第26話 お風呂失神事件―バスタブで眠ってしまった!

今日は遅番だけど比較的早く帰れた。まだ、11時前だ。いつもだと、パパは私の作り置きの料理を食べて食器の後片付けも済ませてくれている。そしてお風呂も済ませている。


「ただいま」


「おかえり」


「パパ、夕食は食べた?」


「ごちそうさま、美味しかった。ビールのつまみもありがとう」


「後片付けしてくれてありがとう」


「久恵ちゃん、夕食は?」


「賄いで済ませました。すぐにお風呂に入ります」


「疲れているみたいだから、少し休んでからにしたら?」


「大丈夫、早く寝たいから」


パパはお風呂が好きだ。ここのお風呂は私も大好き、バスタブが広くて、足が伸ばせて、ゆったりできる。


パパは熱いのが好きで、私は温めが好きなので、後から入るといつも丁度いい湯加減になっている。それで結構な長風呂になる。あまり長いとパパが必ず「大丈夫」と声をかけてくれる。


いつものようにゆっくり入る。お風呂は気持ちいい。ましてこんなお風呂に入れるなんて最高、疲れがとれる。髪と身体を洗って、また、バスタブにつかる。もうすでにかなりの長風呂になっている。


パパがいつものように「大丈夫」と聞いてくる。「大丈夫」と応える。気持ちいい、最高、今日はいろいろあって疲れた。でも早く帰れてよかった。


◆ ◆ ◆

夢を見ているみたい。誰かが私を抱きかかえている?「大丈夫?」の声が聞こえる。冷たいものが首の下に入れられる。額に冷たいものが載せられる。


目を開けるとパパが心配そうにのぞき込んでいる。


「気が付いてよかった」といって、水を飲ませてくれる。バスタオルにくるまっているけど、裸のままだ。状況が分かってきた。


「私、お風呂で眠っていた?」


「返事がないから覗いてみたら、眠ったまま浮かんでいた。早く気づいたから溺れなくてよかった。あのままだと体温が上がって死んでいたかもしれない」


「ありがとう、疲れていたので眠ったみたい」


「気が付いてよかった。ゆっくり休んだら」


「うん、着替えるから」


「ちょっと待って」


パパはキッチンへ行って冷蔵庫からポカリのボトルを持ってきて枕元に置いてくれた。そして部屋から出ていった。


持ってきてくれたポカリを飲んだ。冷たくて美味しい。ようやく、意識がはっきりしてきた。


私、お風呂で眠ってしまったんだ。裸で浮かんでいた? ここまで運んだのはパパ? 裸のままの私を運んだ? ええええ・・・!


気を取り直して着替える。パパに裸を見られた? 恥ずかしい。


パパがまたドアをノックして、ドア越しに声をかけてくれる。


「大丈夫? もう寝るけど?」


「もう大丈夫です。寝てください。本当にありがとう」


「びっくりしたよ、でもよかった、大丈夫そうで」


「パパ、私の裸見たでしょ」


「慌てていて、そんなゆとりは全くなかった」


「どうだった、私の裸?」


「本当に、驚いてそんな見ているゆとりなんかなかったんだ。感想を聞かれるのならもっとよく見ておくんだった」


「やっぱり見ていたんだ。でもしかたないわ、助けてくれたお礼ということで」


「明日の朝、身体の調子を見て、仕事に行くか決めたらいい。おやすみ」


パパは慌てて戻っていった。絶対にしっかり見ていたはず。まあ、いいかパパには見られても。本当に疲れた。おやすみなさい。


翌朝、目覚めたときに、身体がとてもだるいので、ホテルに体調がすぐれないので1日休ませてもらうと電話を入れた。初めて体調不良で休んだ。パパは心配そうに出勤した。


昼過ぎまで寝ていたらようやく回復した。やっぱり、疲れが出たんだなあ。


◆ ◆ ◆

私の最初のお給料日にパパは家事とお手当についての相談をしたいと言った。私が就職して扶養家族ではなくなったので、これからは家事のお手当を廃止すること、共働きの家庭と同じように、私に過度の負担がかからないように自分も家事を分担することなどを提案してくれた。もちろん一緒に住むことも。そして私も食費と光熱水費の一部を負担することになった。


夕食は先に帰った方が準備する。


朝食はそれぞれが作って食べて出勤する。


洗濯は随時、それぞれが行う。


洗濯物の取入れは、先に帰った方が行う。


浴室の乾燥室は乾きが悪いので、衣料乾燥機を購入する。


自分の部屋は自分で掃除し、共通スペースはそれぞれが空いた時間に行う。


食材などの買い出しはメールでお互い連絡する。


メールでの連絡を密にする。


問題があればお互いその都度遠慮なく相談する。などなど。


「今日初めてお給料をいただきました。自立できるようにしてもらって本当にありがとうございます」


「兄貴との約束を果たしたまでで、恩にきるようなことではないから、気にしないで」


「本来ならば、アパートを借りてここを出ていかなければいけないけど、今の給料では不十分なので、このまま住まわせて下さい。とてもありがたい提案をしてもらってとっても嬉しいです。これからもよろしくお願いします」


「久恵ちゃんがいてくれた方が楽しいから、遠慮しないでずっとここにいてほしい」


「でもできるだけ家事はやります。だってここでは妻ということになっていることを忘れていないから」


「気にしないで無理をしないこと。体を壊したらもっと大変だ。できないときはできないと遠慮なく言ってくれればいい。久恵ちゃんが来る前は全部自分でやっていたので、全く平気だからね」


「ありがとう」


「もっと仕事を楽しんでほしい。今は仕事も家事も苦痛じゃないの。就職してから久恵ちゃんは少しピリピリ・イライラしているから分かる」


「家事が十分できていないのが申し訳なくて」


「働いているとできないのが当たり前だから」


「分かりました。もっと手抜きして提案に甘えることにします。でも家事をしたいんです」


「ありがとう、その気持ちだけで十分だから」


「甘えついでに一つお願いがあるんですけど聞いてもらえますか?」


「いいよ、何でも聞くよ」


「初めてのお給料でベッドを買いたいんです。友達の家へ遊びに行ったら、ベッドがあってそういう生活にあこがれていたので、ほしいんだけど、いいですか?」


「自分の部屋だから、何をおいても自由だから、買ったらいい」


「うれしい。ありがとう」


次の休みの日に友達とベッドを買いにいった。ほしかったのは、ソファーがついていて、配置も変えられる大型の組み立て式のものだった。そこそこの値段がしたけれど、思い切って買うことにして配達を依頼した。


それから、パパにネクタイを買った。朝、手渡して締めてあげると、パパははにかんでいたけど、とても喜んでくれた。よかった。


◆ ◆ ◆

まもなくベッドが届いた。でもいざ梱包を開けてみると、やはり一人では組み立てられないことが分かった。パパに頼んだら喜んで組み立てを手伝ってくれた。組み立てに結構時間がかかったけど楽しかった。


配置してみると、広めの部屋の1/3を占有するほど大きい。「一緒に寝てみて」と言ったら「いいよ、いいよ」とあわてて部屋を出ていった。二人で寝てみたかったのに!


この後、パパの提案した家事の分担ができて、私には少しずつ生活パターンができてきた。生活パターンができてくると、イライラもなくなってきた。パパと一緒にいる時間もできるだけ作った。


話をすることでまた、距離が近くなった気がする。パパも私と話をしているととても楽しそうだ。私のことを好きになってくれていると思うとなぜか心が安らかになる。ただ、姪や娘としてじゃなくて、好きになってほしい。

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