最終話~星をつなげて~【前編】

 誰も見ていなかった。

 見られる心配はなかった。

 だから他人目を気にすることなく大の字でいられた。

 ……そういうことにキンシコウはした。

 そこはサンドスタータワーの頂上。

 見降ろせば地球は青いことが。

 見渡せば神様はいないことが分かる場所だった。

 天界とは程遠い宇宙の闇が支配して。

 ヒトの信仰が嘘だったと証明された、筈。

 ならどうして“それ”らしいポーズを取ったのか。


 「なぁんだ、折角ビーストのキミが見られると来てみたら戻るの早くない?」


 存在してはいけない声だった。

 何故ならその相手に大の字を目撃された訳で。

 自分は姿勢正すなり口封じなり取り繕う所。

 あろうことか胡坐を掻き出して。


 「調教し損ねて残念でしたね、アムールトラさん。」


 口調は穏やかでも傍若無人な対応。

 まさにヒトがイメージする“自分”に近付いて。


 「別にサーカス一座だからってそういう趣味はないんだけど。」

 「だってヒトのイメージとはそういう身勝手な物でしょう?」

 「……何が言いたい訳?」

 「貴女は何処までが自分だと思いますか?」


 空っぽな自分には答えられない問い掛け。


 「そんなの全部に決まってるじゃん。」


 何者か確定した彼女は当然のように答えた。


 「……私には今の貴女から獣であった頃の名残は感じられませんが。」

 「まぁ手枷は外れちゃったしね。」

 「手枷があれば野生のアムールトラがヒトの子供を助けるとでも?」

 「して悪い?」

 「私達はフレンズではないでしょ、【けもの】の本能と呼ばれる友愛を生まれ持たない。【獣】の本能を取り除いた私達にあるのは後付けされた都合のいいイメージだけ、そんな物をどうして自分だと言えますかっ。」

 「――じゃぁ訊くけど、キミは“それ”がイヤ?」


 言葉はすぐに出なかった。

 だから主導権を彼女に持っていかれる。


 「私はイヤじゃないよ、マジックで楽しませて色んな子と友達に成りたいなって思ってる“自分”。勿論キミが言いたいことは分かるよ、でも私が受け入れているならそれでいいじゃん。」

 「……その感情が刷り込まれた物でないと限らないじゃないですか。」

 「そうだね、そうかもしれない。本当の私は操られてるだけの不幸で可哀相な動物なのかもね、だけど当の私が分からない自分のことをどうして他人のキミが分かるのさ。」

 「それは……。」


 そんなことを言ったら。

 誰とも繋がれないではないか。


 「分からないよ、誰だって誰かのことなんて、だから分かろうとするんでしょ。喩え分からないまま終わるとしても、でなきゃ最初にお近付きも出来ないんだから。私が嫌いなのはね、そんな風に知ろうともしないで分かった気に成ることだよ。」


