第14話 右肩脱臼事件―パパが転んで怪我をした!

パパから[今日は急に外の会合に出なければならなくなった、懇親会があるから夕食はいらないけど遅くはならない]とのメールが入った。


6時ごろから雨が降り始めた。パパ、大丈夫かな? いつも傘は持っているとか聞いてはいたけど。


パパから電話が入る。帰りに地下鉄の階段で転んだので、タクシーで帰るけど、雨でタクシーが捕まらないので遅れるとのことだった。


大丈夫と聞くと、肩が痛いけど大丈夫との返事だった。でも声に元気がなくて、痛そうな感じが伝わってきた。心配! 


大通りのいつもタクシーを降りる場所で待っていることにした。タクシーが1台止まった。パパが降りてくる。


「パパ、大丈夫?」


「ありがとう、迎えに来てくれて、階段で転んで肩を打撲した、すごく痛い」


「カバンを持つわ」


「助かる」


傘をさしてあげる。パパは肩が痛そうでゆっくり歩いている。ようやくマンションへたどり着いた。部屋に布団を敷いておいたので、部屋着に着替えてから、そこへ寝てもらった。


「痛みはどう?」


「すごく痛い。明日の朝、病院に行くから」


「顔色もよくないから、すぐに病院にいかなきゃだめ」


「もうこんな時間だし、病院は明日でいいから」


「だめ、病院に行かなきゃ。いやでも私が連れて行く」


そうだ、119番に電話すればいい。階段で転んで怪我したので、今からでも診てもらえる病院を聞いた。時間がかかったけど近くの病院を紹介してくれた。教えてもらった番号へ電話する。今から行っても診てもらえることを確かめた。


「見てもらえる病院が見つかったからこれからすぐに病院へ行きましょう」


急き立てるとパパはようやく病院へ行く気になってくれた。


外へ出ると、もう雨は上がっている。大通りの上り方面側で空車を待つ。すぐにタクシーは捕まった。紹介された病院へ向かう。パパによると車なら10分くらいだと言う。


裏口にある守衛さんのいる受付を通って院内へ入り、案内された処置室へ向かう。整形外科医が待っていてくれた。パパが喜びそうな美人の女医さんだった。


女医さんは肩の様子を見るとすぐにレントゲンを撮るように言った。パパと一緒にレントゲン室に行くと、係りの人がいてすぐに撮ってくれた。それからパパはまた処置室へ入って行った。パパの声が聞こえる。痛そう!


「痛い痛い」「痛い痛い」「痛タタタ・・・・」「・・・・・」


しばらくして、パパが三角巾で腕を吊って処置室から出てきた。ほっとした顔をしている。


「どうだった」


「右肩の脱臼だった。女医さんが引っ張って入れてくれた。ポコンと嵌ったのが分かった。幸い骨折はないそうだ。明日、もう一度病院へ来るように言われた」


それから、受付で当面の費用を払って、タクシーを呼んで帰宅した。


タクシーの中でパパが「女医さん美人だったなあ」と言うので、かっとした。


「こんな時に不謹慎極まりない」


「心配させて、そんなに浮かれていていいの」


「あのままにして病院に行かなかったらどうなっていたか分からないのに、自覚が足りない」


「階段で転ぶって、浮かれて油断しているからよ」


ありったけの小言を言ってやった。パパは反省したのか演技なのかしょんぼりしていた。


部屋に着くと、パパは改まって、お礼を言った。


「ありがとう、久恵ちゃん。一人で生活していたらすぐには病院へは行かなかった。今日行かなかったら、もっとひどいことになっていた。本当にありがとう、助かった」


「私ね、パパには長生きしてもらいたいの。崇夫パパのように早死にしてもらいたくないの。長生きして私を守ってもらいたいの。だって、ママもいないし、パパのほかはもう誰もいないのよ」


「僕は死ぬまで久恵ちゃんを守り抜く覚悟だよ。兄貴と約束したから」


「私もパパを守り抜くから、絶対に死なせない」


「ありがとう」


「ママは、自分のためには生きられなくとも、娘のためなら生きられるものよ。自分のためよりも人のためなら生きられるものなのよといつも言っていたわ」


どうしてなんだろう。死んだパパとママを思い出して泣いてしまった。


「私、とっても悪い子なの。両親が事故でなくなったのは私のせいなの。私ね、ママが死んだら、パパの世話をするから、安心してとママにいつも言っていた。ママはお願いねと言っていたけど。ママが死んだ時のことばかり考えていたこともあるの。それはね、私がいつからかパパのことを好きになったからなの。罰が当ったのね、二人とも死んでしまった」


パパが後ろから片手で抱き寄せてくれた。突然のことなので身構えて泣くのを忘れた。パパもそれを感じてすぐに手を放した。


「そんなこと考えたらだめだ。久恵ちゃんのせいじゃない。兄貴を好きになってくれてありがとう。きっと喜んでいるよ」


「一度だけ、死んだパパも今のように後ろから抱きしめてくれたことがあるの、ママのいない時に、嬉しかった。パパ、私も好きよといったら、驚いて手を放したわ。後も先もそれ1回だけだったけど」


「きっと兄貴も久恵ちゃんのことをとっても好きだったと思うよ。事故は久恵ちゃんのせいなんかじゃない、それが運命だった」


「運命って?」


「定めと言っても良いかもしれない。そう思うと楽になれる」


そう言って、パパは私を慰めてくれた。でもパパはなぜ私を抱きしめてくれたのだろう。可愛いから? 父親代わりの愛情? 死んだパパと同じ気持ちから? 死んだパパはどんな気持ちだったの? 分からない。

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