第20話 クリスマスプレゼント—思い出の赤いブーツと新しい青いブーツ

もうクリスマスが近くなってきた。光陰矢の如し、時の経つのは早い。パパとの楽しい生活が続いているからそう感じるのかもしれない。もう少しゆっくり時間が過ぎていってほしい。この時間をもっと楽しんでおきたい。


クリスマスが終わると新年、また歳を取る。パパはそれがいやみたい。若い私と一緒に暮らして歳を取るのがいやみたい。だから、誕生日も嬉しくないと言っていた。


まあ、二人とも同じように歳を取るので歳の差が開いてゆくことはない。縮まるに越したことはないけどそれは無理だ。パパはどうも二人の歳の差を気にしているみたい。


クリスマスはどうしようかとパパから聞かれた。


「外食すると高くつくので私がクリスマスの料理を作ります。ケーキを買ってもらえればそれで十分です。それに家でした方が落ち着くし、ゆっくり二人でクリスマスを祝いたい」


そういうと少しがっかりしていた。パパは私と二人でどこかのホテルのメインダイニングでの夕食を考えていたようだった。でもここで二人っきりも悪くないと思ったみたい。気を取り直して聞いてきた。


「クリスマスプレゼントは何がいい?」


「お誕生日に高価な指輪を買ってもらったのでクリスマスプレゼントは必要ないです」


「クリスマスはクリスマス、誕生祝いとは関係ないから」


「じゃあ、冬のブーツを買ってください」


「ブーツ?」


「みぞれが降っても、雪が降っても歩けるブーツ、安いものでかまいません」


「分かった」


「一緒に買いに行く?」


「選んでいただければそれでいいです」


「サイズは確か23㎝だったね」


「そうです」


「そういえば、久恵ちゃんは赤のブーツを持っていなかった?」


去年の両親のお葬式の時、私は濃い赤のブーツを履いていた。


「あのブーツ、もう履きたくないんです」


「どうして?」


「あの赤いブーツは前の年の崇夫パパからのクリスマスプレゼントだったんです。短大生になったので、もう少しおしゃれしてほしいと言って。それまでは赤いゴムの長靴を履いていましたから」


「兄貴からのプレゼントだったのか。それで分かった。お葬式の時に履いていた訳が」


「あの事故の日、私はその赤いブーツを履いて友達と町へ出かけました。出がけにパパがそれを見て、嬉しそうに『似合っている』と言って送り出してくれました」


「そうなんだ」


「パパから今年のクリスマスプレゼントは何がいいと聞かれていましたが、あれが最後のクリスマスプレゼントになりました」


「だから、もう履く気になれないの?」


「あの時の嬉しそうな顔が忘れられません。だから大切に箱に入れてしまってあります」


崇夫パパの思い出の品だと言ったので、パパはまだ忘れられないのかと思ったみたい。黙ってしまった。


「分かった。今度は僕が久恵ちゃんに似合うブーツを選んでプレゼントしよう」


気を取りなおしたように言った。


◆ ◆ ◆

今年のクリスマスイブは木曜日、クリスマスは金曜日だから23日水曜日の祝日に早めのクリスマスをすることになった。


12月のはじめの一

朝のうちに二人でスーパーへ買い物に出かけて料理の材料を仕入れてきた。私のためにとノンアルコールのシャンパンも1本買ってきた。


それからケーキは駅の近くのケーキ屋さんで、いわゆるクリスマスケーキはやめて、ショートケーキを2個ずつ、それぞれの好みのものを選んで買った。


私はそれぞれを半分ずつ食べれば、4種類も食べられると言ってそうしてもらった。ついでにローソクを仕入れた。それぞれに1本ずつ立てることにした。


3時過ぎから私は料理に取り掛かった。献立だけど「雰囲気だけ出ればいいでしょう」とメインは鶏料理で若鳥の照り焼き、サーモンのカルパッチョ、生ハムとチーズの野菜サラダ、それにポタージュスープにした。


4時過ぎには準備がすっかり整った。お腹もすいてきているし、もう暗くなってきているので始めることになった。


食事を始めてから私がキッチンに立つ必要がないように、座卓の上に準備した料理、シャンパン、ケーキをすべて並べた。パパがジャンパンの栓を抜いてグラスに注いでくれる。そして乾杯!


「メリークリスマス」


すぐに料理の味を確かめる。


「これ食べてみて、どう?」


パパは黙って食べている。


「美味しい?」


「返事できないくらいに美味しい」


ようやく答えてくれたので、自分も食べてみる。まあまのできだ。


「ポタージュスープも美味しいね」


「色々混ぜたから味に深みがあると思うけど」


「これまた作ってくれる」


「気に入ってもらえたのならいつでも作ります」


料理を食べ終わったころ、外はすっかり暗くなっていた。ケーキに蝋燭を立てて火を点す。部屋の明かりを落とす。


私は蝋燭をじっと見つめている。パパと二人だけのクリスマス、あれから1年たったけどようやく落ち着いてきた。今は幸せな気持ちでいられる。パパのお陰だ。ありがとう。パパの顔を見た。


「吹き消して」


「しばらくこうして見ていたい」


私はそのまま蝋燭の火を見ていた。


「蝋燭もいつかは燃え尽きてしまうのね」


1/3ほど燃えたところで1本1本ゆっくり吹き消していった。


真っ暗になった。私は泣いてしまった。パパがすぐに部屋の明かりを点けた。私の泣いているのに気が付いた。


「どうしたの」


「こんな幸せ、いつまでも続かないのね」


「続くさ」


「明日のことなんて分からない。でも今は確かにあるから今を大切にしたい」


「そうだね」


私の気持ちが沈んでいると思ったのか、パパは話題をすぐに変えた。


「プレゼントを受け取ってほしい。気に入るか分からないけど、リクエストにはお答えしたつもりだけど」


そう言うと部屋に行ってプレゼントの箱を持ってきた。私も部屋に行ってプレゼントを持ってきた。パパが嬉しそうに私のプレゼントを見ている。プレゼントを交換する。


私はパパにシルクのスカーフをプレゼントした。


「そのスカーフ、リバーシブルで両方のデザインが好きだけど、私と歩くときはその青と水色の柄にしてほしいの、若く見えるから。会社へ行くときは反対側のシックなデザインにして」


「分かった。そうする。ありがとう。こんなスカーフが欲しかった。ウールのマフラーは外ではいいけど、暖房が効いている電車の中だと暑苦しいから」


「気に入ってもらえてよかった。お小遣いを貯めたかいがありました」


「僕の選んだブーツも見てくれる?」


「ええ、本当に買ってくれたの、ありがとう」


すぐに開けてみる。


「すごくいい色。派手過ぎず、地味過ぎず、センスいい。履いてみていい?」


ソファーに腰かけて、足を入れる。立って2、3歩歩いてみる。


「いつでも履いてくれるね」


「二人で出かける時しか履きません。一人で履いて出かけて、パパに何かあるといけないから。二人なら一緒に事故にあっても思い残すことはないから」


パパは何も言わずに黙ってしまった。でもせっかくのブーツだから大切にしたい。それと一緒にどこへでも出かけたい。


次の日、パパはプレゼントのマフラーを言われたとおりにシックなデザインを表にして会社へ出かけてくれた。喜んでもらえてよかった。

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