺激させる方が却って危険です。」

 「……あの子のことを知ってるの?」

 「ま、まぁそれなりにはですけど……。」


 足を留めてくれた目差しは知りたがってた。

 子供らしく、思わず目を逸らしたく成る。


 「あくまで私が知ってるのは彼女のことではなく、彼女がビーストと呼ばれるフレンズに成れなかった獣、ということだけです。ヒトの姿をしてもフレンズのように話したり遊ぶことは叶いません、彼女達が生きている世界は野生のそれだから。」

 「どうして、そんなことが……。」

 「理由は分かりません。けれどセルリアンとは違いますから、適切な距離を取るのがお互いに傷付けずに一番でしょう……。」


 元ビーストと言っても言えることはそれ位。

 記憶にないんだから。

 けれど他人事で片付けられもせず。

 決心の付かないまま勢いで来て。


 「でもあの子から僕の前に現れたよ。」

 「あ……。ま、まぁあちらから近付いた時はえぇ、と。」


 すぐ気付きそうな矛盾にマトモに返せない始末。


 「それに、あの時僕達を助けてくれた。」

 「……へ?」


 だけどあの時? にはマヌケた声が裏返る。

 だって彼を初めて見てからずっとあとを付けてたが。

 ――殺さないにしろ無視出来る相手ではなく。

 ビーストとはジャングルが初の筈……。


 「もしかしてサバンナでモノレール? という乗り物に乗ってた際のぱっかーんですか。」

 「え、どうしてそのことを知ってるの?」

 「っ……、いやその。そう、サバンナの知り合いに聞いたということで。」

 「もしかして僕を連れて来るようにって頼まれたあの二人の仲間?」

 「ち、違います。私は――。」


 訝しまれて慌ててまた取り繕う。

 いや本心を言おうとして何も出なかった。

 彼にどう成って欲しい?

 自分は何に成るつもり?


 「あ、でもさっき助けてくれたのは本当だし別にいっか。ありがとうね。」

 「あ、ん……。」

 「……ねぇ、もしよかったらなんだけど。さっきやったの見てみたい、駄目かな?」


 思い出す、ジャングルにビーストが現れた場面。

 木々の影から彼らを覗き見ていた自分は。

 あの瞬間理解していた。

 これが伸ばせることに。


 「わぁ……!」


 だって自分の相棒は如意棒なのだから当然。


 「凄いや……。」


 こうして見せて喜ばれてるのに喜べない自分がいる。

 この伸縮自在を以てして為せる距離からの突きで。

 ビーストの不意を突きその隙に彼を奪取……。

 それこそハンターとしてこれ以上ない対応。

 なればこそ自分は影響されてる。

 進化でも人智でも説明付かない力の源は。


 「助けに来てくれたあの時とってもカッコよかった、まるで昔読み聞かせて貰った西遊記の……。」


 彼を意識する度により深く深層心理まで?

 きっとビーストが助けたっていうのも。


 「ねぇ、もしかして君は。」


 違う、その先を口にしないで。

 でないと自分が、――確定してしまうから。


 「――実は私、貴女に問うことがあってここまで追って来たんです。」

 「え、……と。何?」

 「……もし、自分がいなく成ることを望む相手がいたとしたら、貴女はどうしますか?」


 そんなことを突然言われて答えられる筈もない。

 それでいい、自分も答えを出せてないし。

 手を汚す覚悟も出来ない自分は。

 彼に委ねる形で立ち去る。


 「今すぐ出す必要はありません、きっとそのことに直面する時がいつか来るでしょうから。」

 「待って! まだ僕の名前言ってない、君の名前も。」

 「いいんです、私はこの時代に本来いるフレンズじゃないですから。」


 名前なんて知ってどうする。

 見知らぬ場所、見知らぬフレンズ達。

 ここは自分の知ってるジャパリパークじゃない。

 もしかしたら黒い彼女の嘘と期待するも。

 今までいなかった彼の存在が否定する。

 一人に成ってだから呟くのは。


 「どうすれば私は貴女の期待に応えられますか、黒かばんさん。」


 寄る辺へ、自分を知るただ一人。

 でもここにはあのビーストがいる。

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