第13話 父親が生きていた?—会いたくないと言ったら代わりに会いに行ってくれた!

私は本当の父親を知らない。もちろん顔も名前も知らない。ママからは私が生まれる前に亡くなったと聞かされていた。ずっと父親がいない中で育ってきたので、どうとも思わなくなっていた。


パパから本当の父親について聞かれたことがあったが、ママから聞いたとおりのことを話した。


「私には優しい崇夫パパがいたし、新しいパパもここにいるので普通の人よりずっといい」と言っておいた。


食事の後片付けが終わるのを見計らってパパがコーヒーを入れてくれると言う。パパはレギュラーコーヒーが好きで会社の帰りにときどきコーヒー豆を買ってきて、コーヒーメーカーで入れてくれる。


コーヒーを飲みながら、昨晩、祖母からかかってきた電話の話を聞かせてくれた。それは降って湧いた驚くべき話だった。


昨日、祖母の住む高齢者住宅に吉村真一という人が訪ねて来たという。吉村という人は若い時の知り合いの女性が、亡くなった私の母と同一人物か確かめたいということだった。


吉村という人は50歳ぐらいで京都の大きな会社の社長をしているとのことだった。去年12月の自動車事故が全国で放送されて、母の潤子という名前と年齢が一致していたので、気になって新聞記事を頼りに探して祖母のところまでたどりついたとのことだった。


祖母は私たち3人の家族写真を見せたが、すぐに探していた潤子という人だと分かった。お墓参りをさせてほしいと言われたので、一緒に墓参りに行ったが、長い時間、お墓の前で手を合わせていたそうだ。


一緒に写っていた私のことを聞かれたので、潤子さんの連れ子だと話したら、顔色が変わったという。私のことを教えてほしいというので、東京で次男が父親代わりになって一緒に暮らしていると話したという。


吉村という人に私の子供かもしれないので会わせてもらえないかと頼まれた。祖母の一存では答えられないと言って、とりあえず引き取ってもらったが、どうしたものかとパパに相談の電話を入れたのだという。


先方の住所、氏名、電話番号を聞いているので、私と相談してどうするか考えてほしいということだった。


話を聞くうちに。私は頭の中が真っ白になっていった。何も考えられない。


「どうする、会ってみる? 久恵ちゃんの気持ち次第だけど」


「いまさらそういうことを急に言われても会う気になれません。それならどうしてもっと早く会いに来てくれなかったの?」


「なにか事情があったのだろう」


「そんなの向こうの勝手な事情でしょ」


「会わなくていいのか、後悔するよ」


「今は会いたくありません」


「それなら、僕が会ってきてもいいかな? 僕は久恵ちゃんの父親代わりだから、娘のためならできるだけのことはしたい。吉村という人のことも調べておきたいし、本人から直接事情も聞いておきたい」


「そうまで言うのなら、パパに任せます」


◆ ◆ ◆

次の日、パパは会社で祖母から聞いていた電話番号に連絡を入れてくれた。こちらの名前を言うとすぐに繋がったと言う。


先方の電話の応対は丁寧で好感が持てたようで、私が今は会いたくないと言っていることとパパが代わりに会ってもよいと伝えたところ、是非会いたいとのことだった。


丁度東京へ出張するというので、ホテルのラウンジで今週の金曜日の夜7時に会う約束をしたとパパから聞いた。


約束の日、パパは会社から直接ホテルへ向かうことになっていた。せいぜい1時間くらいとパパが話していたが、9時前になってようやくメールが入った。食事が用意されていて二人で食事をしながら話をしたと言う。これから帰るのメールだった。


夕食を二人で食べようと待っていたのに裏切られたような気がした。夕食を簡単に済ませると後片付けをした。


9時半過ぎにパパはマンションへ帰ってきた。パパはそのままリビングのソファーに座った。私はすぐにパパのところへ行く気になれなかった。それでキッチンの掃除をしていた。


