第3話
ゆらゆら、ゆらゆら。
揺られる船の上。
ユラユラ、ユラユラ。
揺らめくオーラ。
『――エェエ。』
猿は鳴いていた。
泣く々く、無く啼く。
黒砂糖を返してと。
力も言葉もない獣に出来る。
【本能】のママに。
……そんな夢現つから醒めたのはいつのこと?
「……寒い。」
だったらこんな所で寝るなでしょうが。
キンシコウとして登らずにはいられない。
「にしてもここは幾らなんでも高過ぎるような……。」
向こうに見える反り立つ岩山。
……既視感を憶えるのはアジアンだからか。
それと同等、けれど見たこともない。
巨大で岩で出来た枯れ木のような場所。
……ここに来るまでの経緯を思い出せなかった。
それに棒だけでなく頭の輪っかも冷たくて。
「一体全体、何が起こって――。」
「認知が戻ったみたいですネ、キンシコウさン。」
追い付けずにいた頭に追い討ちを掛ける声は。
むしろこの状況に納得いく相手からで。
「……黒かばんさん。」
名前の彼女は何故なら。
かばんと同じ背丈にまで戻っていたから。
「そう身構えられるとショックですヨ、別に僕は貴女に何かするつもりはこれっぽっちもないんですかラ。」
「目が醒めてこんな所にいたら、誰だって戸惑うと思いますが。」
「おヤ、この姿には驚いてくれないんですカ?」
「う……、まぁ実はそうなんじゃないかと疑ってましたし。」
「黒い本性を隠してるト? 安心してくださイ、今も昔も僕であることには変わりませんのデ。約束しましたでショ、今度ゆっくり話しましょうっテ。」
「そ、そうは言いましたけど。でも私なんかと何を話すんです?」
「黒い嵐の異変から貴女の身体に起こったことについテ、とか興味ありませン?」
ないとは言えなかった。
でなきゃ彼女と話すこともなかったから。
「……やはり貴女の仕業、という訳だったんですか。」
「結果的に言えばそう成りますガ、変異サンドスター・ロウを浴びた中でも貴女にしか見られないことですかラ。どうぞ棒を置いてくださイ、その方が楽でしょウ?」
半信半疑で一拍置くも得物を置く。
ハンター失格な姿はけれど毛皮の温みを思い出す。
「そういう貴女はかばんさんと同じ恰好ですけど寒くは。」
「ヒトの姿を形盗ってるだけデ、ヒトの感覚も併せ持つフレンズとは違いますってバ。でもそれを言うなら貴女もなんですヨ、キンシコウさン。」
「私が、なんです……?」
「だって本当の貴女ハ、ビーストなんですかラ。」
言われたことが理解出来なかった。
言葉を知らない訳じゃない。
フレンズに成れなかった獣、なら。
こうして話す自分はなんだというのか。
「言ってしまうとこんな高層に無意識で登ったことも含メ、一度野生暴走こと覚醒を経験したことによリ、抑え付けられてた【本能】が刺激された結果。で凡て説明が付くんでス。」
「ま、待ってください。確かにあれ以来山に籠るように成ったと自分でも意識してますが、だとしたらこの違和感はどういうことです? この相棒は私の、獣としての一部の筈。」
「それが本来のキンシコウに由来する物ではなク、ヒトの認識により刷り込まれた物だからですヨ。」
今度の言葉は知らない物だった。
けれど変わらず存在を揺らしに掛かって。
「別にそのこと自体は珍しい訳ではありませけどネ、ヒトの認識も反映するあたりサンドスターとは実にアバウトな物でス。ただキンシコウというフレンズに関してはその意匠が特に強かっタ、伝説の孫悟空そのモデル。喩え嘘であってもヒトがいなく成ってモ、ビーストとして産まれた【本能】を覆いそのような姿に貶める程ニ。」
忌々しく、けれどすぐ愉しげに語る。
「だけど貴女は思い出しましタ、ヒトが与えた枷に拒絶感を憶えたことこそ貴女が【本能】に生きる側の証。戸惑うことはありませン、フレンズの皆さんや貴女自身が否定しようとも僕だけは受け入れてあげますかラ。」
そう笑って彼女は〆た。
「――ありがとうございます、黒かばんさん。教えてくださって。」
だから、自分もお返しと口にした。
正直反応に困ることだけど言ってくれたから。
「ふム、それは肯定と受け取っていいんでしょうカ。」
「いえ、弱音を言えば自分のことと言われても呑み込めずにいます。」
「本音ではなク?」
「これは私の弱さです、自分だと思っていた物が自分じゃないと聞かされて。でも何を信じてどうすればいいのか自分で決められず、ハンターと呼ばれておいて情けない限りです。だから心強かったんです、どんな形であれこんな自分を受け入れてくれる相手がいると知ることが出来たのは。」
「……あくまで貴女が【本能】を選ぶなラ、ですヨ。」
「そうですね、それでも貴女がこうして迎いに来てくれただけで私は嬉しいです。目が醒めてこんな所で一人だったらそれこそ、寂しさでどうにか成ってましたから。」
「はァ、そうですカ……。」
都合のいい所だけ見て呆れられてしまう。
どうせ都合のいい関係だから。
「所でここは何処でしょうか、一先ず戻らないと皆さんが心配してしまいますし。」
「取り敢えずここはキョウシュウから海を越えテ、パークの中でもセントラルに近い所ですネ。それと皆さんのことを心配する必要はありませン、だって貴女の帰りを待つフレンズさんハ、――もう何処にもいないんですかラ。」
「……え?」
随分と遠い所まで、と驚こうとして。
それ以上の衝撃に潰される。
「な、何を言って……?」
「何ってあれからどれだけの時間が経ったと思ってるでス、……貴女がビーストの姿を取り戻しテ。それこそ僕がこの姿に成長し直す程ノ、フレンズが世代交代する程ノ。――そしてこのパークに新たなヒトが産まれる程ノ。」
「ヒト? っ……、」
呟いた直後意識する、視線のような確かな何か。
同時に頭が痛む。
寒さのせい? それともこの緊箍児本来の役割?
どうして知らなかった名前が出て来る?
それこそは存在するだけで影響を与える。
あれだ、遠く見降ろした先。
セルリアンの破片がキラキラする中。
バスとは違う乗り物で通り過ぎる子供が一人。
「あれこそは女王が二千年掛けて再現しタ、完全なるヒトのコピーでス。それにより消え掛けてたヒトの認識も改めらレ、折角【本能】を思い出した貴女に再び枷を与えタ。」
振り返った彼女が誘う。
「さぁキンシコウさン、アレを殺して本当の自分を取り戻しましょウ?」
【本能】に、そのままの笑みを浮かべて。
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