 それは彼女の言葉だった。

 いかにも彼の言いそうな、影響を受けた。

 きっとそれを分かって誇らしげに一途な彼女が。

 自分は羨ましかった、嫌いだった。


 「だからキミに言っとくよ、あの子に言ったこと私は許すつもりはないから。でないと伝わんないんだってさ、覚悟しときなよあの子の相手。」


 お返しとばかりに言い残して。

 気を利かせたつもりか姿を消した彼女。

 自分が逃げると誤魔化すと見越しての捨て台詞には。

 恨み言の一つや二つ言わずにはいられない。


 「……無理ですよ、私はそんな風には割り切れない。貴女はマジムンとして彼を助けようと思ったのでしょう、でも私はビーストとしてあの子を抱き締めたのですから。」


 ……すぐ下まで近付いてることは分かってた。

 けれど留め方を知らないのか。

 如意棒が頂上に差し掛かった瞬間。

 彼はタワーに跳び乗った。


 「っ、とと。」


 見てるだけで頼りなく危なっかしく無謀。

 如意棒は最長記録更新後、限界が来たのかひび割れ。

 元の星砂に砕けてもう地上に戻る手段はない癖に。

 お構いなしに彼はそれをしにここまで来た。


 「話をしに来たよ、キンシコウさん。」


 真っ直ぐだった。

 凡てを知ってもなお揺るがない瞳に。


 「話なら、さっきまでアムールトラさんとしましたよ。」


 思わず話を逸らすしか自分を保てなかった。


 「ビーストさんと……。」

 「えぇビーストだった筈なのにサーカス一座みたいな恰好して、まぁ私も大概他人のことは言えませんが。」

 「……やっぱりマジムンに成ったのは本当だったんだね。」

 「……彼女、貴女のことを助けられて満足そうでした。」

 「そっか……、ねぇキンシコウさんは助けに行かないの?」


 短く納得を済ませて彼は訊く。

 誰をと訊くまでもないこと。


 「このパークをお家と決めたヒトが、セルリアンのあの子を助けに行くのを見過ごすつもりですか?」

 「僕のことは関係ないよ、キンシコウさんの気持ちを訊いてるんだよ。」

 「私は、助けに行きません。」

 「どうして?」


 そんなこと訊いてどうするんだか。

 それこそ彼には無関係だろうに。


 「だって君は、あの子って呼ぶ位に大切に思ってるじゃないか。」

 「そうですね私は、ビーストの私はあの子を群れの子供だと勘違いしていた。アロナーシングという習性につぐつぐ感動します。」

 「アロナーシング……?」

 「キンシコウという動物は哺乳類でも珍しく、自分の子供でなくとも母乳を与えて育てるんですよ、過酷な環境を生き抜く術として。勿論この身体で母乳は出ませんけど、私はそれに近い愛情をあの子に向けていた。」

 「だったら尚更なんで?」

 「だって私は、……弱いから。」


 全部思い出した。

 野生暴走の自分は後輩に組み敷かれて。

 ビーストの自分はあの子を守り抜けず。

 そして記憶に新しくアムール相手にも敗けた。


 「本当の私は、ハンターをやれる程強い動物じゃないんですよ。せいぜい小鳥を狩るのがやっとのお猿さん、あの子を守れないような私が助けに行った所で何に成るのです。」

 「別に弱くたって、一緒にいることは悪いことじゃないじゃんっ。」

 「駄目なんです! あの子が望んだ私はビーストで、でもビーストの私じゃあの子を守れない。そんな姿を曝してどう思います、力のない獣は子供は自分の想いを貫くことすら許されないのだと。」


 あの子がくれた変異サンドスター・ロウは。

 超大型セルリアンの亡骸であるタワーに吸収(うば)われた。

 世界は何処までも弱肉強食で。

 ただ泣くことでしか訴えられない。


 「他でもない私の存在があの子を否定する、だから私なんていらないんですよ!」


 貴女だっていらない――。


 「わ、分からないよ! どうして一緒にいちゃいけないの、どうしていらないなんて言うの。僕には分かんないよ! 君のことが、君達のことはずっとそうだよ。いつまでも帰りを待ち続ける使命も、皆から忘れられても助けられたなら満足だなんて。幾ら考えても分かんないんだよ! 分かんないんだよ……。」


 そこにいるのは一人の子供だった。

 項垂れて駄々を捏ねて。

 欲しい答えは何一つ手に入らない。

 同じ力のない獣だった。


 「――でも、それでも僕は。君達が何よりそれを望んだんだってことは、分かってあげたいんだ……!」


 それでも彼は意志を貫いた。

 真っ直ぐ瞳を前に向けて。


 「〈君の願いは、なんだ? 君の好きにすればいい。君の本当の願いは、君しか知らない。誰も君をまだ、知らないんだから――教えて!〉」


 君の名前は――。


 「わ、私は……。」


 震えていた。

 彼から逃げるように後退りもして。

 敵わないと思ってしまった。

 だから勝ちたかったんだって思い出した。


 「私は、あの子を守りたい……。喩えあの子の傍にいられなくても、あの子を守る強さが欲しい!」


 進むように右手をタワーに圧し宛て言った。


 「私の名前は斉天大聖、孫悟空――!」


 確定した、その瞬間からキンシコウの存在は。

 神様として相応しい形へ。

 与えられた思い入れは思いのまま星砂を変異させる。

 そこはもう虹色のタワーではなかった。

 一柱の如意棒に孫悟空と彼は立っていた。

 だからって彼が変わる筈がなく。


 「ありがとう……、名前教えてくれて。」


 教えると約束したと言わんばかりに。


 「……僕の名前まだ言ってなかったよね、僕の名前はカラカルが付けてくれた名前でね――。」


 嬉しそうに愛らしいその名前を口にした。

 ただ自分はそれに耳を傾けていた。

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