「久恵ちゃんのお父さんに会ってきた」


「どうして父親だと言えるのですか?」


「一目見て分かった。久恵ちゃんに目元と鼻それに口元もそっくりだった」


「他人の空似もあります」


「久恵ちゃんのママとのことも詳しく聞いてきたから、間違いないだろう。辻褄も合うから」


それから、パパは私に聞いてきたこと一部始終を話してくれた。


パパが約束の時間にホテルのラウンジで約束を告げると、すぐに奥の方の個室へ案内された。食事ができるようになっていて、そこに50歳くらいの品のいい紳士が待っていた。


パパが来たことが分かると立ち上がって一礼をした。顔を見てすぐに私の父親であることを確信したという。目元と鼻と口元がそっくりだったそうだ。


名刺交換をした。名前は吉村真一、京都の有名ホテルチェーンの社長だった。吉村という人は母とのことを話してくれた。


大学を卒業してから父親のホテルでホテルマンの修業をしていたころに同じホテルに勤めていた母と親しくなったという。母は控えめで、不器用で失敗ばかりしていた彼を励ましてくれたと言う。


彼は一人息子だった。母と結婚したいと言うと両親から猛反対されて、母もホテルを辞めさせられて、行方知れずなってしまったと言う。


妊娠していたことは知っていたか聞いたところ、身に覚えがあったが、妊娠していたら自分に黙って身を隠すようなことはしないと思ったそうだ。


母は自分のために身を引いた、いや引かされた。そう思うと申し訳ないのと両親への反発もあって、それから何年も縁談を断り続けたという。


それから20年経って、偶然テレビで交通事故に夫婦が巻き込まれたというニュースを見たそうだ。写真が母に似ていたし、名前と年齢が一致していたので、気になったという。興信所に頼んで、新聞記事から住所を探してもらって、ようやく祖母のところにたどりついたという。


それで娘さんがいたのでもしやと思って聞いたら、母の連れ子だったので驚いた。年齢から自分の娘だと確信したという。


娘に会って謝りたいという。知らなかったでは済まされないと言った。是非、会わせてほしいと懇願されたと言う。そういう父親の気持ちはよく理解できるとパパは言った。


私にはそう伝えるが、ここへ来る前にこの話を伝えたとき、動転して会うことを拒絶したので、今は会わないで静かに見守ってやってほしいとお願いしたと言う。いずれ、私の気持ちの整理がついたら便宜を図ると言っておいたという。パパらしい。


それから亡くなった兄が父親代わりをして、私も兄を慕っていたことを話した。また、今は自分が父親代わりをしていることも話した。だから安心しているように言っておいた。


彼はどうか娘のことをよろしくお願いしますと何回も何回も頭を下げたそうだ。気持ちの優しい誠実な人だと思ったと言う。


「会ってあげたらどうなんだい」


「会いたくありません。死んだものと思っています。大体、避妊もしないで妊娠させるなんて、男として最低!」


「でも、久恵ちゃんのママは彼を愛していたのではないのかな。だから彼のために妊娠していることも黙って身を引いたのじゃないのかな。そしてママには愛した人の子供である久恵ちゃんが生きがいだったのではないか。僕は彼に会ってそう思った」


「そんな身勝手なこと、子供には迷惑な話です」


「じゃあ、ママが嫌いになった?」


「・・・・」


「死んだものと思っているのなら、遺影だと思って見てみるかい? 彼の写真を数枚撮ってきた。確かに会ったという証拠のために僕と一緒の写真も撮っておいた」


「見たくありません」


「遺影だと思って、父親の顔も知らないと言っていたけど、顔ぐらい知っていてもいいんじゃないか、ほら見て」


パパはスマホに撮ってきた写真を無理やり私の目の前に出して見せた。どういう訳かじっと見入ってしまった。


「どう?」


「どうって、普通のおじさん、まあ、普通より少しはましな方かな」


「転送しようか?」


「いいえ、パパが持っていて下さい」


「じゃあ、大事にしまっておくよ」


「今日は私のためにありがとう。疲れたでしょう。ゆっくりお風呂に入って下さい」


そういうと私は自分の部屋に入った。一人になりたかった。


小さい時になぜ私にはパパがいないのだろう。パパと遊ぶ子がうらやましく思っていた。私は顔も知らない。でもそれを言うとママが困るのが分かっていたので、何も言わなかった。


もっと早く私たちを探していてくれたらと思わずにはいられなかった。ママの気持ちを考えるとひとりでに涙が出てきて泣いてしまった。


パパが私のためを思って写真を撮ってきてくれた。私は初めて父親の顔を見ることができた。確かに私と似ているから間違いないと思う。死んだものと思っていたから、私はそれで十分だ。


それに私には親身になってくれた崇夫パパがいたし、今はパパがそばにいて私を守ってくれている。それで十分だし、それ以上を求めてはいけない。そう思うと気持ちが治まってきた。

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